« 消費不況の正体(ゼムクリップと貯蓄の関係) | トップページ | 21世紀型演説のススメ »

「名ばかり管理職」という問題提起

 マクドナルドの店長による残業代未払いの訴訟事件に端を発し、「名ばかり管理職」なる言葉がクローズアップされている。
 名ばかり管理職制度というものは、ある従業員に対して「管理職」という称号を与えることで、原則としてその従業員には残業代は支払わなくてもよいというもので、雇用する側にとっては極めて都合のよい制度ではある。その制度の濫用(?)が事実上、野放しになっていることが問題になっているらしい。
 このての問題は、ずっと前からあるにはあった。私の周りにも以前、「管理職になると残業代が付かなくなるので平社員のままでいい」という人がいた。
 “管理職になること”と“残業代が付くこと”を天秤にかけると、一般的にはどちらを選択するだろうか? この場合、“管理職手当”と“残業手当”を天秤にかけてみて、どちらが得かということが判断の分かれ目となるはずだ。
 例えば、残業代の時給が2000円と考えてみると、一月平均50時間残業したとすれば、一月の残業代は10万円になる。管理職手当が10万円以上付くということであれば、管理職になることを選択する人がいるかもしれないが、管理職手当がそれ以下ということであれば、管理職を辞して残業代を取った方が合理的な判断とも言える。もし管理職手当がゼロということであれば、答えは明白だろう。

 ここで管理監督者の条件を見てみると、以下の4点を満たしているものが管理職と呼べるものらしい。

1、労務を管理する立場にある
2、経営者と同じような立場で判断できる
3、勤務時間や休暇などの規定にしばられない
4、一般社員と比べて賃金面で充分に優遇されている

 ここで注目すべきは3だ。管理職というものは良い意味(=早退してもOK)でも悪い意味(=長時間労働もOK)でも、時間に縛られないということが必要条件になっている。要するに、管理職というものは、時給で働いているわけではないということであり、仕事の責任さえ果たせば、何時に出社しようと何時に帰宅しようと自由だと規定されていることになる。
 ただ、現代では悪い意味での自由だけを背負わされてしまう(=不自由になる)ことになってしまいがちなので、「名ばかり管理職」となってしまうわけだ。当然のことながら、4という十分条件も満たしていない。3と4の条件のどちらか一方だけでも満たしていなければ、管理職になるメリットは乏しいと言わざるをえない。いわんや、両方を満たしていないのであれば、まさしく「名ばかり管理職」だと言える。

 さて、残業代を支払わない企業側を批判するだけでは能がないので、「残業」というものを少し考えてみよう。一口に残業と言っても、仕事にはいろんな業種が存在するので、なにをもって「残業した」と呼べるのかも考える必要がある。
 流れ作業を行っている人や、製造機械のスピードに依存する業務に携わっている人は、企業側が生産量を考慮した時給(時給月給制)で雇用されているわけだから、残業した分については残業代は当然、支給されなければならない。もし生産量的に残業代が支払えないということであれば、基本的な時給自体を下げてでも残業代を支払うようにするべきだろう。
 同じ製造業であっても、機械ではなく本人の能力に依存する仕事(プログラマーやデザイナーなど)の場合は、どこからどこまでが残業になるのかは正確には判断できない。これらの職種の場合は、時間ではなく物量で計るべきものなので、残業したと言っても、決まった物量をこなしていないのであれば、それはただの居残りであって残業とは言えない。逆に他人の2倍3倍の仕事をこなす人であれば、残業代を支給されたとしても割が合わない。そういう理由から、企業側は、仕事ができる人に対しては能力給よりも時給を適用したがることになる。残業代は支払われるとはいえ、これもある意味、「名ばかり残業」と言えるかもしれない。
 営業職や販売職なども、どこからどこまでが残業になるかは判断が難しい。営業職の場合、勤務時間中に空き時間があることもあり、一日中、動きっぱなしというわけではないだろうし、販売職にしても、1日中、接客しているわけでもなく、売上も一定しているわけでもない。

 ということで、「残業代を支払え!」と言っても、それを言う資格が有る人と無い人がいることを見落としてはいけない。如何に正論ぶった批判のように聞こえても、中には愚痴にしかなっていない人も存在することを忘れてはいけない。
 基本的に「残業代を支払え!」と言うためには2つの条件を満たしている必要がある。その条件の1つは、その企業が残業代を支払うほど経営に余裕があること。もう1つが、その従業員自身が残業代を貰うだけの仕事量をこなしていることだ。
 バブルが弾けるまでは、仕事をしていなくても会社に残るだけで残業代が無条件に支給されるという夢のような時代だったのかもしれないが、現代では仕事の実績をあげるという条件を満たさない限り、残業代は支給されなくなってきている。(これは常識的に考えればごく当たり前の姿だと言えるのだが) そして、仕事を行うという義務もろくに果たさずに「残業代を支払え!」と言うような(権利ばかり要求する)社員ばかりでは、将来的にはその残業代どころか給料ですらまともに支払うことができなくなってしまうという企業側の言い分も無視できない。
“企業=悪”“労働者=善”というような労働組合的(?)なステレオタイプ発想はもはや通用する時代ではない。なぜなら、企業も無い袖は振れないからだ。
 名ばかり管理職問題というものは、要するに、時間で残業代を支給するのではなく、能力に応じた残業代を支払う方向に企業がシフトしていかなければいけないという問題を提起しているのである。

(余談)
 世間では中間管理職がリストラの対象になったと言われてきた反面、なぜか、名ばかりの管理職だけは増加してしまったようだ。しかし、管理職というもの自体がほとんど必要ない現代にあっては、名があろうとなかろうと、名ばかり管理職でしかないのかもしれない。どちらにせよ、もはや管理職というもの自体が虚構であると思った方がよさそうだ。

|

« 消費不況の正体(ゼムクリップと貯蓄の関係) | トップページ | 21世紀型演説のススメ »

社会問題」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/199859/40502052

この記事へのトラックバック一覧です: 「名ばかり管理職」という問題提起:

« 消費不況の正体(ゼムクリップと貯蓄の関係) | トップページ | 21世紀型演説のススメ »