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2008年2月

消費不況の正体(ゼムクリップと貯蓄の関係)

 現在の日本の不況は「消費不況」だと言われることがある。個人金融資産が年々増加しているにも関わらず誰もお金を使おうとせず、将来の不安のためにせっせと貯蓄に励んでいる姿を表現したものだ。
 この姿をより理解するために、会社のゼムクリップに喩えてみよう。
 事務系の会社を例にあげると、社内文書のやり取りなどにはゼムクリップというものがよく用いられる。このゼムクリップが仮に10000個有ったと仮定しよう。同じように社員数が100人いると仮定すると、1人あたりのゼムクリップ数は100個になる。各人がこのゼムクリップを貯めることなく使用すれば、社内全体では常に10000個のゼムクリップが行き交うことになる。誰かが100個のゼムクリップを全て使い果たしたとしても、その100個を含めた10000個のゼムクリップが常に社内を行き交っているので、「クリップが無くなった」と嘆く必要はない。
 では、100人の人間全てが、いざという時のために100個の内の50個を机の中に貯め込んでしまったらどうなるだろう? 当然、社内を行き交うゼムクリップ数は半分の5000個に減少してしまう。ここで人々はこう思う。「最近、クリップ数が減少してきたな」と。その不安のため、今度は貯めている50個を60個、70個…と増やしていくことになる。そうすると、社内に行き交うゼムクリップ数はますます減少していき、遂には余程のことがない限りゼムクリップを使用しなくなってしまうだろう。この悪循環こそ、現在の日本の消費不況の姿だと言える。
 年々、社内で使えるゼムクリップ数が増加しているというのに、そのゼムクリップを使用しないために会社全体にゼムクリップが行き渡らなくなる。
言い換えると、
 年々、個人の金融資産が増加しているというのに、その資産を使用しないために社会全体にお金が行き渡らなくなる(=不況になる)。

 別の喩えで言えば、いざという時のために輸血用の血液を貯めることだけに躍起になっている姿にも喩えられる。いくら輸血用の血液を貯め込んでも、その血液を使用しないことには全く価値を生み出さない。死に金ならぬ死に血となってしまう。輸血用の血液を培養して血液が増加する(=利子が付く)ならまだしも、輸血用の血液を出し入れする手数料の方が高いのだから結果的にはマイナスだ。

 消費不況は、投資不況と言い換えることも可能かもしれない。則ち、リスクを恐れて誰も投資しないような社会になってしまえば、見せかけの個人の安定とは裏腹に本当の不況を招くことになるということだ。
 先日もテレビ番組で、日本では、将来、実を結ぶであろう優秀な人材の発明などにも投資する企業がほとんどないと伝えられていた。これに比べて海外の投資家達は投資に前向きで、このまま行くと、将来、富を創出する日本人が現れたとしても、その富は、その人材に投資した海外の投資家に向かうとのことだった。
 アメリカなどでは、勉学に励む学生に対して、お金持ちの個人が奨学金を出すということも多々あるらしいが、日本ではそんな話は全くと言っていいほど聞かれない。人材(人財)に投資するという姿勢自体が全く根付いていないとも言える。

 将来的に花を咲かせるであろう花の種に水を与えようとせず、完全に成長しきった花を生かすことのみに執着し、若い芽を摘んでしまう。それが現代の日本の姿と言えるかもしれない。そこには国の将来よりも、現在ただ今だけをやり過ごせばいいというような刹那的な感情が見受けられる。その感情は、我が身の保身のみに執着している国のトップである官僚や政治家達の思考そのままだと言えるかもしれない。
 なぜか「国家の品格」なる言葉が少し前に一世を風靡したことになっているが、はたして己の保身にしか興味のないこの国の御老体(権力者)達に品格などを語る資格があるのかは疑わしいと言わざるを得ない。

