四面楚歌に陥った小保方晴子氏を擁護する

2014041301

■謝罪会見の中で見え隠れした「真実」

 今週(4月10日)、小保方晴子氏が会見を開いたことでマスコミはこぞって、その会見の模様を生放送した。当然、日本中の視線が小保方氏に注がれ大騒ぎになったが、未だ興奮覚めやらぬという感じで、今後も当分の間(STAP細胞の真偽が判明するまでの間)はこの話題が尽きることはなさそうだ。

 多くの人がそうであるように、私も科学については門外漢なので、この問題についてはこれまで全く触れずにいたが、科学を抜きにした感想の方を少しだけ書いておこうと思う。
 小保方氏の会見日当日は仕事中だったので、残念ながらリアルタイムで観ることはできなかったが、帰宅後、いくつかのテレビ番組で会見の様子を観てみた。

 まずは、冒頭から小保方氏の謝罪の挨拶に始まり、自らに不備があったことは正直に認めており、特に悪びれる様子もなく、なにやら謝罪会見を思わせるような滑り出しだった。
 この会見を観る限りでは、小保方氏の研究成果の発表過程が未熟で至らなかった部分があったことは自らも認めている通りなのだろうと思う。しかし、当のSTAP細胞のことに話が及ぶと「真実」であることは譲らない姿勢を見せていた。研究の手段自体に問題が有ったことは認めつつも、研究の成果が有ったことだけは否定できないという意思は伝わってきた。
 
■ホリエモンとオーバーラップする小保方氏

 先にも書いたように、私は科学については門外漢なので、「今回の研究過程や発表の仕方に問題があった」と言われても、それがなぜ問題であるのか分からないし、仮に問題があったとしても、手順や通例などは別にどうでもいい。我々、一般人にとって重大な問題は、「STAP細胞が本物であるか偽物であるか」だけであり、それ以外のことに興味を持ってもあまり意味がない。
 勝間和代氏の著書『専門家はウソをつく』ではないが、専門家だからといって必ず正しいことを言っているとは限らないので、なるべく先入観を持たずに冷静に判断したいものだ。

 小保方氏の会見を巡っては、専門家を中心に様々な意見(主に批判)が百花繚乱状態になっており、ここでもまた「擁護派」と「批判派」が分かれているようだが、現状では圧倒的に「批判派」が多いようだ。
 確かに彼女の研究の発表過程は素人目にも杜撰さが目立ち、「批判の誹りは免れない」というのは、その通りだろうと思う。しかしながら、会見を観た正直な感想を述べさせていただくと、私には、小保方氏が嘘をついているようには見えなかった。少なくとも「悪気はない」ように見えた。
 普通、嘘をついている人は目を見れば、それとなく(嘘だと)分かるものだが、彼女の目を見ている限り、嘘はついていないように見えた。

 かつて、ライブドア事件でホリエモンが逮捕された時にも私は同じような感覚を抱いたことがある。当時、事件についてホリエモンがインタビューに応えている様子がテレビで放送されたが、その時の彼の目を見て直感的に感じたことは「彼は嘘はついていない」だった。
 当時のホリエモンを取り巻く状況も完全に四面楚歌状態だったと記憶しているが、今回の小保方氏の場合は、ある意味で、あの時以上の四面楚歌状態だとも言える。

■「200回」という言葉の意味するところ

 彼女が嘘をついていないと思われるのは、見た目だけでなく、他にもある。
 冷静になって考えてみると、『STAP細胞発見』という世界を揺るがすような大事件をデッチ上げてまで発表するなどということが有り得るだろうか?という疑問だ。
 会見を観た限り、そんな大それたことができる人物には見えないし、嘘であれば、いずれはバレるわけで、そんな危険を冒してまで有名になりたいと思うような人がいるだろうか?
 もちろん、そんな人も中にはいるかもしれないが、科学者としての将来を嘱望されていた小保方氏がそんなことをして一体何の得になるのか? 嘘がバレて、世界中を敵に回し「世紀のペテン師!」と蔑まれることが分からないほど、彼女は能天気だったのだろうか?

 嘘でないなら、誤解だったということも有り得るが、彼女は会見で「実験では200回成功した」と述べていた。嘘をつくことが目的であれば、「200回」などという誰が聞いても眉をひそめるような言葉が出てくるものだろうか? 「2回」や「3回」なら嘘っぽいが、「200回」となると、逆に嘘を言っているようには思えない。
 それが科学的に不可能な数字であるなら、なおさら嘘とは思えない。科学者である小保方氏がそんなことに気付かないこと自体が、あまりにも不自然だからだ。

 昔から「天才○○は紙一重」と言われるように、もし彼女が前者だった場合、その純真無垢さゆえに誤解されるようなことでも平気で口にしたということも考えられる。天才的な発明家には誤解されやすい(天真爛漫な)人が多いことは誰もが知っている通りだ。
 逆に後者であった場合、ここで述べていることは全て無駄になるが、これまでの報道でも小保方氏に虚言癖や妄想癖があるとは聞いたことがないので、さすがにそれはないだろう。

 いずれにしても、『STAP幹細胞』とは人類にとって、まだ見ぬ夢の細胞であり、もし真実であった場合、小保方氏は「金の卵」、あるいは(言葉は悪いが)「金の卵を産むニワトリ」でもある。その可能性がゼロになったわけではない状況で、嘘つき呼ばわりするのは時期尚早だろうと思う。
 来週、小保方氏の指導役とされる理化学研究所の笹井氏も会見を行うそうだが、ここに至って彼も「STAPは本物」と述べているらしく、なにやら意味ありげだ。

 個人的には小保方氏が、窮屈な建前に縛られた人々の前で、真なる金の卵を産んで、アッと驚かせてくれる日が来ることを信じたい。

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間違った「駆け込み需要の反動」ニュースの愚

2014040601■ガソリンスタンドの客足減少は駆け込み需要の反動と言えるか?

