BOOK『いよいよ歴史戦のカラクリを発信する日本人』を読んで。

■「日本の歪んだ常識」のカラクリ

 親日家として知られるケント・ギルバート氏の新刊『いよいよ歴史戦のカラクリを発信する日本人』を読み終えた。
 『まだGHQの洗脳に縛られている日本人』、『やっと自虐史観のアホらしさに気づいた日本人』に続くPHPシリーズ3作目となる本書は、非常に興味深く示唆に富み、知的好奇心を刺激してくれる本だった。
 『いよいよ歴史戦のカラクリを発信する日本人』と言うよりも、現状では『いよいよ歴史戦のカラクリを発信したケント・ギルバート』という段階かもしれないが、非常にフランクに正論を語られているのが印象的だった。

 例えば、共産主義に関して、ケント氏は以下のように述べられている。

>人間に欲望や個性が必ず存在するかぎり、結果の完全平等とは、悪平等にしかなり得ないのです。共産主義者は、根本的な人間理解に欠けています。人間のことを、大量生産の歯車と同じだと考えているからです。共産主義とは、有能な人間のやる気を失わせ、無能な人間はますます無能な怠け者になるという仕組みです。人間の精神面を確実に腐らせ、社会を後退させます。だから、ソ連や東欧諸国は破綻したのです。

 まるで、日本の多くの会社にもそのまま当て嵌まりそうだが、私も同じようなことを書いたことがあるので共感を覚えた。上記のような認識は、まともな先進国では常識なのだろうけれど、日本だけは随分と違うらしく、ケント氏は40年前に来日した時から違和感を感じられていたらしい。

 GHQの影響を受けなかったアメリカ人の目から冷静に観察した戦後の日本社会の様相が具体的に書かれており、読む人によっては、スパイドラマを観ているかのような錯覚を覚えるかもしれない。歴史の裏に隠された真相を知ることで、世界の常識から乖離した日本の歪んだ常識を形作ってきた巧妙なカラクリの一部が垣間見えるかもしれない。

■「戦争は情報戦から始まる」カラクリ

 永世中立国であり国民徴兵制度のあるスイスの国民は、以下の2点を常識として認識しているらしい。

 「軍事力によってこそ国の独立は守られる
 「戦争は情報戦から始まる

 日本では「はあ?」と言うような人も多そうだが、残念ながら、「はあ?」などという言葉が出てくること自体、「私は平和ぼけしています」と白状しているようなものだろうと思う。ケント氏も日本人の「平和ボケ」と「知的怠慢」を嘆かれている。

 スイス政府が冷戦時代に出版し一般家庭に配布した『民間防衛』という本の中にある「武力を使わない情報戦争」の手順とは、次のようなものであるらしい。

 第1段階
  工作員を政府中枢に送り込む。

 第2段階
  宣伝工作。メディアを掌握し、大衆の意識を操作する。

 第3段階
  教育現場に入り込み、国民の「国家意識」を破壊する。

 第4段階
  抵抗意志を徐々に破壊し、「平和」や「人間愛」をプロパガンダに利用する。

 第5段階
  テレビなどの宣伝メディアを利用し、「自分で考える力」を国民から奪っていく。

 最終段階
  ターゲット国の民衆が無抵抗で腑抜けになったとき、大量植民で国を乗っ取る。

 ケント氏は、この文章を読んで、これは日本のことを書いたものではないか?と戦慄を覚えられたそうだが、なるほどな…と考えさせられる。

 本書は、現代の日本が置かれている状況というものを正しく認識し、再確認する上でも重要な位置付けの本になると思う。興味を抱いた方には是非、読んでいただきたいと思う。

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形骸化している『ハッピーマンデー制度』

■16年を経過した「ハッピーマンデー制度」

 2000年から始まった「ハッピーマンデー制度」も実施されてから既に16年目を迎えるに至った。2000年の段階では「成人の日」と「体育の日」のみが対象だったが、2003年には「海の日」と「敬老の日」が新しく追加されることになり、1年間に4回のハッピーマンデーが人工的に創設され、既に10年以上も運用され続けてきたわけだが、本当に多くの国民にとってハッピーな制度になっているのだろうか?

