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『八王子通り魔事件』の対処法は如何に?

2008072301
 秋葉原の通り魔事件に次いで、今度は八王子で通り魔事件が発生した。今回は2名の死傷者が出たらしいが、今回の犯人の動機も「誰でもよかった」という身勝手なもの(通り魔的発想)だったらしい。

 秋葉原での凶器はナイフだったが、今回は包丁だった。秋葉原事件では、ナイフの所持や販売が規制されたが、果たして今回はどうするつもりなのだろうか? まさか日本中で包丁の所持を禁止し、包丁を販売するのも購入するのも証明書が必要などと言い出すのではあるまいか? 秋葉原の歩行者天国に監視カメラを付けて、ホコテンを使用中止にしたのと同じように、全国の書店に監視カメラを設置し、書店での書籍販売を一時的に中止にするのだろうか?

 お断りしておくが、私は別に皮肉を述べてからかっているのではない。前回の事件の対処法は果たして正しいものだったのか?ということを問題提起した上で、もっと冷静に考えてみた方が良いのではないかということを注意、喚起しているだけだ。
 
 ナイフという一般的にはあまり利用されていない凶器が使用されれば、簡単にナイフを悪者にするが、日本中の誰もが利用している包丁が凶器に使用されると、簡単には悪者にできず何の対処法も出てこない。
 しかし、ナイフであれば対処法があり、包丁であれば対処法がないというのは、どう考えてもおかしい。ナイフも包丁も通り魔の凶器(刃物)として使用される可能性があるという意味では違いはない。むしろナイフよりも包丁が使用される方が多いかもしれない。ならば、対処法は同じになって然るべきはずだ。通り魔が包丁を使用した場合は仕方がないというような言い訳が通用するのであれば、ナイフの規制云々は場当たり的ないい加減な対処法だったということの証明にしかなっていないということだ。

 皮肉なことに、通り魔事件が短期間に続けて発生したことによって、前回の通り魔事件に対する認識や取り組み方が極めてデタラメであったことが表面化してしまったようだ。
 通り魔事件でナイフや包丁が凶器に使用されたということは、あくまでも“結果”に過ぎない。ナイフや包丁が有ったから事件が起きたのではない。決して、ナイフや包丁が犯人ではないのである。
 事件の起きた原因は凶器ではなく、本人の心の状態(思考)にある。他人を傷つけたいという凶器のような心が問題なのだ。目に見える凶器ではなく、目に見えない狂気こそが問題なのだ。通り魔事件における対処法があるとすれば、結果(凶器)ではなく原因(狂気)を直すことであるはずだ。

 なんにせよ、取り締まりばかり強化することはいい加減に止めて、通り魔が出てこないような自由な国にすることを考えた方がよいかもしれない。少なくとも、この国の窮屈さが、通り魔事件発生の原因(メカニズム)になっているかもしれないという疑問を抱くことの方が、包丁を規制することよりも重要であることは間違いないだろう。

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コメント

■八王子通り魔事件、誰でも良かった!?-「カッツォンレテバ」の精神で通り魔に備えよ!

はじめました。つい最近の秋葉原の事件から間もないのに、またこの事件です。事件が起こってから、いろいろ分析しても仕方ないと思います。それよりも、我々ができることは「通り魔」にあったときにどう防御するのかということだと思います。私のブログでは、ナイフを持った暴漢に襲われたときの対処法と、心構えを掲載しています。特に「カッツォンレテバ」というヘブライ語で「大人しく黙って羊のように殺されるな」という意味の格言も掲載してあります。ここには、長くコメントできませんので、是非ご覧になってください。


投稿: yutarlson | 2008年7月24日 (木) 13時15分

yutarlson様

多忙のため遅くなりましたが、コメント有り難うございました。
あなたのブログでの『暴漢からの防御法』を面白く読ませていただきました。
暴漢が目の前に急に現れたとして、はたしてどこまで冷静な対処ができるか分かりませんが、参考にはさせてもらいたいと思います。

あなたの言われるように「通り魔の心理分析をしたところで結論は出ない」というのはその通りかもしれません。「通り魔=悪」、ゆえに悪の精神分析などは無用というのは確かに一理あります。
しかし、社会自体に人間の精神を狂わす原因が潜んでいるのであれば、それを少しでも究明することは大事なことかもしれません。(マスコミからは的の外れた意見しか出てきませんが…)

人間が肉体的な病気を患った場合であっても、本当の解決法は、病気を治すという対症療法ではなく、病気になった原因を取り除くことであるはずです。
暴漢(通り魔)も生まれつき暴漢(通り魔)だったわけではないはずですから、元々は善人です。悪を為したことに対するその時点の精神分析は無用かもしれませんが、なぜ悪を為すに及んだのかというバックグラウンド分析は、通り魔の発生を防ぐためにも全く無用とは思えません。(これについても、マスコミからは的の外れた意見しか出てきませんが…)

投稿: 管理人 | 2008年7月28日 (月) 01時17分

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