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結果の不平等社会のススメ

 前回、収入格差について少し述べてみたが、話の都合上、“収入格差が拡大することは悪い”とする方向でミクロ的に話を進めた。しかし、私としては、マクロ的には収入格差は別にあっても構わないと思う。なぜそう思うのかを以下に具体的に述べてみよう。
 
 例えば、100人の人間がいたとして、分けるべきパイの総額が1億円だった場合を想定すると、このパイを100人で均等に分ければ1人100万円になる。

 ここで格差が発生したとして、次のような2つのケースがあった場合を考えてみよう。
 
  A、80人が1人50万円、20人が1人300万円
  B、90人が1人50万円、10人が1人550万円

2008091901

 この場合、どちらが格差額が大きいかというと、無論、Bになる。しかし、最低収入はA・Bともにいずれも1人50万円だ。さて、この場合、あなたはどちらが悪い格差社会だと思うだろうか? おそらくどちらとも言えないはずだ。
 
 例を変えてみよう。
 
 C、80人が1人20万円、20人が1人420万円
 D、90人が1人40万円、10人が1人640万円

2008091902

 この場合、格差額はCが400万円でDが600万円なのだから、Dの方が格差が大きい社会ということになる。では、あなたはCとDのどちらが悪い格差社会だと思うだろうか?
 この場合は、Cと答える人が圧倒的多数を占めるはずだ。

 日本国中、「格差」「格差」と格差病を患ったが如く騒いではいるが、人々が悪い格差社会だと判断している基準とは、“収入における格差額”ではなく、“個人の収入額”なのである。大部分の人間が生活していくに足る収入を得ることができれば、例外的に高収入な人間がいたとしても、それほど気にならないわけだ。
(注意:ここで述べた20万円というのはあくまでも例であって、必ずしも低所得に該当するというわけではありません)

 このことから言えることは、日本の格差社会問題というのは、富める者と貧しい者との収入格差にあるのではなく、貧しい者は限りなく“低所得のまま”であることが問題なのだということが解る。言わば、「低所得社会」だ。

 収入格差などというものは100倍あろうが1000倍あろうが一向に構わない。先の例で言えば、99人が40万円で、1人が残りの6040万円(=収入格差額6000万円)を稼いだとしても問題はない。要は、生活できないような低所得者の所得額が固定されてしまっているところに問題があるのである。しかし、だからといって、高額所得者の稼いだお金を無理矢理に奪って、皆で分配するというような、たかりのような考え方も間違っている。

 この解決策が有るとすれば、それは、政治家が言うような、バラマキや分配による不公平な平等政策に有るわけではない。そんなことをしてもパイの量が増えるわけではないからだ。むしろ、福沢諭吉の言った自助努力の中にこそ有るべきだ。自助努力によってパイの数を増やそうとすることこそが重要なのだ。そのためには、努力した人間が報われる社会であることが前提となる。
 しかして、現代の日本社会はどうだろうか? はたしてそんな社会になっていると言えるだろうか? 「思う」という人がどれ位いるのか分からないが、「思わない」という人の方が多いことはおそらく間違いのないところだろう。
 
 かつて福沢諭吉はこう言った。「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」と。しかし、その言葉の意味するところは、「人間は生まれながらに平等である」という意味ではない。むしろ、人間は生まれながらに能力の差があると述べている。その能力の差は学問を行うことによって埋めることができるということを述べている。ゆえに『学問のすすめ』を著したわけだ。
 福沢諭吉が理想とした社会とは、自助努力によって誰もが報われる社会、つまり、結果の不平等社会なのである。それは、努力した者が正当に評価され報われるという社会であるはずで、決して何の努力もしない人間が努力した人間よりも報われるというような歪な社会ではないのである。
 格差社会というものは、その前提とする社会の在り方によっては、善とも悪とも成り得る。本物の格差社会と偽物の格差社会、はたして現代の日本はどちらの格差社会と言えるだろうか…?

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コメント

はじめまして、こんにちは。
レンといいます。
なるほど、と思いました。
今の日本で騒がれているのは、単純な収入の格差なんですね。
競争はあるべきだし、ある程度の格差があって当たり前なんですよね。
けれど、極端に収入が低い人や頑張っても低収入なままの人はなんらかの救済策が必要かな?と思います。
これからも訪問させていただくので、どうぞよろしくお願いします。

投稿: レン | 2008年9月21日 (日) 01時36分

レン様

コメント、有り難うございます。
こちらこそ、宜しくお願いいたします。

現在の日本政府の格差問題是正策(単なる平等政策)をそのまま進めれば、国民全員が貧しくなるという悪平等社会に至ることは必至です。と言うより、実際にそうなりつつあるように見えます。

根本的な問題は、日本を覆っている嫉妬思想(成功者やお金持ちを妬む思想)にあるように思います。この問題を是正しない限り、誤った格差論議に終止符をうつことはできないのかもしれません。
格差が悪だと決め付けた上での格差論議は不毛であり、ただの結果論でしかないということに多くの人が気がつかない限り、日本の更なる発展はないと思います。

投稿: 管理人 | 2008年9月21日 (日) 15時08分

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