危険な『年越し派遣村』への道

世間では「年越し派遣村」という言葉がすっかり定着した感があるが、その「年越し派遣村」に集った約500人の内の半数以上(受給希望者全員)の人に生活保護が支給されることが決定したらしい。
この問題については、既に賛否両論が交わされているが、否定的な見解が多数を占めているようだ。と言っても、否定しているのは主にネット論者であり、マスコミの大半は相変わらず、肯定的な報道を行っている。
先日、親戚の叔父と会う機会があり、今話題の「派遣切り」について少し話したのだが、そこでその叔父から次のような質問をされた。
「派遣切りされたからといって、住むところもお金もないというのはおかしくないか?」と。
私は少し考えた後、「なるほど」と膝を打った。それはそうだ。如何に派遣労働者の賃金が安い(?)とはいえ、蓄えが全くないということの方がおかしいのではないか? 正社員であれ非正規社員であれ、失業するというリスクを抱えている人間が明日の生活費も蓄えずに生活していることの方が問題ではないか? 派遣社員として働いて得た賃金を全て使用するという刹那的な生活をしてきた人間にも問題があるのではないか?
半年、1年先の職場や生活の目処が立たないというのならまだ理解できるが、派遣切りされたからといって、明日の住む所もお金も無いというのは、自己責任でもあるのではないか?というのがその叔父の言いたかったことなのだろうが、これには私も同感だ。
世の大企業の正社員であっても、社宅に住んでいる人もいれば、賃貸住宅に住んでいる人もいるし、持ち家に住んでいる人もいる。その正社員が会社をクビになった場合、社宅を追い出されるのは当たり前だ。賃貸に住んでいる人であれば、クビになったとしても家賃を支払う蓄えがあれば、家を追い出されることはないし、持ち家の場合もローンを支払う蓄えがあれば家を出る必要もない。
つまり、もしもの場合の貯金をしてこなかったことが、住む所を失う原因であるということだ。食費の心配も同様に、もしもの時の貯金さえしていれば、すぐさま困ることはないわけだ。
そもそも、一体いつから派遣社員には生活する住居がセットで供給されるようになったのだろうか? 派遣社員には住む所を提供しなければならないというような法律でもあるのだろうか? 昔の出稼ぎ労働者であれば、企業から期間限定の社宅や寮のようなものが提供されるようなことがあったと思うが、現在、問題になっている派遣労働者とは、全て出稼ぎ労働者のことなのだろうか?
しかし仮に出稼ぎ労働者であったとしても、給料の全てを家族の元に仕送りしているわけでもないだろう。住む場所を提供されているということは、少なくとも住居費は浮いているわけだから、その分、貯金する余裕ぐらいはあったのではないのだろうか? 酒やタバコやギャンブルもせずに真面目に派遣労働者として生活している人間が、明日の生活費も無いというのはどう考えても合点がいかない。
「年越し派遣村」に集った人間に支給される生活保護費は12万円ということだが、そのお金は元をただせば国民から集めた税金であり、国が錬金術を用いて用意したわけではない。それでも支給するというのであれば、借用書付きで支給するべきだ。新しい職場が見つかり、無事に職に就くことができれば、その生活保護費は自己の責任において返却するべきだろう。無論、返却すべき相手は国ではなく税金を支払った国民にだ。
生活保護というものは本来、本当に働けない人間や障害を持った不自由な人に対してのみ支給すべきものであり、単に仕事が見つからない人や働く気のない人まで対象者に入れてしまうと、その恩恵を利用して生活保護費を手に入れようとする集(たか)りのような輩が大挙として出てくることは想像に難くない。国の社会保障が行き過ぎると、かつての共産主義国家のような「衰退」という名の暗雲が国家を覆うことになる。
「弱者を保護する」という言葉は美しい。逆に「弱者を叱責する」という言葉は醜く聞こえる。
しかし、何度も述べたが、地獄へ至る道は綺麗に舗装されている。「生活保護」という甘い言葉に付いていくと、その先にあるのは奈落でしかない。
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コメント
今晩は。
>蓄えが全くないということの方がおかしいのではないか?
これは私も友人と話していました。
私の会社(特定派遣、多少の説明を書いています。)は技術力が足りないと契約を直ぐに切られます。
ですから、いきなり給料が減ることも充分ありえます。
そんな時のために無駄遣いを減らしていざとなったら故郷に帰って農家でもやれるだけの蓄えは意識しています。
充分食っていけるだけの仕事でもこれですから、明日が分からない仕事で蓄えないなどおかしな話だと思います。
投稿: 松崎 | 2009年1月11日 (日) 22時48分
松崎様
早速のコメント、有り難うございます。
やはりこの国の派遣問題は、政争の具に利用されているのが実態のようです。無論、マスコミがスピーカー役を演じています。
派遣村の労働者達は、労働組合が自分達の味方だと思っているフシがあるようですが、これは全くの曲解です。この誤りに気が付かない限り、派遣論議に終止符が打たれることはないと思います。
投稿: 管理人 | 2009年1月11日 (日) 23時22分
はじめまして、いつも楽しく読ませて頂いています。
派遣社員の今回の問題は、彼らがいきなり路上生活者になったこともそうですが、メーカーばかり叩かれて、ピンハネしていた派遣会社が叩かれないのは甚だ疑問です。
年越し派遣村の人々には(低俗な言葉ですが)「キリギリスは冬死ぬ」という言葉が最も適切な気がしました。
ではでは、失礼しました。
投稿: naruo | 2009年1月12日 (月) 00時37分
naruo様
コメント、有り難うございます。
マスコミは「派遣切りは悪」という空念仏を唱えているだけで、根本的な原因も真の解決策も無視しているように見えます。
アリとキリギリスで言えば、「一生懸命働いてきたアリがいきなり派遣切りされて路上生活を余儀なくされるのは可哀想」というのがマスコミの論理ですが、キリギリス論は完全に無視されています。
心ある政治家が「派遣村にもアリとキリギリスがいる」と言えば、言葉狩りに遭う始末ですから、やれやれ…という感じです。
投稿: 管理人 | 2009年1月12日 (月) 11時12分