 3年前にもハッピーマンデー制度についてのブログ記事(下記参照)を書かせていただいたが、多くの国民が直接的に影響を受けているはずの制度であるにも拘らず、この制度の賛否についての話題はほとんど聞かれない。国が決めたことだからという理由で盲目的に従っている人が多い。
 当初は試験的に設けられた制度であったはずだが、特に問題視されていないということは、本当に有り難いハッピーな制度として認識されているということなのだろうか?
【関連記事】『ハッピーマンデー制度』は機能しているか?

■労働者にとっては「アンハッピーマンデー制度」

 Wikipediaで「ハッピーマンデー制度」を調べてみると、以下のように書かれている。

>公務員や中規模以上の企業を中心に週休2日制が浸透したため、月曜日を国民の祝日とする事によって土曜日・日曜日と合わせた3連休とし、余暇を過ごしてもらおうという趣旨で制定された。

 この趣旨からすると、「現代の多くの日本企業では週休2日制が根付いたので、たまには3連休の週も作って、労働における疲労を癒してもらおう」ということなのだろうけれど、元々休日だった日を月曜日にズラしただけの3連休で、本当に疲労が回復するのだろうか?
 個人的には週の半ばに休日があった方が精神的にも楽だし、肉体的な疲労回復にも役立つと思うのだが。

 今年(2016年)を例に挙げれば、9月15日(木)と9月22日(木)が本来の祝日だが、わざわざ前週の祝日を今週に持ってきて、9月19日(月)を休日にする必要性は無いようにも思える。むしろ、9月12日(月)を休日にしてくれた方が有り難い。労働者の立場からすれば、毎週、定期的に祝日があった方がハッピーな気分になれる。

 優先順位で言えば、15日 > 12日 > 19日となるだろうか。(「敬老の日」の優先順位)

 労働者の疲労・ストレスの原因が「連続勤務」や「長時間勤務」にあると考えれば、ハッピーマンデー制度は、逆に連続勤務を助長することになり、有り難迷惑な「アンハッピーマンデー制度」と化しているとも言える。

■「3連休」という言葉が齎す錯覚

 一口に「週休2日制」と言っても、世の中には「完全週休2日制」と「週休2日制」というものがある。さらに細かく言えば、「完全週休2日制」には祝祭日を含む場合と含まない場合があり、「週休2日制」には1月に1回の場合もあれば、数回の場合もあることはよく知られている。
 祝祭日を含まない「完全週休2日制」でない限り、ハッピーマンデー制度を適用しても、土曜日が出勤日になるケースが多いので、3連休になってもメリットがそれほど感じられず、逆にデメリットを感じる人の方が多いのではないかとさえ思える。

 週休2日制が根付いたことで、たまには息抜き的に3連休も必要ということなら、個人で有給休暇を取得して3連休にすればいいだけの話だと思われるのだが、その3連休化を政府がわざわざ先導しなければならない背景には、有給休暇を取得できない(取得しづらい)という日本の労働者事情が関係しているのかもしれない。

 「ハッピーマンデー制度」は「日本人は働き過ぎ」という諸外国からの非難が発端となり設けられた制度でもあるらしいが、祝日を月曜日にズラしたところで休日が増えるわけではないので、実質的には「働き過ぎ」の緩和にはなっておらず、単なる見せかけのトリックで休日が増えたかのように取り繕っているだけとも言える。
 政府には、「3連休にすれば休日が増えたように錯覚する」というような心理的なトリック政策ではなく、本当に「働き過ぎ」を是正できるような実のある制度を提案していただきたいものだ。
 小池百合子氏のクールビズ政策同様、政府が音頭を取らなければ改善できないということ自体が可笑しいのだが…。

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