« 2008年3月 | トップページ | 2008年5月 »

2008年4月

『食品表示特別Gメン』は必要か?

 以前から『食品Gメン』と言われる人達は存在していたが、昨今の相次ぐ食品偽装問題の防止策として、新たに『食品表示特別Gメン』なるものが農水省に新設されたらしい。

 この2つの違いは、
  食品Gメン・・・食品の販売や加工、調理過程における監視を行う
  食品表示特別Gメン・・・食品の流通(卸売り業者を含む)過程における監視を行う
 ということらしい。
 
 食品表示特別Gメンの新設には2つの意見がある。1つは、食品表示特別Gメンを新設することによって食品の偽装が減少し、消費者は安心して食品を購入することができるようになるというごく当たり前の意見。そしてもう1つが、果たして食品表示特別Gメンは必要なのか?という意見だ。
 私も今のところ、後者意見だ。

 確かに消費者保護という観点で考えれば、取り締まりの強化は必要かもしれない。しかし、取り締まりを強化し過ぎると、返って消費者にとって有難迷惑な環境になってしまわないかという疑問があるためだ。
 消費者保護を唱い、規制を強化し過ぎたために、返って消費者迷惑になってしまった建築業界や金融業界の二の舞になってしまわないかという不安がよぎってしまうからである。
 
 建築業界では、
  耐震偽装問題→規制強化(改正建築基準法)→建築業界不況
 金融業界では、
  消費者金融問題→規制強化(改正賃金業法)→金融業界不況
 となってしまったことは記憶に新しい。
 
 官の規制強化のために、自由なビジネス活動が窮屈なものとなり、結果、市場が縮小してしまい、悪徳業者だけでなく、まともな業者まで全てが迷惑を被った。いや、迷惑を被ったのは善良な業者だけではなく、一般消費者全てに及んだと言っても言い過ぎではないだろう。

 それともう1つ、忘れてはならないものに官僚の天下り問題がある。世間の天下りバッシングという嵐の中、官僚達が誰にも文句を言われることなく天下り先を確保する方法はあるか?というと実はある。民間企業の不祥事を見つけ出し、逆にバッシングすればいいだけ。そうすることで、一般庶民は自ら意識することなく、官僚の天下り先作りに協力することになる。皮肉なことだが、一般庶民が企業の不祥事をバッシングすればするほど、官僚の天下り先は増加してしまうことになる。どちらに転んでも損をするのは一般庶民ということになるが、バッシング熱を患った人々にはそれが分からない。付和雷同型国民の悲劇がここにある。

 マスコミは一方で天下り問題を追及しながら、一方では民間企業の不祥事を大々的に報道している。穿った見方をすれば、マスコミが官僚の天下り先作りに貢献しているようにも見えてしまう。
 穿った見方をせずとも、『民間企業が不正を行えば行うほど官は増殖する』というのは普遍の定理とも言える。これは犯罪者が増加すれば警察官も増加するのと同じ理屈でもある。
 食品表示特別Gメンというものが、その定理に添って作られたものなのか、それとも真の消費者保護のために作られたものなのかは不明だが、食品表示特別Gメンが頑張れば頑張るほど、食品業界に不況を招くという結果だけは避けてもらいたいところだ。

にほんブログ村 経済ブログへ

| | コメント (0) | トラックバック (4)

「サブプライム問題」という枕詞(まくらことば)

 最近の株価を報道するテレビ番組は、毎度のように「サブプライム問題」という枕詞を使用している。
テレビのニュース番組では、
「サブプライム問題の影響から…」とか、
「サブプライム問題を見極めたいとのことから…」とか、
「サブプライム問題の先行き見通しがついたことから…」とか、その日の株価の状態によって毎日コロコロと意見が変わり、一体、サブプライム問題の現状はどうなっているのかが全く分からない。わざわざそんな枕詞を付ける必要があるのか疑いたくなる。

 大体、毎日の株価がサブプライム問題だけで動いているわけではないことくらい判りそうなものである。よく言われているように、サブプライム問題の被害の大半は欧米諸国のものであり、日本の場合、サブプライム問題の被害が最も少なかった国の部類に入る。
 しかし、どういう訳か、サブプライム問題の間接的な被害(報道被害)が最も多いのが日本ということになっている。なんせ日本の株価は欧米の3倍程下落している。株価下落がサブプライム問題の影響というのなら、辻褄が合わなくなってしまう。
 そこでこの矛盾をとらえて多くのエコノミスト達は、こう言っている。

