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ゼロ金利政策から生まれた慈善家達

 日銀のゼロ金利政策が採られて久しい。(※1)
 かつて、郵便局や銀行の定期預金を利用すると、10年間で資産を1.5倍位にすることも可能だった時代があった。しかもノーリスクで1.5倍になるというのだから、資産家は働かなくとも食べていけるという時代だった。そんな夢(?)のような時代がほんの少し前までは実際に存在していた。
 当時は、よくこんな話が聞かれた。

 「1億円あれば、定期預金すると利子だけで生活ができる」

 仮に年率5%であれば、500万円の利子がつくのだから、確かにその通りだった。上記の話は、現代の場合、こう変化している。

 「2億円あれば生涯働かずに生活できる」

 この違いは実に大きい。前者の場合、1億円あれば、元本は目減りすることなく生活ができるが、後者の場合、2億円を食いつぶすという意味なので、全く認識が違うと言える。

 元々、金融の世界において、ノーリスクでお金が増えるなどということは有り得ないことだが、その有り得ないことがかつての日本では現実に行われていた。そして、資本主義社会において、ゼロ金利などというものも本来有り得ないことではあるが、これも現在、現実に行われている。この両極端の有り得ない制度に何の疑問も持つことなく、平然と暮らしている人々がいること自体、驚きに値することではあるが、国民に大した疑問を抱かせることなくやり過ごしている政府の国家運営にも、驚きを通り越して呆れてしまう。

 なぜ、ゼロ金利政策を維持しなければいけないのかと言えば、銀行の不良債権処理のためであることは誰もが知っている。政府は「銀行が破綻すれば大変なことになるので、国民の皆さんはゼロ金利でも我慢してください。」と言っている。
 仮にそれが真実とした場合「国民は国のために我慢しましょう。」というのは理解できる。(かなり社会主義的な発想ではあるが…)
 しかし、銀行がその急場を凌げた場合、国民には何か我慢した見返りがあるのだろうか?という疑問は拭えない。
 最近でも、(嘘か真か)銀行が至上最高の利益を上げたなどというニュースが流れてはいるが、預金者である国民に何か恩返しがあったのか?というと、実は何も無い。
 大抵の銀行は相も変わらず、半公務員の如く、土曜日曜祝日は営業しておらず、給料は高いまま、おまけに銀行手数料だけはちゃっかりと徴収し、国民はお金は銀行に貯金するものだと思い込んでいるという体たらくぶりだ。

 しかしそれでも国民はせっせと働き蟻のように、銀行という女王蟻にお金を貯金する。「自宅に現金を置いておくと、泥棒に持って行かれるかもしれない」という言葉だけを信じて。
 銀行はどんどん利益を上げても、一切、国民には還元しない。冷静に考えると、これほど馬鹿な話もないような気がする。

 銀行を株式会社に喩えると、預金者というのは株主の立場に該当する。株価(元本)が値上がりすることもなく、利益を出しても配当(利子)も出さないような株式会社に投資するような投資家がいるだろうか? そんな酔狂な投資家はおそらくいないだろう。もしいるのだとすれば、それは投資家ではなく、ただのボランティア精神に溢れた慈善家だ。
 慈善活動をすることは悪いこととは思わないが、日本には、自分自身が慈善活動を行っているという認識を持っていない奇特な慈善家が数多く存在している。それが日本経済にとって良いことなのか悪いことなのか…。
 無意識の慈善家達が日本経済に与える影響、それが悪い結果を齎すものでないことを願いたい。

(※1)一応、2006年には解除ということになってはいるが、実質はほとんど変わらないので現在も続いているものと考える。

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