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職業選択の有無は自己責任

2009012001  今朝、家を出る前に少しだけテレビ(みのもんたの朝ズバッ!)を観ていると、派遣切りされた労働者についてのニュースが流れていた。なんでも、派遣切りされた労働者達を気遣って慈善募集を行っている企業があるらしいのだが、肝心の派遣切り労働者からの応募がほとんどないというものだった。

 この件で珍しく司会のみのもんた氏と毎日新聞論説委員の与良正男氏の意見が対立していた。「甘い」と言うみの氏の意見に対して、与良氏が「甘いと言ってしまうとこの問題がそれで終わりにされてしまう」と述べていたが、はたして、どちらの言い分がまともと言えるだろうか?
 与良氏はこうも述べていた。「誰もが文化的な生活を営む権利がある」と。要するに「どのような立場にある人間であっても仕事を選ぶ権利はある」と述べているわけだが、はたして本当にそうだろうか?

 例えば、よくドラマなどで、生活費のない貧乏青年が空腹のため食堂の前で倒れ、その店の主人に食事を与えられて助けられるというようなシーンがある。その後、その店の主人は青年に対してこう言う「今後も食事を食べさせてあげるから、代わりに皿洗いをしてくれ」と。
 ドラマのシナリオでは通常、青年が御礼とお詫びの意味も込めて皿洗いの仕事を二つ返事で受け入れることになる。ここでもし青年が「皿洗いなんてやりたくない」「俺にも仕事を選ぶ権利がある」などと言ってしまえばどうなるだろうか?
 まともな神経をした人なら、「なんて恩知らずな図々しい奴だ」と思うだろう。
 しかし、どういうわけか、現実に国から『生活保護』という名の無償の援助(=食事)をもらった人間達に対してはそうは思わないらしい。

 与良氏の言う「誰もが仕事を選択する権利を有している」というのは確かにその通りだ。しかしその権利を得るためにはある条件を満たす必要がある。その条件とは何か? それは、『自ら自活できる』という条件だ。
 権利を求めるのであれば、まず義務を果たさなければならないというのは誰もが認めていることだ。例えば、税金を納めるという義務を果たした人間だけが、国民としての権利を得ることができるのと同じ理屈だ。中には税金を支払っていなくても権利を主張している人間もいるが、それらはあくまでも例外と考えるべきであり、基本は『働かざる者、食うべからず』であるべきだ。

 会社を解雇された時に、次の仕事を探す権利は誰にでもある。その権利を活かして次の仕事を探せばいいのだが、次の仕事が見つかるまでの生活費(経費)が必要になる。その経費を用意できる人間と用意できない人間の違いとは何かというと、『自活する能力』だ。
 不測の事態に陥った時に自らの力で対処できる人間であれば、権利の有無などを論じる必要がない。自活する能力があれば、同時に仕事を選択する権利も有しているわけだ。ところが、自らの責任で自活できない(=生活管理や貯蓄ができない)のであれば、次の仕事を探す余裕が無くなり、選択できる仕事の幅も自ずと縮小されてしまう。つまり、権利が無いのではなく、単に余裕(お金)が無いだけなのだ。そしてその余裕が無いのは、社会や会社の責任ではなく、自分自身の責任でもある。厳しく言ってしまえば、自分自身が自らの権利を縮小してしまっているだけのことなのだ。

 「甘いと言ってしまうとこの問題がそれで終わりにされてしまう」という意見もどこかおかしい。では逆に「甘くない」と言ってしまうとどうなるのか? 「甘くない」と言えば議論に花が咲くというのだろうか? 「甘い」か「甘くない」かを言い争った上で結論を導き出すのが本来のマスコミの姿ではないのか? 初めから「甘いと言ってはいけない」と言うのであれば、その言葉こそが問題をそれで終わりにしてしまう論法とは言えないだろうか? 「甘いと言ってはいけない」という一方的な決め付けに過ぎないのではないだろうか?

