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日本の中にある2つの国家

 日本の中には2つの国家が存在すると言われることがある。
 この2つの国家とは、民間企業を中心とした資本主義国家と役所を中心とした社会主義国家だ。
 資本主義と社会主義の定義は、経済を市場に委ねるか役人に委ねるかの違いだが、もう1つの違いは、ズバリ、コスト意識を持っているか持っていないかの違いだと言える。

 バブルの崩壊によって、日本では多くの企業でリストラが行われた。あまりにも急なリストラだったため、本来、有能な社員であっても理不尽なリストラに遇った人は大勢いた。当時、多くのサラリーマン達は、今までの常識では考えられなかったこの異常な事態に当惑した。一体、日本経済に何が起こっているのだろうか?と疑問に思った。
 この時期に発生した一大リストラは、実は日本社会における社会主義の崩壊を意味していた。
 しかし、大きな問題が残った。民間企業にある社会主義は崩壊したが、役所の社会主義は崩壊せずにそのまま残ってしまったことだ。
 それ以前にベルリンの壁が崩壊して、事実上、世界における社会主義は崩壊したが、その後のバブルの崩壊によっても、日本の中の社会主義国家は崩壊しなかったのである。

 民間企業はバブルの崩壊より現在に至るいわゆる失われた10数年の間に、徹底的にコストを切り詰め、合理化に努めてきた。その努力をせずして厳しい競争社会を生き残ることはできなかったからだ。
 幸か不幸か多くのサラリーマン達はこの期間に“コスト意識を持たない資本主義は有り得ない”ということを実体験を通して否が応にも思い知らされた。
 バブルが崩壊する以前は、コスト意識などを持たなくても気楽に仕事をやっていけた。それほど有能でない経営者であってもドンブリ勘定で会社経営をやっていけた。しかし、それが通用しない世の中になった。つまりコスト意識を有した資本主義者でなければ会社経営を行っていけない時代に突入したのである。

 転じて、日本の中の社会主義国家に目を移してみよう。役人の税金の無駄遣いは今に始まったことではないが、夕張市の破綻を観るまでもなく、この国の役人にコスト意識が欠けていることは疑いの余地はなく、誰の眼にも明らかだ。それはそうだ、世間がどんなに不況に苦しんでいたとしても、国民の税金が決まって入ってくるのだから、コスト意識など芽生えなくても無理はない。そんな環境でコスト意識を持てと言う方が無理というものだ。
 民間企業の経営者がドンブリ勘定で会社経営をしていた頃に「コスト意識を持て」と言われて、「はい、そうですか」と応える人は稀だったはずだ。あの時期、多くの経営者はこう応えたはずだ。「それはなぜですか?」と。現在の役人もこれと同じ。
 何が言いたいのかというと、現在の役人は、今もバブル崩壊以前、つまり20世紀に生きているということだ。
役人達は21世紀に渡るための洗礼ともいうべきコスト意識を持たないまま、21世紀を迎えてしまったのである。今後の日本経済の発展を疎外する要因があるとすれば、おそらくこの部分(役人達の前世紀メンタリティー)になると思われる。

 マックス・ウェーバーの資本主義の精神を持ち出すまでもなく、コスト意識のない資本主義国家が永続的に発展することなどは有り得ない。民間企業の膨大な税金によって役所を養っていけるのなら問題はないかもしれないが、もはやそんな時代ではなくなってきている。
 現代の日本は、役所のリストラも視野に入れなければならない時代だと言える。
 本来、国民にとって役所というものは必要最低限あればいいのであって、必要最大限になってしまっては困る。国民も普段の生活費同様、役所に対するコスト意識も持たなければいけない時代だと言えるのかもしれない。

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