NHKは「押し売りビジネス」か?

■NHKの真ん中で「NHKをぶっ壊す」と叫ぶ

 東京都知事選に立候補している「NHKから国民を守る党」の立花孝志氏の「NHKをぶっ壊す」発言が注目を浴びている。唯一の公平な選挙放送と言えるNHKの政見放送に出演し、まるでテレビジャックの如く「NHKをぶっ壊す」を連発する立花氏の姿は実に痛快で皮肉が効いている。

 立花氏は、元NHKの職員であり、10年程前にNHKの不正経理を内部告発したことで話題になった人物でもあるらしい。

 立花氏の主な主張は、

  「NHK職員の年収が高過ぎる

  「借金取りのような受信料取りたてが酷い

  「NHK放送をスクランブル放送にせよ

 という、よく聞かれるNHK批判でしかないのだが、あの百田尚樹氏も立花氏を評価されているらしい。過激で個性的な泡沫候補者の1人として面白がられているだけかもしれないが、少なくともNHKに対する公約については支持したいと思う人は多そうだ。

■「押し売りビジネス」と「借金取りビジネス」

 ところで、NHKは「押し売りビジネス」と揶揄されることがあるが、個人的には「借金取りビジネス」と言った方が近いと思っていた。立花氏も政見放送内で「借金取り」という言葉を使用されていたのが印象的だった。

 「押し売りビジネス」と「借金取りビジネス」の違いは何かと言うと、世間体(人目)を気にするかどうかの違いと言えるだろうか。近所に住む人々がNHKの受信料を支払わないことが当たり前というような環境では、「押し売り」として批判できるが、逆に、近所の人々がNHKの受信料を支払うことが当たり前という環境だと、「借金取り」に変貌してしまう。
 自宅の前で大声で受信料を請求される姿は、傍から観れば借金取りから「借金を返せ」と請求されている姿に映ってしまう。別にNHKから借金しているわけでもない人が、周囲の空気によっては、借金しているかのような錯覚を覚えることになる。そう考えると、実に巧妙なビジネスモデルだとも言える。

 かくいう私もNHKの受信料は真面目に支払っている。支払っているので、こんなことが書けるのだが、本音を言えば、ほとんど観てもいない番組の受信料など支払いたくない。1日にテレビを観る時間はせいぜい1時間以内だし、NHKの番組ともなると、1ヶ月間で1時間も観ていないと思う(立花氏の政見放送もユーチューブで視聴)。
 家族の誰かが観ているとしても月々2230円というのは正直高過ぎると思う。

 私はWOWOWのドラマWのファン(DVDレンタルで視聴)なので、もし有料放送の「選択の自由」が認められるなら、NHKではなく、WOWOWを選択した方が理に適っている。観たい番組のためにお金を使えず、観たくもない番組のためにお金を使う、こんな不条理で理不尽なことがあるだろうか?

■視聴料は「取れるところ」からではなく、「取るべきところ」から取るべき

 先日、総務省の第三者機関である「放送を巡る諸課題に関する検討会」がNHK受信料の値下げを検討しているとの報道があったばかりだが、その骨子は「公平負担を確保し、国民・視聴者にとって納得感のあるものとする観点から検討が必要」とのことらしい。

 しかし、受信料を値下げすると言っても、1割、2割の値引きでは国民は到底納得できないだろうから、一気に500円程度にまで引き下げることが望ましいと思う。理想はスクランブル放送化だが、国営化も民営化もせずに、あくまでも公共放送に拘るのであれば、受信料を大幅に下げるしかない。

 立花氏の話では、東京都民は半数しか受信料を支払っていないそうだが、以前に読んだ本(大マスコミ 疑惑の報道)には、大阪府民は3分の1しか支払っていないと書かれていた。そんな状態でも充分に経営していける(平均年収は1800万円)のだから、毎月500円に下げても大丈夫だろう。むしろ、契約者も増えて、それほど受信料収入も目減りせずに済むのではないかと思える。

 この機会にNHK受信料は、これまでのように「取れるところから取る」ではなく、「取るべきところから取る」という真っ当な制度に切り替えていくべきだと思う。国民から批判されることが当たり前の公共放送局から、誰もが認める真っ当な公共放送局に生まれ変わるべきだ。

