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5000万件という数字に隠されたメッセージ

 年金保険料の納付記録5000万件分が該当者不明ということで大きな問題となっている。
 5000件程度ならまだ理解できるが、5000万件というのは想像の域を遥かに超えている。この数字が真実なら、もはやミスというレベルの問題ではないだろう。
 普段、自分には関係ないと思っている人々も今回だけはさすがにこう思ったはずだ。「もしかして自分も入っているのではないだろうか…」と。
 納付者の多くがこれだけ当事者意識を持つに至っては、社会保険庁バッシングが今後、更に加速することは間違いないだろうと思われる。
 しかし、こんな問題がなぜ今更クローズアップされるのかは不思議なところだ。こんなこと(該当者不明の納付記録があること)はずっと以前から判明していたことだろう。なんせ5000万件というのだから、今迄全く問題にならずに判明していなかったということは有り得ないし、どう考えても納得できない。
 しかし、5000万件もの不明分を調査するだけでも、とんでもない費用(人件費)が必要になるだろう。一体、その費用は誰が支払うのか?

 テレビではこんなことを言っている人もいた。「年金手帳」を「年金通帳」にするべきだと。つまり、銀行の預金通帳のように、誰が、いつ、どれだけの年金保険料を納めたのかを逐一記録し、証拠として納付者本人が持つべきだと。
 確かにこれは一理ある。しかし、誤解を招く可能性もある。
 国民年金の場合は、毎月納める金額が決っているのだから、金額までを管理する必要はないと思う。納めたか納めていないかを厳重に管理すればいいのであって、金額まで管理する必要性はあまり感じられない。なぜかと言えば、年金は積立方式ではないからだ。支払った金額まで管理するというのであれば、年金の支給金額(支給期間)も制限されなければ辻褄が合わない。支払った金額にだけこだわって、支給金額(支給期間)は無制限というのでは、都合が良過ぎるというものだ。
 社会保険庁を擁護しても仕方がないが、納付記録は必要最小限での管理が望ましい。
 杜撰な管理であったことは間違いないだろうが、今更、いたれりつくせりの管理体制を敷いて莫大なシステム管理費と人件費が必要となるのであれば本末転倒と言える。

 年金制度というものは、基本的に積立方式ではなく賦課方式となっている。賦課方式というのは、若い世代が老いた世代の面倒をみるという世代間扶養のことを意味している。それゆえに年金制度は少子高齢化社会では致命的な欠陥制度(=ねずみ講)に変化してしまう。
 年金制度ができた当初は、これは確かに良心的な福祉制度であったと言えるが、現代にあっては、良心的な福祉制度とはとても言えない。維持していくことが不可能に近いと思われるからだ。
 社会保険庁問題がいろいろと取り沙汰されるのは、時代の趨勢として避けては通れないことだと思う。管理の杜撰さや怠慢さがクローズアップされがちだが、本当の問題は、もっと深い所にある。

 今回の事件は、いつまで経っても当事者意識を持たない国民に対しての隠されたメッセージかもしれない。もう社会保険庁は解体するしかないという国の意思表示として、こんな大きな問題を発表したのかもしれない。しかし解体したとしてどうするか? 民営化して解決できるのか? できないのならどうする? そんなことを試行錯誤している猶予はあるのか?
 現在の年金制度をこのままの状態で維持していくことは、極めて難しい。いつまでもそのことに気が付かずに“年金制度は永久に不滅だ”などと暢気な気分でいることこそ危険なことだ。
 ダンテもこう言っている、「地獄へ至る道は綺麗に舗装されている」と。

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