 もともと思想統一された感のあるテレビ局の司会者とコメンテーターの意見が対立するというのは珍しいケースだと言える。まさか「甘い」と言ったことで、みの氏が失言の謝罪をするなどということはないと思うが、司会者の口からうっかり本音が出たというのが今朝の番組の見所であったのかもしれない。

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コメント

こんばんは。
職を失って金もない、当然仕事を選んでいる余裕などないのに、なぜか求人に人が集まらない。
確かにふざけた話だとは思いますが、募集している企業を見た感じでは激務で有名なブラックが多かったような気が(気がしただけですが…)。そりゃあ人集まらんわとちょっと思ってしまいました。
仕事がしんどいのはどこでも同じ(のはず)なのに、ネットが発達したお陰で、簡単にそういう情報が入るようになったため、思い切ってそういう企業、業界に飛び込めなくなっているのかもしれないですね。
ではでは、失礼しました。

投稿: naruo | 2009年1月20日 (火) 23時49分

実際、職安が動いても一割しかやって来なかったんですよね。
それは「甘ったれ」の一言で充分ですよ。
合うか合わないかをとりあえずやってみるかと動かないのもおかしな話です。
「文化的な生活を送る権利」と言っていますが、同時に「社会の安定のために頑張って働いて文化的な生活を送る義務がある」と取る事だってできるわけで、権利ばかり主張する人にいい加減うんざりしています。

皿洗いの例えは面白かったです。
私も何処かで使ってみます。

投稿: 松崎 | 2009年1月21日 (水) 20時04分

naruo様

コメント、有り難うございます。

 なるほど、募集しているのは激務で有名な仕事でしたか。
 そういう仕事しかないのであれば気が引けるのも理解できなくはありませんが、このニュースで伝えていたのは応募してくる人がいないというわけではなくて、応募してくる人の中での“派遣切りされた人の割合が少ない”というものでした。
 このニュースでの主役は『派遣切りされた人間』ですが、その中でも日頃、マスコミが騒いでいる『明日の生活費も無い人達』のことを指していると思われます。はたしてそういった今すぐにでも働かなければ生きていけない人達に仕事を選んでいる余裕が有るのか?無いのか?と問われると、私は「無い」と思います。
 無論、一生その仕事を続けなければならないというわけではありません。取り敢えずの生活費を工面する間は仕事を選んでいる場合ではないという意味です。

投稿: 管理人 | 2009年1月21日 (水) 22時15分

松崎様

コメント、有り難うございます。

 今回の『朝ズバッ!』の件は、私だけでなくいろんな方がブログや掲示板を通して意見を述べているみたいです。私が確認した限りでは、ほとんどの方は「みのもんたが正論」「与良氏は甘い」というものでした。しかし案の定と言うべきか、みの氏の発言を問題視する勢力もあるみたいです。やれやれ…と言いたくなりますね。

投稿: 管理人 | 2009年1月21日 (水) 22時16分

みのさんの発言にはしばしば首を傾げる私ですが、今回はみのさんのほうが普通ですね。

派遣村の話にしても、職安の話にしても、職がないわけではなくて、楽にできて稼げる職がないと文句を言ってるだけのように感じてしまいます。

景気がよいときには余裕があるので、楽できる職もありうるのですが、景気が悪くなると本当に価値のある(必要な)仕事に対してしか誰も金払いたくありませんからね。

投稿: 経済ニュースぶつぶつおやじ | 2009年1月23日 (金) 00時06分

経済ニュースぶつぶつおやじ様

コメント、有り難うございます。

 今回のみの氏の発言は「珍しくまともだった」と言っている人が多いようです。

 「恒産なきものは恒心なし」という孟子の言葉もあるように、景気の良い時には贅沢な趣味などにもお金をかける人が大勢いるために、あまり需要の無さそう(と言っては失礼ですが)な仕事も活況を呈することになるということですね。逆に、お金の余裕が無くなれば、需要の高いものしか残らなくなるのは自然の摂理のようなものです。

 贅沢な物と言えば、高級車などがその典型で、景気が悪くなれば、ほとんど誰も高級車を買わなくなります。その結果として自動車会社の売上が減少するため、自ずと自動車工場の工員も減少せざるを得なくなります。
 現在の『派遣切り』の主因は『不況』にあるわけですから、企業を責め立てたところで根本的な解決にはなりません。仮に企業が“正社員と非正規社員の待遇の平準化”を実現できたとしても、不況である限りは残念ながら『労働者切り』自体は無くなりません。
 政治家やマスコミは「派遣切りは悪い」などという空念仏を唱える前に景気を良くする方法でも考えた方が良いと思います。

投稿: 管理人 | 2009年1月23日 (金) 21時40分

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ある方の記事を見てコメントしようと思ったけれど、 長くなりすぎたので、こちらに出す事にしました。 非礼をお詫びします。 観察 応募してくる人が意外に少ないのだそうだ。 生活保護と天秤にかけている人も、中に入るのだろうけれども、 多くの善良な人は...... [続きを読む]

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