「科学の進歩」と「社会の破壊」【社会の病理とは何か?】

■「陰謀論」という誤解

 前回のブログ記事は、久しぶりに多くの人に閲覧していただいたようなので、補足の意味も込めてフォロー記事を追加しておこうと思う。

 世間の大半の人々が反小保方に傾いている現状では、あのような記事を書くと、反論や批判、罵詈雑言があることは事前に予想していたものの、毎度のように誤解や曲解も多々見受けられたので、少し、言葉足らずだった部分を補足しておきたいと思う。

 最も気になったのは「陰謀論」という意見が多かったことだが、誤解を避けるために書いておくと、私は以前からも何度か書いているが「陰謀論」の類いには興味がない。
 前回の記事でも「社会的な病理」と書いたはずだが、言わんとしていることが正しく伝わらなかったようだ。

 「がんの特効薬」が発明された場合の仮定話を書いたことで、「これは陰謀論だ」と判断された人が多かったのかもしれないが、仮定話と現実論の区別をせずに一緒くたにしている人もおられた。
 「がんの特効薬」が発明された場合、そのことをストレートに発表できないというのは、別に発明者個人が世間に気遣いして発表できないという意味ではなく、必ずしもそれが実現しないという意味でもない。その発表が世間に受け入れられるようになるためには、様々な社会的な障壁が存在する(=時間がかかる)という意味である。

■「がんの特効薬」を「公務員改革」に置換

 「がんの特効薬」という言葉を「公務員改革」という言葉に置き換えて考えれば解りやすいかもしれない。

 例えば、社会を合理化する最高の公務員改革策を考えた政治家が「公務員改革をします」と言って、それがストレートに社会に受け入れられ、実現されるかというと、一筋縄ではいかないことは誰もが理解できるだろう。

 個人的には「公務員改革」が絶対的な善だと言うつもりはない(注1)が、そのようなことを言う人が現れても、必ず抵抗勢力が邪魔してきたことは誰もが知っている通りである。
 公務員の皆さんにとっては、「公務員改革」よりも「自分の生活」の方が大事なわけで、自分自身の生活を脅かすものが現れると、それに抵抗する。これは当たり前の話である。「自分の生活はどうなっても構わないので、どうぞ公務員改革を進めてください」というような人がどれだけいるかを考えればよく解ると思う。
 それは公務員が悪いというよりも、社会がそうなってしまっているということであり、そのことを「社会の病理」と言う。

注1)「公務員改革」というものは基本的に不況下で行ってはいけない。もの凄く景気が良い時(公務員を退職しても代わりの仕事がすぐに見つかるような時代)に思い切って行うことが望ましい。もっとも、そんな景気の良い時代が訪れるという保証はないし、景気の良い時に「公務員改革」を叫ぶような人はあまりいないので、結局、出来ないということになってしまうのだが。

■「科学の進歩」は「既得権益の破壊」を齎す

 「がんの特効薬」というのもこれ(公務員改革)と同じ。「がんの特効薬」が発明されることは「公務員改革」と違い、人類にとっては絶対的な善だろうし、私も父親をがんで亡くしているので、そういった薬が発明されることを心底願っている。
 しかし、そのような薬が発明された場合、全世界のがんという病に携わる医者や製薬会社、医療器具メーカー、研究者などが一瞬のうちに挙っていらなくなる。それは多くの人々にとって良いことだとしても、そういった急な事態に「待った」をかける抵抗勢力が出現することは必然的なことであり、それが社会の病理なのである。

 「社会の病理」とは、たとえそれが正しいことであったとしても、社会という枠組みが邪魔をして、その実現を妨げることを意味する。
 これを「陰謀論」と言うのであれば、先に述べた「公務員改革」なども「何の抵抗もなく実現される」と言っているに等しい。

 「科学の進歩」というものは、時に「社会の破壊」を齎す。この「社会の破壊」とは別の言葉で言えば「既得権益の破壊」とも言える。

 こんなことは敢えて言わずとも理解されている人の方が多いと思われるが、「陰謀論」と結び付ける陰謀論好きな人々も少なからずいるようなので、敢えて指摘しておきたいと思う。

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STAP細胞の新展開(笹井氏が残した希望のメッセージ)

2014080801■笹井氏が残した2つの意味深な言葉

 8月5日、理化学研究所の笹井芳樹氏が自殺したというショッキングがニュースが伝えられた。発表された当日にでもブログ記事を書きたいと思ったものの、何分、朝から晩まで働いている身なので、限られた時間でしかブログを書いている暇がなく、今頃になってしまった。
 私が以前から小保方氏を擁護していることから、事件があったのになぜ記事を書かない(書けない)のか頻りに気にしているストーカーのような人がいるようなので、この場を借りて、書けなかった理由を述べておこうと思う。先にも述べた通り「忙しいから」、以上。

