「消費不況」の最中に「消費増税」を約束する危険性

■アベノミクスの寿命は最悪「2年半」という可能性

 解散総選挙を間近に控えてか「アベノミクス」という言葉が再度、脚光を浴びているようだ。現時点で「消費税を上げる」と言っている政党は皆無なので、選挙の焦点は「アベノミクスの成否」に向けられている。これは至極当然の成り行きだが、「成否」ということで言えば、アベノミクスは消費税を8%に増税したことで既に大きなペナルティを負っている。政治的には「失政」という名の棺桶に片足を突っ込んでいる状態であることは認識しておく必要がある。
 しかしそれは、アベノミクスが失敗したのではなく、増税政策がアベノミクス効果を大きく毀損してしまったという意味での失敗である。まずこの部分を正しく認識しないと、その後に続く理論も全て無効となる。無論、消費増税を行わなければアベノミクスは成功するというような単純な話でもない。

 アベノミクスが消費増税によって頓挫してしまったのであるならば、その消費増税という障壁を無くすことが最善策であることは誰が考えても分かる。それがアベノミクス効果を正確に計る上で最も明解な解答であることは疑いの余地が無いが、安倍総理の出した答えは「消費税を5%に戻す」でも「消費税は8%に据え置く」でもなく、「消費税8%期間を延長する」だった。
 これだけならまだ救いはあったのだが、財政再建派の反対を抑えるためか、「2017年4月には消費税を10%にします」と断言してしまった。もし、この台詞がブラフではなく、本気で言ったものだとすれば、ヘタをするとアベノミクスの寿命は最短で残り2年半になる可能性ができてしまったということである。
 当人が意識されているのかどうかは解らないが、非常に危険な賭け(?)に出たなと思う。消費増税分以上の成長戦略が打てれば、延命は可能かもしれないが、正直なところ2年半程度で挽回するのはかなり難しいのではないかと思える。

■非現実的な「消費税50%社会」

 消費税を10%にすれば財政再建が可能となるのであれば、それも結構だが、残念ながら10%程度では焼け石に水であり、ほとんど何の効果も期待できない。経済成長無しで財政再建を本気で目指すというのであれば、消費税50%以上は覚悟しなければならないが、財政再建派の人々は、そんな重税社会が本当に成り立つとでも思っているのだろうか?

 現実的な解は、経済成長しつつ、財政再建を果たすことであり、財政再建あっての経済成長ではなく、経済成長あっての財政再建である。この優劣を間違ってはいけない。

 バブル崩壊後、20年間以上も続いている国民のデフレ思考(不況マインド)は、どれほど優れた経済政策であろうとも、1年や2年単位でコロッと変わるような代物ではない。少なくとも、5年、10年単位の長期スパンで徐々に変えていくことが望ましい。世間では「デフレが…」「インフレが…」などと騒がれているが、問題はデフレやインフレという現象にあるのではなく、その根本にある国民の不況マインドに有るわけで、そのマインドが変化しない限り、何も変わらない。

 バブルの頃、国民が湯水の如くお金を使いまくり景気がうなぎ登りに良くなったのは、大部分の国民が「未来は明るい」ということを信じて疑わなかったからだ。当時でも年金が破綻するだろうことは既に判明していたが、誰もそんなことは気にも止めず、お金を使いまくることで景気は良くなった。
 バブルの頃と現在では何が違うのか? 何も違わない。お金をバンバン使えば、景気が良くなることに今も昔もない。必要なのは「未来は明るい」と思わせる政策なのだ。

■政治家の仕事は「好循環を生み出すこと」

 日本の不況の原因は、消費(と投資)が不足した消費不況であるわけだから、消費(投資)活動を妨げるような税制を根本的に改めなければならない。
 今年からは、消費にかかる消費税が8%に上がり、投資にかかるキャピタルゲイン税も20%に上がった(元に戻った)。これでは、完全にアベノミクスと逆行している。消費税を5%のまま据え置き、キャピタルゲイン税も10%に据え置いていれば、日経平均株価も今頃は2万円を超え、国民の消費・投資マインドは現在以上に大きく変化していただろう。ほんの少しの好循環を創り出すことができれば、その余波によって景気はスパイラル的に良くなっていく。その好循環を生み出すことこそが、政治家に求められる最も重要な資質の1つであると言えるが、安倍総理は「好循環」と「悪循環」を同時に生み出してしまい、2年半後には、好循環をストップしてしまいかねない消費税10%を口約束してしまった。「今は消費税を10%に上げない」と言ったまでは良かったが、同時に「2年半後に消費税を10%に上げる」とも言ってしまった。

