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世界不況という災いから出現した『希望』

 かつての高度経済成長期では、「公務員の給料は安い」という言葉がよく聞かれたそうだが、現在ではそういった言葉は全く聞かれなくなった。逆に最近、「公務員の給料は高過ぎる」という言葉をよく耳にするようになったと感じるのは私だけではないと思う。
 現在、公務員の平均年収は700万円を超えている。大手上場企業の平均年収が600万円程と言われているので、公務員の年収は上場企業よりも高く設定されていることになる。大部分の国民が勤務している中小の民間企業の平均年収が400万円強だということを考えると、公務員と民間企業では、ほとんど2倍近い収入差があることになる。一体なぜこれほどまでの年収差が生まれたのだろうか?
 
 高度経済成長期の日本企業は年功序列制度によって、毎年、給料が自動的に上がっていく時代だった。年齢が1つ上がると同時に給料も1万円上がるというような調子だと、年収が生涯で2倍にも3倍にも変化することになる。およそ現代の常識では考えられないようなことが、過去の日本では常識と成り得た。このため、民間企業の給料は公務員以上のペースでベースアップしていった。そのために、いつしか「公務員の給料は安い」ということになってしまったのかもしれない。
 
 高度経済成長期が終焉すると、民間企業の給料はほとんど上がらなくなった。かつて2倍にも3倍にもなった給料は、せいぜい1.5倍程度にしか上がらなくなってしまった。しかし、その水面下で公務員の給料だけはマイペースで上がっていった。公務員の世界は、一度、構築されたルール(=給料が上がること)は途中で変更できないという規律のようなものが存在するため、如何に世の中が不景気であっても、どこ吹く風の如く、給料自体も自己増殖していった。そして気が付けば、安いと言われた公務員の給料は、民間企業の2倍近くにも達していた。それがこの数十年で起こった実際の出来事であったのかもしれない。
 
 もともと公務員というものは、国民に対する奉仕者であり、国家の事務員という位置付けの職業でもある。公務員というものは、富を生み出す職業ではなくて、人の役に立つための職業だとも言える。納税というものが正常に為されてこそ存在できる極めて社会的な職業でもある。つまり、民間企業の給料が下がり、国民からの納税額が減少すると、同じように縮小せざるを得ない職業でもあるわけだ。
 このことは、国民の全てが公務員になればどうなるかを考えればよく解る。もし、国民の全てが公務員になったとすると国は滅びる。これは誰にも否定できない厳然たる事実だ。ゆえに、公務員の人員数または収入額は、民間企業の景気の善し悪し、納税額によって変化しなければならない。そういう調整ができる制度が機能していなければならない。その制度は別の言い方をすれば「社会の安定装置」とも言える。
 
 この「社会の安定装置」が正常に機能してこそ、国家の危機や衰退を最小限に抑えることが可能となるが、現代の日本では周知の通り、この安全装置が正常に機能していない。正常に機能していないだけでなく、装置自体が意思を持った怪物の如く、暴走してしまっており、誰もその暴走を止めることができないという事態に陥っている。自分達の生活の糧である民間からの税金収入額を、自分達の失態によって縮小しているという暴挙にも気が付いておらず、それでも恬(てん)として恥じずに高給を貪っている。
 その姿はまさにトマス・ホッブスが説いた「リヴァイアサン」そのものであるとも言える。絶対権力を有した国家を縛るべき憲法も機能せず、絶対権力を有した国家を批判するべきマスコミも機能していない。日本がなぜいつまでも不況から脱することができないのかというと、このリヴァイアサンの暴走を誰にも止めることができないということが大きな理由の一つでもある。そして、憲法やマスコミが正常に機能していないのは、実は国民の大部分が問題意識を持たず、泰平の微睡(まどろ)みの中で惰眠(=平和ボケ)を貪ってきたことに起因している。国が今どういう状態にあるのかということが正しく理解されていないことがその大きな原因でもある。
 
 テレビ番組などで「公務員の給料をカットしろ!」と言うだけでは、一向に問題は解決しない。なぜそうしなければならないのかを多くの国民が理解し、実際に危機感を抱くことにならなければ、いつまで経ってもこのままだろう。そういう意味で、現在の世界不況は、日本国民にとってはチャンスでもある。日本社会の真の姿を理解する大きなチャンスが訪れているということこそが、この不況下で現れた、ただ一つの希望であるのかもしれない。

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