 まず、理由がどうであれ無念の死を遂げた笹井氏のご冥福をお祈りした上で本題に入ろうと思う。

 この度のニュースでは、笹井氏が複数の遺書を残していたことが報道されていたが、その内の1通は小保方氏に向けたものであったらしく、笹井氏のカバンの中に入っていたらしい。そして、その遺書には次のように書かれていたと伝えられていた。

 「あなた(小保方さん)のせいではない
 「STAP細胞を必ず再現してください

 この遺書の内容を見聞きして様々な憶測が飛び交っているようだが、この遺書が本物であると仮定するならば、事態は非常に興味深い展開になってきたなと思う。
 中には、この遺書が偽物だと勘ぐっている人もいるようだが、それは少々、想像力が逞し過ぎるというものだろう。

■「STAP細胞を必ず再現してください」の意味

 まず、1つ目の文「あなたのせいではない」は、事情がどうであれ、小保方氏を庇っていることが窺える。この文だけであれば、如何様にも捉えることができるが、問題は、2つ目の「STAP細胞を必ず再現してください」という文である。

 もし、笹井氏が「STAP細胞は無い」という諦観を前提に、1つ目の文を書いたのであれば、通常なら2つ目の文を書こうとはしないはずだ。自ら死を覚悟した人間の精神状態も考慮すれば、このような期待を込めた文を捨て台詞として書き残すということは常識的に考えて有り得ないと思う。むしろ、こう受け取るのが普通だろう。

(私の死を無駄にしないためにも)STAP細胞を必ず再現してください

 これなら筋が通っている。自分自身が笹井氏の立場に置かれた場合を想像して素直に考えれば、こう受け取る以外にないと思うのが、世の中には疑り深い人が多いようだ。
 ここで気になるのは、STAP細胞の再現を念頭に置いているにも拘らず、なぜ自殺しなければならなかったのか?ということだ。この矛盾を説明するとなると、彼はSTAP細胞が再現された場合も、逆に立場が悪くなる可能性を持っていたということになる。

 「STAP細胞を必ず再現してください」、これは実に衝撃的なメッセージだ。
 私には、この簡潔な一文が、笹井氏のジレンマに満ちた内情を暗黙の内に語っているようにさえ思える。遺書にこの言葉を書き残したということの意味をよく考えた方がよいかもしれない。

 おそらく彼は内心ではSTAP細胞の存在を信じていたのである。そう考えない限り辻褄が合わない。しかし、なぜかそのことを公に肯定できない空気に支配されていたのだろう。「STAP細胞」の存在はそれほどまでに受け入れ難い常識破りな出来事であったということなのかもしれない。

■もし「がんの特効薬」が発明されれば、どうなるか?

 仮定の話をしよう。
 もし、ある科学者が「がんの特効薬」を発明したとすれば、その科学者は何の抵抗もなく「がんの特効薬を発明しました」と世間に発表できるか?というと、実はできない。
 なぜかというと、その夢の特効薬が発明されることで職を失うことになる医療関係者が膨大な数にのぼるという理由からだ。夢の発明物というものは、得てして「パンドラの箱」のようなものであり、「希望」が出現する前の段階で様々な禍いとも言える不都合な現実を招き寄せる。

 これは現時点では、あくまでも仮定の話だが、「STAP細胞」にしても、もしその存在が真実であれば、短期的には職を失い困ってしまう人々が大勢出現することになる。そういった冷厳なる現実を考慮せずに「STAP細胞」の有無を語ることは、自分の眼に見える都合の良い現実のみを論じているだけで、実は何も考えていないのと同じである。
 「STAP細胞」が存在しない場合、話はそれで終わるが、「STAP細胞」が存在した場合は、一筋縄ではいかず、必ず社会的な病理が目の前に立ちはだかることになる。この問題は、当初から単純な二元論で片付けられる問題ではないということを、頭の片隅で考慮しておく必要がある。

 笹井氏はSTAP細胞が無いことに落胆して死を選んだのではなく、自らのミスを恥じて死を選んだのでもないような気がする。可能性として言えば、自らに嘘を付くことに疲れて死を選んだということも考えられる。真の科学者であればこそ、死を選んだという可能性も全く無いとは言えない。

 「そんなのは妄想だ」と言う人がいるかもしれない。しかし、「STAP細胞を必ず再現してください」という遺言には、そういった穿った想像を許すに足るだけのインパクトがある。実際、この想定外の遺言から、同じような疑念を抱いた人も多いのではないかと思う。

 笹井氏の死を無駄にしないためにも、小保方氏には是が非でも、STAP細胞を再現していただきたいと思う。それが、科学者であり恩師でもあった笹井氏に対する最大の供養となるに違いない。

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«「命の大切さ」の意味を深く考えない教育