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『食のシンクロニシティー事件』からの教訓

2008102301 こんにゃくゼリー問題がようやく落ち着いたかと思うと、今度は給食のパンを早食いした小学生がパンをノドを詰まらせて死亡したという痛ましい事件があった。このニュースは既に皆さん、ご存知の通りだと思う。
 都合悪く(?)この新たな事件が発生したことによって、こんにゃくゼリーを擁護する意見もチラホラと出てきつつあるようだ。まるで問題提起を起こすことが目的であったかのように発生したこの事件によって、人々は少なからず冷静さを取り戻しつつあるのかもしれない。

 今回の事件で死亡したのは小学校の6年生であり、死亡した原因はパンが大きかったからではなく、パンが固かったからでもない。悪ふざけをしてパンの早食いをしたことがそもそもの原因らしい。ゆえにマスコミも“パンが悪いわけではない”ということが理解できるのか、さすがにパンを責めるような記事は書いていないようだ。しかし、責任の矛先を今度は『学校』に求めてしまっているようだ。“教師の監督不届き”というのが、事件が発生した原因だということらしい。しかし、これは全く馬鹿げていると言える。
 
 もし、「小学校6年生の早食いを監視していなかった教師が悪い」と言うのなら、「こんにゃくゼリーを食べることを監視していなかった親が悪い」と言うのと同じ理屈になってしまう。自分で判断することができる小学校6年生を監視しなければならないというのであれば、自分で判断することができない乳幼児であればなおさら監視の目が必要ということになる。このことからも、これがいかにデタラメな暴論であるかが理解できると思う。それともマスコミは「親は監視する必要はないが、教師は監視する必要がある」とでも言うのだろうか?
 
 「学校や教師が悪い」などというような意見が通るのは以下のような場合だけだ。
 
 1、物事の善し悪しを判断できない保育園児や幼稚園児の場合
 2、いじめや強制でパンを早食いさせられた場合
 3、教師が無理矢理にパンを食わせた場合
 
 考えられるのは、せいぜいこれくらいのケースだ。体育の授業でプールで溺れたとか、熱があるのに無理矢理に走らせて死亡したというのなら、教師の監督責任と言えなくもないだろうが、生徒個人が悪ふざけをして死亡してしまったのなら、それは自己責任以外の何ものでもない。死亡してしまった小学生には同情するが、どう考えても他に責任を転嫁できる事件とは思えない。
 
 今回の事件では国(野田聖子女史)はどんな判断をするのだろうか?と多くの人が注目しているようだが、こんな事件で政治家が御託宣を並べること自体が馬鹿げている。「給食はゆっくり食べましょう」「パンは小さくちぎって食べましょう」とか言うぐらいなら、小学生でも言えることだ。わざわざ政治家の御登場を願う必要などは全くない。まさか「給食ではパン食を禁止する」とは言わないだろう。
 
 こういう事件が発生した場合、小学生に限らず消費者達は誰かから指示されるまでもなく自分自身で判断できるようになるはずだ。「どんな食べ物であっても注意を怠ると命を落とす事故につながる」と。こんにゃくゼリーであろうと、お餅であろうと、パンであろうと、事故は起こるべくして起こる。誰かが注意を促したところで、ほとんど無意味に近いということに気が付くはずだ。マスコミや政治家は「そういう痛ましい事件がありました」と伝えるだけで、充分な予防策になるはずであり、それ以上に何かを求める(=規制する)必要などがあるとは思えない。
 
 そもそもマスコミや政治家は、本当に事故を防止するために騒いでいるのか?という疑問もある。穿った見方をするまでもなく、自分達の仕事(権益)を増やすためだけに騒いでいるのではないのか?と疑いたくもなる。よく言われているように『消費者庁』というような新たな省庁を創設するための理由付けのためだけに騒いでいるのではないのか?とも考えられる。そんな不謹慎なことを考えてしまいたくなるほどに、マスコミの言論や政府の対応はあまりにも常軌を逸していると言える。
 
 とにかく、偶然に起こった、この痛ましいシンクロニシティー事件(?)によって、多くの人が冷静な判断ができるようになることを願う。なぜ? これ以上、経済を停滞させないために。

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