 1年半延期したことは評価できるが、アベノミクスの成果に関係なく消費税を10%に上げるというのでは経済政策としては掟破りであり、この矛盾が国民の消費マインドに与える悪影響は大きいと言わざるを得ない。

 安倍総理が言うべきは、「アベノミクスの結果が出るまでは消費増税は行いません」だった。大方の予想(私も予想していた)通り消費税を8%に上げてアベノミクスに悪影響が及んだわけだから、その失敗を素直に認めるべきだった。理想は5%に戻すことだが、さすがに増税に踏み切った現与党が「5%に戻します」と言うと、責任を問われ信用を失う危険性が有るので仕方が無いとしても、10%の消費増税時期を明言するべきではなかった。

■理想的な政治とは「政治家 vs 政治家」ではなく「政治家 vs 不況」

 この際、もう与党や野党というような対立軸を無くしてもいいのではないかとすら思える。全政党が消費税の増税に反対しているのであれば、与党と野党で言い争うのではなく、少なくとも経済政策だけは与野党間(反日政党は除く)で手を結んで日本の景気を良くすることを一丸となって考えた方がよいのではないか?とさえ思える。

 「それは一党独裁を意味するのでは?」と言う人がいるかもしれないが、そんな夢の無いガチガチの現実論はどうでもいい。経済政策だけなら全党独裁で構わない。なぜなら、不況になることを願う民間人はいないからだ。

 「政治家 vs 政治家」というような古臭い無駄な争いではなく、「政治家 vs 不況」というような実の有る争いを観てみたい。そんな夢のある政治なら、国民の多くは「未来は明るい」と思えるはずだが、現在のような、世界でも類例のない分厚い『公職選挙法』で事細かに行動を縛られ、マスコミの言葉狩りという罠の前で萎縮し、言いたいことも言えない時代劇のような揚げ足取り政治を観せられては、「未来は暗い」と思われても仕方がない。

 政治家が本来戦うべき相手は、異論を唱える「政党」や「政治家」ではなく、「不況」という目に見えない怪物であるということが完全に忘れ去られている。

【関連記事】「失われた消費税8%期間」脱出のススメ

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「糖質制限」は是か非か?

■実体験で判明した「糖質制限」の効能

 今年の8月(3ヶ月前)に糖質制限についてのブログ記事を書評を交えて簡単に書いてみると、意外にも多くの人に閲覧していただいた(当者比)。
 前回は、自己流のプチ糖質制限で「2ヶ月間で体重が4kg減少した」と書いたが、その後3ヶ月間で更に3kg減り、半年を待たずに計7kg減少したことになる。
 加えて、中性脂肪が半分程度になり、血液検査のGOTおよびGPT値も大幅に減少し基準値(の平均以下)に収まった。
 肝臓のGOTとGPT値については以前、生アーモンドを食べ続けることで改善したと書いたことがある。今回は生アーモンドと糖質制限の相乗効果かどうかは分からないが、糖質制限には明らかに肝臓の値を下げる効能が有るようだ。

 体重が減少するに比例して肝臓の値が下がるということは既に多くの糖質制限体験者が語っていることなのだが、ここまでハッキリと目に見える形で結果が出てしまうと、個人的にも納得せざるを得なくなってしまった。
 私の場合、特にダイエット(痩せること)が目的で糖質制限をしたわけでもないのだが、体重計に乗るたび、面白いようにどんどん体重が減っていく体験(ある程度の糖質制限知識が無いと逆に恐い体験になるかも…)を実際に味わうと、「痩せることができない」「贅肉がとれない」とダイエットで悩んでいる人が滑稽にすら思えてしまうほどで、私の「糖」における認識はこの半年間でコペルニクス的に変化した。
 「最も確実なダイエット方法は?」と聞かれれば、迷うことなく「糖質制限」と答えるだろう。では、「最も安全なダイエット方法は?」と聞かれればどう答えるか? それが今回のテーマでもある。

■「糖質制限」のエッセンスは「シンプル」

 こういう単純な感想を書くと、逆に疑われてしまいそうだが、私は元来、疑り深い性分なので、単純に信じたというわけでもない。ある程度、糖質制限についての知識も仕入れた上で述べている。と言うよりも実際に自分自身の身体を実験台にして実績が出たわけだから「疑え」と言われても困ってしまう。

 この3ヶ月間で追加で以下の書籍も読んでみた。

 どれも個性的なタイトルで、それぞれに特徴がある本だったが、書かれてあるエッセンスの部分は共通している。詳しくは述べないが、人体のメカニズムというものを知れば、糖質制限は実にシンプルなダイエット法であることが分かる。
 「肯定本ばかりで否定本は読まないのか」と言うような人がいるかもしれないので、一応お断りしておくと、もちろん否定本にも目を通している。

