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こんにゃくゼリー“事故”と汚染米“事件”

2008100401 マンナンライフのヒット商品『蒟蒻畑(こんにゃくばたけ)』を食べた幼児が窒息死したことで、野田聖子消費者行政担当相はマンナンライフに対して商品を自主回収するように指示したらしい。
 ネット上では既にこの事件について、様々な意見が飛び交っている。一般消費者からの意見は、「販売中止にするべきではない」「事件が起きたのは親の責任でもある」や、「確かにノドに詰まりやすいかもしれない」「商品をもう少し小さくするべきだ」などの賛否両論が飛び交っている。しかし、マスコミを通じては、相変わらず、一方的な意見しか出ていないようだ。マスコミには、「こんにゃくゼリー」を「殺人ゼリー」に仕立てあげなければならない理由でもあるのだろうか?
 
 この事件は、罪のない幼児が死亡してしまったという意味では非常に痛ましい事故であることは確かだ。子供を不慮の事故で失った親の気持ちを考えると、こんにゃくゼリーを販売していたマンナンライフに責任を求めてしまうのは、感情的には理解できる。しかし、関係のない他人が、「マンナンライフが悪い」とか「こんにゃくゼリーは悪だ」と言うのは少し理解に苦しむ。
 
 ノドを詰まらせて窒息死するという事故は、毎年、日本中で発生している。お餅を食べて窒息死したというニュースは毎年耳にするはずだ。では、お餅を食べた幼児や老人が窒息死した場合、「お餅が悪い」「餅米を作った農家が悪い」と言うだろうか?
 「お餅とこんにゃくゼリーは別だ」と言う人がいるかもしれない。では一体何がどう違うのかを納得できるように説明できるだろうか? 誰もが納得せざるを得ない答えを用意できる人間はいないはずだ。まさか「こんにゃくゼリーを責めても、損害を被るのはマンナンライフ関係企業だけだが、お餅を責めると日本中の農家が損害を被るので責めるわけにはいかない」とでも言うのだろうか?
 これはある意味、通り魔事件におけるナイフと包丁の関係に似ている。ナイフを規制してもそれほど困らないが、包丁を規制してしまうと日本中の家庭が困ってしまうというのと同じ理屈だと言える。つまり、結局、対症療法にしかなっていないということだ。

 さて、ここで少し角度を変えた質問をしよう。
 例えば、あなたの家の近所に池があった場合、その池の周りには『子供が遊ぶと危険』というような注意書きがあるはずだ。この池で運悪く子供が溺れた死亡してしまった場合、誰が悪いと言えるだろうか?
 
 1、子供
 2、親
 3、池
 4、池の所有者
 
 上記を今回の事件に置き換えると以下のようになる。
 
 1、幼児
 2、幼児の両親
 3、こんにゃくゼリー
 4、マンナンライフ
 
 おそらくまともな神経をした人なら、3、4は選択しないはずだ。しかし、マスコミや世間では、3と4のみが悪いと言っているように見える。
 
 とは言うものの、私も「幼児や両親が悪い」とは言うつもりはない。しかし、親の注意が足りなかったことは否定できないと思う。
 こんにゃくゼリーには小さいながらも「危険」という注意書きが入っている。老人や小さな子供が食べると事故が発生する可能性があることは初めから判っていたわけだ。私も以前に食べたことがあるが、普通のゼリーよりも固く弾力性があるので、注意書きを見るまでもなく、幼児には危険であることが分かる。
 野田聖子女史は「警告表示を大きくするように」とも言ったらしいが、実際に食べたことがある人なら、わざわざ表示を大きくするまでもなく、危険であることは認識していると思う。小さな子供がいる所に“子供に危険な食べ物を置いておくことは危険だ”という認識を持っていれば、このような事故は未然に防げる可能性もある。
 
 ニュース番組で報道されていたが、実際にこんにゃくゼリーを食べて窒息死した人はこれまでにも数多くいるらしい。しかし、10歳〜60歳の間には1人もいないそうだ。
 この数字から逆に言えることは、10歳〜60歳であれば食べても問題はないということだ。わざわざ全国に出回っている商品の全てを自主回収せずとも、10歳〜60歳の人のみに限定して販売することにすれば、損害も最小限に抑えることができるはずだ。こんにゃくゼリーが致死率の高いメタミドホス入りでもない限り、こんにゃくゼリーを殺人者に結び付ける必要性は感じられない。そんなことをして、一体誰が得をするというのだろうか。
 
 テレビのコメンテーターには、「こんにゃくゼリーが悪いと言うのは正論だ」というようなトンデモ評論家がいるようだが、こういう馬鹿な詭弁評論家に騙されてはいけない。
 幼児が死亡してしまったことは確かに痛ましい。しかし、だからといって、責任の所在を民間企業にのみ追及するというのは行き過ぎだと思う。彼らは三笠フーズや農水省のような後ろめたい商売を行っていたのではなく、故意に事件を起こしたわけではない。これは“事件”ではなく“事故”なのだということを冷静に考えるべきだ。
 まかり間違っても、役所の不祥事(汚染米問題)を隠すために、民間企業の事故を殊更騒ぎ立て、スケープゴートに利用するようなことだけは避けてもらたいものだ。

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コメント

いつも楽しく読ませていただいてます。
最近のマスコミの横暴には辟易しています。
私もこんにゃくゼリーの件では同感です。
アメリカではばかげた訴訟がちらほらあります。
泥棒が屋根のつくりが悪く割れて落ちて怪我をしたら家主を訴えるなんて訴訟です。本末転倒もいいとこですがこういうのもアメリカナイズされてきたせいでしょうか。
社会問題を扱ったブログの管理者の意見は結構偏った反体制主義者がいたりするもんですが
久しぶり良識的意見ですばらしいと感じました。

投稿: 初心者 | 2008年10月 9日 (木) 07時48分

初心者様

コメント、有り難うございます。

こんにゃくゼリーは残念ながら、ついに販売中止(製造中止)になりました。しかし、ヤフーのクイックリサーチ(http://polls.dailynews.yahoo.co.jp/quiz/quizvotes.php?poll_id=2760&qp=1&typeFlag=1)では実に半数近くの消費者が「製造を中止する必要は無い」と答えています。その他のネットアンケートでも大部分の人達がそう答えています。
結局、製造中止を決定したのは国民ではなくマスコミだったという毎度のパターンです。この一事だけを見ても、日本という国は民主主義国家ではなく、情報統制国家だということがよく分かりますね。

投稿: 管理人 | 2008年10月 9日 (木) 21時42分

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