 駆け込み需要の反動ということで、4月になってから客足が減少したというニュースには事欠かないが、テレビでよく聞かれたのが「4月1日のガソリンスタンドはどこもガラガラだった」というニュースである。
 
 このニュースを聞いて全く疑問を感じることなく聞き流していた人は案外多いのでないかと思う。しかしその状態は、まさしく思考停止状態にあると言える。

 3月の下旬、ガソリンスタンドは駆け込み需要で混雑していた。そして、3月31日ともなるとガソリンスタンドに長蛇の列が出来ていたのを見かけた人は多いと思う。
 私の場合、まだ半分以上ガソリンが残っていたので、当事者とはならずにその光景を傍観していたが、実感としては、おそらく8割以上のドライバーが3月末頃にガソリンスタンドに立ち寄ったのではないかと思われる。

 と考えると、4月の1日や2日にガソリンスタンドを訪れる人が激減するのは当たり前の話であり、不思議なことでも何でもない。そしてもっと重要なことは、その状況は「駆け込み需要の反動とは言えない」ということだ。

 「駆け込み需要の反動」とは、4月以降、中長期に渡って需要が急減することを意味するのであり、単に4月の始めに需要が急減することを意味しない。ガソリンが無くなれば、またぞろ客は戻ってくる。3月の下旬に入れたガソリンが底を突くまでの間の需要が減少したことを捉えて「駆け込み需要の反動」と言うのは明らかに可笑しい。
 では、その現象は何なのかというと、「駆け込み需要の結果」である。

■「経済現象」と「自然現象」の区別が付かないマスコミ報道

 4月から消費税が5%から8%に上がるので、5%の間にガソリンを入れておこうと思うのは、当然の人間心理であり、それは明らかな「駆け込み需要」という経済現象である。しかし、4月の始めにガソリンスタンドの客足が減少したことは、人間心理とは関係がなく、また経済現象でもない。「駆け込み需要」という原因によって齎された結果として、空白の物理的な需要減少期間ができた、ただそれだけのことであり、それは経済現象と言うよりは、ただの自然現象である。

 ガソリンというのは、食料品と一緒で、年がら年中、需要が尽きない生活必需品である。ゆえに「駆け込み需要の反動」としてニュースにすること自体がお門違いだと言える。
 ガソリンの料金が上がったことで、車を購入する人が減少したとか、車の走行距離が短くなったということであれば、経済現象としてニュースにする価値が有ると言えるが、自然現象的に一時的に客足が遠のいたことを、さも経済現象であるかのように煽るのは間違っている。
 悪戯に不況感を煽るマスコミの報道姿勢は、こういうところでも観て取れるが、そのマイナス報道が、消費者心理に与える悪影響の方がよっぽど重大だとも言える。

■間違った「駆け込み需要反動」報道よりも、正しい「増税の悪影響」報道を。

 ガソリンについて言えば、ダブル増税ということで地球温暖化対策税が1リットル当たり25銭追加増税されることになった。
 このダブル増税によって、“ガソリンスタンドへの客足が減少すること”よりも、“客足は1円でも安いガソリンスタンドに向かうこと”をこそ問題視する必要がある。
 結局、増税は政府の意図に反して全く逆のデフレを進行させるという負の現象を齎す可能性が高いことになる。これこそが、まさに人間心理に影響した経済現象であり、マスコミが本来伝えるべきことである。インフレになっていない状況で増税を行うことの愚をこそ報道するべきなのだ。

 マスコミには、間違った「駆け込み需要の反動」ニュースではなく、正しい「増税の悪影響」ニュースを伝えていただきたいものだ。

【追記】2014.4.7

 BLOGOSのコメント欄を読んでみると、「反動」と「結果」は同じ意味だとする意見があるようなので、少しだけ追記しておきます。

 「反動」とは読んで字の如く「反対の動き」という意味です。「駆け込み需要」とは「物を買う」という行為が伴った需要のことなので、この反意語は「物を買わない」という意思が伴うことが条件になります。

 では、4月1日にドライバー達は「ガソリンを買わない」と思ったかというと、もちろん、そんなことは微塵も思っていません。ガソリンを「買う」「買わない」ではなく、「買えなかった(買う必要がなかった)」わけです。

 つまり、その時点では、需要というものが入り込む余地が無いため「反動」というものが発生する余地も無いということです。

 言葉尻だけ捉えれば、「反動」と「結果」は確かに同一と受け取れなくはないかもしれませんが、私が言っているのは、あくまでも経済現象としての「反動(反対の動き)」のことを意味します。

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