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二兎を追う役人達は一兎も得ず

 マンション建築における耐震偽装問題が取り沙汰されてから早2年が経過した。当時、マンション建築資材の行き過ぎたコスト削減が問題視され、民間の建築業界に対して様々な行政指導が行われた。そのため、様々な建築基準法も改良を余儀無くされ、ただでさえ規制で雁字搦めになったところに、追い討ちをかけるかのように新たな規制が追加された。
 当初、それらの規制の目的は「国民の生活の安全を守るため」というお決まりの名文句が唱えられたが、規制をあまりにも強化し過ぎたために、今度はマンション等を建築しようにもなかなか取りかかることができないという新たな問題が発生し、建築業界には巨大な不況の風が吹くことになってしまった。
 規制を強化したことによって、騙されて耐震偽装マンションを購入する一般人は確かに減少したかもしれない。しかし、建築業界には会社が倒産して、耐震偽造マンションにすらも住めなくなった人がいるかもしれない。
 一部(?)の建築会社の不正のために、全国のまともな建築会社全てが迷惑を被ったとも言えるが、これでは一体なんのための規制なのか分からない。一罰百戒で建築業界全てが不況になってしまっては本末転倒もいいところだ。

 様々な規制を強化することによって、結果的に行政(役人)の仕事だけが増加し、民間の仕事は減少してしまう。金融コンサルタントの木村 剛氏も、これら行政の無意味な規制強化を「コンプライアンス不況」と呼んでいる。
 本来、民間の仕事が増加してこそ、役人の仕事も増加するというのが、まともな社会の姿であると言えるが、現代の日本には、この法則が当て嵌まらなくなっている。これが如何に異常なことであるのかを考えるために、日本を1つの株式会社に喩えてみよう。

 日本株式会社の中に、営業部、総務部、生産部という3つの部門があると考えると、建築業界は当然、生産部に入る。他の様々な民間企業も大抵は生産部に属する。
 では、規制を強化する役人はどこに属するのかと言うと、無論、総務部だ。
 通常、どのような企業であれ、売上と利益を上げることができるのは、営業部と生産部であって、総務部ではない。総務部はどこの企業であっても必要な部門ではあるが、その部署自体が売上を上げるわけでも利益を作り出すわけでもない。総務部というものはどこの会社であっても、必要最小限にとどめているものだ。特に現代のような大競争時代にあっては、否が応にも総務部は縮小を余儀無くされる。このことはバブル崩壊から現在に至る過程で民間企業の人々が実際に体験してきたことでもある。

 もしあなたの会社で、総務部が巨大に膨張し、営業部と生産部に対して、様々な規制を設ければどうなるだろうか? 例えば、仕事上のミスが発生する度に、「報告書を10枚提出してください。それができるまで仕事をしてはいけません。」などという細かい社則を設けてしまうと、営業部と生産部の人間は肝心の仕事に手が付かなくなってしまう。仕事が手に付かなくなれば、当然、売上も利益も減少する。本来であれば、売上、利益が減少して真っ先に困る(=リストラの対象となる)のは総務部であるはずだが、日本株式会社ではどういうわけか総務部だけは一向に困らずに、営業部と生産部だけにしわ寄せが来る。この矛盾した理不尽な姿こそが現在の日本の姿と言える。

 確かに企業も人間も何の規則も設けなければ、最近の食品偽装会社のように悪さばかりが目立つことになるかもしれない。性悪説を前提に考えると、一定の企業倫理基準は設ける必要性はあるだろうし、コンプライアンスの徹底は必要なことでもあるように思える。しかし、あまりにも束縛を強化し過ぎると返って自由が奪われ、人々はやる気を失ってしまう。その結果、経済自体が畏縮してしまう。

 『景気回復・不況脱却』が政府の至上命題であるにも関わらず、この国ではもう一方の天秤に『格差是正・不正脱却』という命題が乗っかっている。政府はどちらかというと、後者を重視しているように見受けられる。
 この国の役人達は「二兎を追う者は一兎も得ず」という諺の通り、やること為すこと全てが裏目に出てしまう。役人達も善かれと思ってやっているのかもしれないが、国民にとっては有り難迷惑になる場合がほとんどだとも言える。
 日本の役人達に必要なことは、規制を強化することではなく、実社会を学習することかもしれない。いくら勉強ができても、暗記力があっても、そんなものは実社会ではほとんど役に立たない無用の長物だということを知るべきかもしれない。

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