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スポーツオリンピックよりも重要な経済オリンピック

 一党独裁国家という理由からも当初、その実現すら危ぶまれていた北京オリンピックは無事(?)に終了した。しかし終了した後、間髪入れずに今度は中国経済悲観論がマスコミから出始めている。
 中国では2010年に上海万博も行われることになっている。日本も東京オリンピックから大阪万博までの間は景気が良かったそうなので、それに準(なぞら)えることができるのであれば、中国の好景気も今のところはそれほど変化はないかもしれない。

 話は変わって、私は今回の北京オリンピックはあまりテレビでは観ていなかった。オリンピックに対するマスコミの報道が如何にも時代遅れな感じがしたこともその理由の1つだ。
 先週、文部科学省に対する批判文を書いたところだが、舌の根も乾かぬうちに、また文部科学省から新たな政策(?)が発表された。
 今度は何かというと、オリンピックのメダル獲得のために、各国の選手育成方法を分析し選手を指導するというものだ。そのために12億5千万円もかけて「ナショナルコーチ制度」を新設するらしい。今回は、前回ほど厳しく批判するつもりはないのだが、どうも違和感を拭えない。先にも書いた通り、時代にそぐわないという感じがするからである。

2008082701 東京オリンピックの頃は、まだ冷戦時代だったということもあり、国 対 国というような戦争のような図式も成り立ったのかもしれないが、21世紀の現代にあって、国 対 国というのは、どこか国粋主義者のような感じが拭えない。現代のオリンピック出場選手達も、お国のために日の丸を背負ってオリンピックに臨んでいるわけでもないだろう。
 スポーツ選手として、世界で1位に成ることを目標にすることは良いことだと思うが、「日本」が1位になるというような目標を持つ必要性はあまり感じられない。個人競技だけでなく団体競技もあるとはいえ、選手達は全員、自分自身の目標のために競技しているのであって、別に国のために頑張っているわけではないだろう。
 ところが、マスコミが報道するオリンピック中継を観ていると、まるで戦争でも行っているかのような雰囲気が漂っている。個人としてのスポーツ祭典のはずが、国としてのスポーツ合戦になってしまっている。この古臭い国家社会主義的な報道に違和感を感じてしまうのは私だけではないと思う。

 オリンピック自体に景気を底上げするような力があれば、その報道に力を入れるのも頷けるのだが、実際には、ほとんど景気には影響しない。今の中国を見ればお解りのように、オリンピックを開催したことによって景気が良くなるというような報道は全く為されていない。オリンピックを開催したことによって景気が更に良くなるのであれば、中国経済楽観論が出てきても不思議ではないはずだ。
 同じように、2016年に東京でオリンピックを開催できたとしても、国の宣伝に莫大な費用がかかるだけで、ほとんど経済効果はないかもしれない。8年も先の不確定なことにエネルギーを費やしている暇があるのなら、現在ただ今の景気を改善することを考えた方が余程まともだと思える。

 現在の日本は、官製不況のために建築業界では倒産ラッシュが相次いでおり、業界関係者達からは悲鳴があがっている。こういった現在進行形の悪しき状況を放っておいて、8年先の有るかどうかも判らないオリンピックのメダル獲得数など、どうでもいいことのように思える。国がわざわざ音頭を取らなくても、オリンピック選手達は自分達の努力でメダルを獲得してくれるだろう。選手達にしても「国がメダル数を管理するなどは大きなお世話だ」というのが本音ではないかと思う。日本は中国のように、『金メダルを取れば一生安泰』というような国でもないのだから、国に大きな顔をされても選手達も迷惑だろう。

 私のように冷めた目でオリンピックを観戦していた人間は結構多いのではないかと思うが、いかんせん、未だに(マスコミに乗せられて)大騒ぎしている人間も多いと思う。4年に1回のスポーツ観戦でお祭り騒ぎすることに文句をつけるつもりはないのだが、もう少し自国の経済状況を考えた上で行動してもらいたいものだ。
 
 仮に経済オリンピックというものが開かれたとすれば、日本の場合、お家芸の製造業は未だ金メダルの地位にあるが、その他の金融や農業、情報技術では到底、メダル獲得には届かない。いや、オリンピックに参加できるのかどうかさえ疑わしい状態だ。なんせ、子供に携帯電話を持たせないなどというようなことを本気で考えているような国なのだから仕方がない。
 スポーツで金メダルを取ることよりも、むしろ、経済オリンピックに参加することの方が、今の日本には重要なことだろう。日本は経済オリンピックでは未だにスタート地点にも立っていない状態だ。と言うよりも、経済オリンピックに参加することを拒んでいる国だと言った方が正解かもしれないが…。

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