 世の中には「糖質制限は危険だ」と言っている人もおられるが、これもケースバイケースであり、人によって危険度は異なる。例えば、肥満体の人が糖質制限を行う場合と、痩せている人が糖質制限を行う場合は危険度は変わってくるかもしれないし、どれだけ糖質量を制限するかによっても大きく違ってくる。元より個々の人間の体質というものは千差万別なのだから、体質の違いと糖質制限量によっては不具合が生じる可能性が有るのは当たり前の話である。

■「甘いものを食べ過ぎると身体に悪い」という言葉を否定することはできない

 昔から「甘いものを食べ過ぎると身体に悪い」と言われるように、糖分を採り過ぎることが身体に悪いことは万人が認めていることなのだから、糖分の摂取量を少し減らすだけなら、全く危険性など有るわけがない。
 「糖」を「ケーキ」に喩えて言うなら、ケーキを毎日食べている人が、2日に1回に減らすことで、「ケーキ制限は危険だ」などと言う人はいない。「ケーキを食べる量を減らせば不健康になるのか?」と問えば、誰も「そうだ」とは言わないだろう。仮にケーキを全く食べなくなっても健康を害することは無いと思うが、その変化に肉体と精神が付いていかず、ストレスによって体調を壊すことは有り得る。

 問題となるのは、過剰なまでに糖質を制限した場合であり、急激に栄養バランスが変化した場合、その変化に身体が追いつかないことで健康を害する危険性が有るということだと思う。人体には糖を作り出す体内機能(糖新生)が備わっているらしいが、何十年間も体外から糖分を過剰摂取してきた人が急に糖分を全く採らなくなれば、その反作用で一時的に健康を害する危険性は有るかもしれない。

 現実的に考えても、糖分摂取量を0にすることはできないだろうし、ごはん、パン、ラーメン、うどんなどを全く食べない生活を一生続けるというのは無理がある。
 既に糖尿病を患っている人であれば、全く糖分を採らなくする必要性もあるかもしれないが、健康体の人が直ぐさま糖分を全く採らないようにする必要はないと思う。リスクを考慮して徐々に糖分を控えるようにしていくことで、自分の身体に合った糖分摂取量を見つければいいのではないかと思う。

■糖質制限量で変化する「糖質制限」是非論

 「糖質制限」というものにも「肯定論」と「否定論」が存在する。肯定論の中には完全に糖質を0にすることを勧める人もいれば、緩い糖質制限を勧めている人もいる。一方、否定論の中にも「糖質制限は危険」の一点張りの人もいれば、過剰な糖質制限は危険だと言っているだけの人もいる。
 ただ、糖質制限で身体を壊したというような話のモデルは、大抵、60代、70代の高齢者であり、その原因が本当に糖質制限にあったのどうかも疑わしいケースが多い。たまに20代、30代の人の報告も見られるが、これも過剰に糖質制限し過ぎたことによって身体を壊したという類いのものだろう。要は程度の問題なのである。

 炭水化物の多くは糖分と食物繊維を含んでいるので、極端な糖質制限を行うと便秘になるということがある。中には腸内環境の変化によって逆に下痢になる人もいるらしいが、私の場合、プチ糖質制限で少し便が固くなった。以前まではたまに下痢することがあったが、糖質制限を始めてからは、ほとんど下痢しなくなった。これは想定外の収穫だった。

 私が子供の頃は、近所の八百屋で売られていたジュースの販売形態は主にガラス瓶だった。容量は200mlにも満たない。当時、自動販売機で売られていた缶ジュースも250mlだったと記憶しているが、現代では500mlのペットボトルが主流になっている。大容量になって価格が下がるのは良いとしても、1度に飲む量が2倍にも3倍にもなると、それだけ糖分摂取量も増えてしまう。
 ジュースの容量だけを見ても分かる通り、現代人が糖分を採り過ぎていることは否定できない。最近の「糖質0ビール」の流行もそういった現実を反影してのものだろう。

 「糖質制限」という医学的な言葉を使用すると、どこか「食事制限」のような痛々しさをイメージさせるので、胡散臭さを感じる人がいるのかもしれないが、糖質制限の本質は実にシンプルなものであり、本来なら、是か?非か?と言い争うようなものではない。シンプルにこう言えばいい。

 「糖分摂取量を減らしましょう

 これなら誰もが納得できるのではないかと思う。

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