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東京都知事選は参院選のリベンジ選挙と化している

■3候補者だけの都知事選

 7月10日の参議院選挙で改憲勢力が圧勝したという危機感(?)もあるせいか、7月31日の東京都知事選は野党(と言うよりも左派政党)のリベンジ選挙の様相を呈しているかに見える。
 多方面から20数人もの面々が立候補しているが、実際にテレビに登場するのは3人(小池百合子氏、増田寛也氏、鳥越俊太郎氏)だけになっているので、東京都民でもなければ、他にどんな候補者がいるのか知らないという人も多いかもしれない。私も東京都民ではないので、ネットで調べて初めて知ったという候補者も多い。マスコミが公平に報道しないせいか、既にこの3候補者だけの都知事選という感じになってしまっている。

 イギリスEU離脱選挙でも行われた「電話世論調査」では小池百合子氏が1歩リードしており、野党4党が推薦している鳥越俊太郎氏がその後を追う格好となっている。
 石田純一氏と宇都宮健児氏の出馬辞退によって、鳥越俊太郎氏に注目が集まっているわけだが、鳥越氏は末期がん患者ということもあり、肉体的にも東京都知事としてのハードな仕事が務まるのか疑問視する声も多く聞かれる。
 病と闘いながらも信念を貫くことが格好良く見えると思う人がいるのかもしれないが、その信念自体が正しい正義でなかった場合、トンデモないしっぺ返しを喰らうことになる(=晩節を汚すことになる)危険性がある。

■「がん検診100%」は無用の長物

 鳥越氏は選挙公約として「がん検診100%」の達成を述べられている。がんと闘病してきた鳥越氏らしい公約とも呼べそうだが、残念ながら、これは行き過ぎた発言であり、到底、承服できない。
 まず、そんなことは都知事が決めることではない。おそらく東京都民だけでなく全国民が対象になるということだろうから、なおのことだ。「教育の無償化」と「がん検診の無償化」を同列に考えてはいけない。
 膨大な医療費がかかることも言うまでもない。その費用に比べれば、舛添氏がチョロまかしたとされる費用など微々たるものだ。

 鳥越氏が述べた「都庁は危機的な状況だ。人の税金を何だと思っているのか。ふざけるな。納税者はまじめに税金を払っているのに、それを無造作に公私混同して使ってしまうのはとんでもない」は、そっくりそのまま鳥越氏の発言に対しても言えることだ。
 がん検診というものは敢えて受診しない人も多くいるので、そんな受診義務を勝手に法律で決められても困るという人は大勢いる。任意で受診するべき検診を強制にするということであれば、ただの独裁政治になってしまう。

■曖昧な「強者」と「弱者」の定義

 鳥越氏は街頭演説で「強い者は嫌い。弱い者の味方でありたい」とも述べられたそうだが、この言葉からは「弱い者が絶対的に正しい」とする思想が透けて見える。

 「いじめっこは嫌い。いじめられっこの味方でありたい」なら、納得もできそうだが、強者と弱者の定義はそんな単純なものではない。

 与党が強者、野党が弱者であると定義するなら、
 「与党は嫌い。野党の味方でありたい」

 金持ちが強者、貧者が弱者であると定義するなら、
 「金持ちは嫌い。貧者の味方でありたい」

 経営者が強者、労働者が弱者であると定義するなら、
 「経営者は嫌い。労働者の味方でありたい」

 しかし、野党や貧者や労働者が絶対的に正しいとは限らない。
 
 では、次の言葉ならどうだろう。
 「中国は嫌い。日本の味方でありたい

 軍事国家の中国が強者、非軍事国家の日本が弱者と定義するなら、日本の味方をしなければ辻褄が合わなくなってしまう。
 
 鳥越氏は「安倍政権は戦後最悪の政権だ」とも述べられているが、安倍政権の行った集団的自衛権の行使などは、「強者中国」から「弱者日本」を守るための弱者保護政策に他ならない。その政策を否定するということは「弱い者は嫌い。強い者の味方でありたい」と述べていることになってしまう。
 鳥越氏は「このまま放置したら日本は大丈夫か」と思われたそうだが、大丈夫でないからこそ、集団的自衛権の行使は支持されたのである。

 国民(都民)が求めているのは、お金遣いに清廉潔白なだけの指導者ではなく、真実が見える指導者だと思う。真の「強者」と真の「弱者」が見える人こそが都知事と成るに相応しい。真実が見えずして、国の将来など見えようはずがないのだから。

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