 「日本の株価が他国よりも下がっているのは、政府のねじれ国会のせいだ」

 「掛け声だけで構造改革が一向に進まないことに海外投資家が愛想を尽かしたからだ」と。

 確かにこれらの意見の方がまだ筋が通っている。サブプライム問題にばかり責任転嫁するよりはよっぽどマトモな見解でもあると思われる。

 しかし、こういった一見正当に思える意見すらも全て霞んで見える意見が存在している。その意見は2004年度に出版された『日本株の逆襲』(野村由起夫著)という本に書かれてあるのだが、その内容を簡単に言うと、日本(財務省)には300兆円のヘソクリマネーが存在しており、表に出てこない財務省の数人の天才達がその巨大な資金を利用して相場をコントロールしているというものだ。よくテレビなどで聞かれる「海外投資家の外人買い」というのも実はこのヘソクリマネーのことで、外資系の証券会社を経由していると書かれている。
 常識的に考えれば、よくできた創り話のようにも聞こえるが、もしこれが本当であれば、日本では、サブプライム問題が株価操縦に利用されたことになる。外国人投資家を装って、一旦空売りを浴びせ、下がりきったところで安値で買い戻すというトンデモない史上最強の仕手集団(国家)が存在していることになる。

 この本に書かれてあることが真実かどうかは分からない(できれば真実でないことを願いたい)ので、読んだ人の判断に任せるしかない。もしこれが真実であればまさにビックリ仰天といったところだが、仮にフィクションであったとしても、読み物としては良く出来ている。ヘタな推理小説などより読み応えがあると思われるので、興味のある方(異なった視点で物事を観てみたい人)はフィクションだと承知の上で読んでみてほしい。

 最後に一言、今後、サブプライム問題と全く無関係で日本の株価が急激に騰がり出すことがあれば、この本に書かれていることは真実なのかもしれない。

にほんブログ村 経済ブログへ



| | コメント (2) | トラックバック (2)

物価上昇(インフレ)という自己実現

 ガソリンだけは一時的に値段が下がった(元に戻った)ものの、今年は小麦を始め、あらゆる物が値上がりすることになっている。値上がりしない物はタバコ位らしい。(既に値が上がっているため?)
 これだけ物価が上がり出すと、まるでインフレ経済とも呼べそうだが、これが政府の目標とした「デフレ脱却」というのなら、笑い話だと言える。
 全国民が待ちに待ったデフレ脱却が、現在の物価上昇というインフレ現象であるのなら、この状況は、まさしく国民が待ち望んだ結果ということになるが、果たして、この物価上昇で喜んでいる国民がどれ位いるというのだろうか? おそらく喜んでいるのは、混乱に乗じて便乗値上げに踏み切った既得権益者ぐらいのものだろう。

 以前にも当ブログで述べたことがある(→「デフレ脱却」というお題目)が、「デフレ脱却」という言葉が如何に間違ったものであったかが証明された格好となったようだ。
 現代日本のデフレというものは本来、大部分の国民(=消費者)にとっては、プラス環境であり、わざわざ脱却などしなくてもよいのである。100円ショップが有る生活と無い生活ではどちらが消費者にとってプラスであるのかを考えれば答えは明白だ。

 高度経済成長期のインフレの場合は、物価以上に収入が上がったため、国民はインフレ自体を考える必要がなかった。つまり、インフレ自体が好況だったのではなく、物価以上に収入が上がったことを好況と呼んでいたのである。(=つまりデフレ)
 ところが現代では収入が固定(または減少)のままで物価だけが上昇している。デフレ脱却が齎すインフレには、良いインフレと悪いインフレがあることに気が付かないといけない。

 先にも述べたように、
  良いインフレとは“物価以上に収入が上がること”であり、
  悪いインフレとは“収入以上に物価が上がること”を指す。

 現代の物価上昇がどちらであるかは火を見るより明らかだ。現代日本のような、ただでさえ物価や人件費が高止まりしているような国は、収入が上がる人よりも下がる人の方が多くなる可能性が高い。世界的に収入が平準化するグローバル経済下で、成熟国に住む人間が収入を上げ続けていくことは至難の業だ。ゆえに国民は本来であればデフレ経済をこそ待ち望むべきなのだ。つまり、もともと日本の消費者にとってデフレは不況ではなく、デフレ脱却こそが不況の入口だったのである。政府は、言葉の誤用とはいえ、景気を悪化させることをスローガンとして掲げてきたという訳だ。

 世に出回っている成功法則本には、よく紙に書いたことは実現すると書かれてあるが、政府は大々的に「デフレ脱却」という言葉を公告として印刷してバラまき、人々の潜在意識という画用紙に「デフレ脱却」という言葉を刷り込んだ。人々はまさしく心で想い描いた通りに「デフレ脱却」を実現してしまったと言えるが、これはまさに喜劇であり悲劇であるとも言える。
 これ以上、無駄な自己実現をしないためにも、政府には、そろそろ「デフレ脱却」という言葉を「不況脱却」に変更することをオススメする。あるいは「インフレ脱却」でも構わないが、そうなると国民は《デフレもいけないしインフレもいけない》と思い込み、今度はスタグフレーション(不況下で生産物や労働力の供給過剰が生じているのに、一般物価水準が継続的に上昇している状態)をも招きかねないのであまりオススメできない。
 どちらにせよ、これに懲りて今後は、政府の役人も個人消費者も経済現象を正しく理解し、言葉の使い方を間違わないように気を付けた方がよいかもしれない。無論、皮肉ではあるが…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年3月 | トップページ | 2008年5月 »