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『マンナンライフ事件』(“被害者”と“金の亡者”)

2009030701

 今週、またもや『マンナンライフ問題』が再燃した。なんでも、こんにゃくゼリーを食べて窒息死した被害者の家族がマンナンライフに対して(同時に)2件も訴えを起こしたらしい。
 当ブログでも何回か『マンナンライフ問題』を論じてきたが、こんにゃくゼリーが再販売されるようになったことからも、この事件もようやく収束に向かうのだろうと思っていた矢先に、まさかの再燃となってしまった。

 死亡した被害者は、それぞれ1歳半87歳という、共に極端な低高年齢者ということもあり、ネット言論界では「事故が発生したのは自己責任だ」とする意見が圧倒的に多いようだ。
 私も以前は、被害者の家族に対する同情もあったので、それほど厳しくは批判しなかったのだが、さすがに今回の訴えを聞いて「呆れた」というのが正直なところだ。おそらくマンナンライフの職員達も、建前上はともかくとして、本音では文句を言いたいところだろうと思う。しかし、この国のマスコミには建前論しか通用しないようで、マンナンライフを擁護している人間は全くと言っていいほど、テレビには登場しない。もう少し冷静な大人の意見も報道すればいいと思うのだが、あくまでも人権至上主義を貫きたいようだ。

 確かに被害者の家族の残念な気持ちは痛いほど理解できるのだが、はたして、亡くなった被害者は残された家族が訴えを起こすことを喜ぶのだろうか? 訴えを起こした人間(及び被害者)の名前は公表されていないとはいえ、よくよく考えると、訴えを起こすことは、逆に被害者の名を貶めていることになるのではないだろうか? 故人が草葉の陰から「そんな恥ずかしい真似は止めてくれ」と言っているような気がするのは私だけだろうか? こう言ってはなんだが、私には主客が転倒している(マンナンライフが被害者になってしまっている)ように見える。

 そもそもこの事件には“加害者”なるものが存在したのだろうか? マンナンライフがこんにゃくゼリーを製造することが罪でないのなら、もともと加害者などは存在しなかったはずだ。作ってはいけないもの(麻薬など)を作っていたというのなら加害者だと言えるだろうが、単なる健康食品を製造していた会社がなぜ加害者になってしまったのだろうか? のどに詰まり易い食べ物を製造・販売したから? はたしてそんなことで本当に加害者になってしまうものなのだろうか?

 例えば、フグ料理で毒にあたった場合などは、そのフグ料理を作った人間が加害者だと言えるだろう。なぜなら、食した誰にも被害を免れることはできないからだ。この場合であれば、料理人の過失として訴えることは可能であろうし、誰も文句は言わないだろう。
 では、鯛の刺身料理を食べて、不幸にもその鯛の骨が原因で死亡してしまった場合はどうだろうか? その場合、料理人が骨を残らず取らなかったから悪いと言えるだろうか? 鯛の骨は危険だという認識を持っていれば、普通の人間なら骨に気を付けて食べるだろう。
 ここで質問。あなたは、骨がのどに刺さったからといって、それを料理人のせいにする人を見たことがあるだろうか? おそらくそんな人はいないはずだ。しかし、この事件では、そんな通常では有り得ないことが起こっている。そして、多くの人がそんな異常な光景を観ても、なんら不思議に思わず、感情的なマスコミ報道に同調しているだけという、さらに有り得ない光景を、まともな人間が観ているという有り様だ。

 多くの人が述べているように、1歳や87歳という嚥下(口の中の物を飲み下すこと)する力の弱い人間に対して、“のどに詰まるかもしれない”という危険性を考慮していなかったのは、マンナンライフ側ではなく、実は被害者(の家族)の方だったとも言える。
 こんにゃくゼリーには今回の事件が発生する以前から、注意書きが書かれていた。その文字が小さかったのがいけなかったなどというのは、ただの言い掛かりに過ぎない。読めないほど小さい文字で書かれてあったというなら話は別だが、普通に読める文字で書かれてあったのであれば、それで充分だ。問題は文字の大小ではなく、その注意書きを読まなかった(気にも止めなかった)ことであるからだ。「文字を大きくしなければならない」というのは、突き詰めて考えれば、「この商品は危険だから買うな」と言っているのと同じことだ。商品を販売することが前提の健康食品に「この商品は買うな」などという注意書きを付け加えること自体、経済行為を無視した馬鹿げた対策と言うほかない。そんな注意書きを強調するくらいなら、企業としてはそんな危険な商品は初めから製造しない方が得策であるし、売上が下がるのが目に見えているのだから、販売すること自体がおかしいということになってしまう。
 マンナンライフにとって『こんにゃくゼリー』は主力商品であり、ヒット商品でもあるので、簡単に製造自体を廃止するわけにはいかない。おそらくマンナンライフ側も自分達が被害者だと認識しているだろうから、製造を再開したいと思うのは当然の帰結だ。

 しかし、マンナンライフとしても自社の製品を食べて死亡した人がいることは精神衛生上、あまり気持ちのよいものではないだろう。そして、被害者の家族がどこかに悲しみをぶつけたい気持ちもなかなか収まらないだろう。だからといって、被害者の家族がマンランライフに対して訴えを起こすというのはいただけない。そんなことをしても誰も喜ばない(喜ぶのは司法関係者だけ)し、観ていてあまり気持ちのいいものではない。
 私としては折衷案として、マンナンライフ側から被害者に対して、お詫びの意味も込めた見舞金でも手渡せばよいのではないかと思う。わざわざ裁判沙汰にしなくてもよいと思う。
 被害者が本当に欲しているものがあるとすれば、それは、お金ではなく謝罪であるはずだ。お金(しかも数千万円)でしか和解できないというのであれば、それは被害者の姿というよりは、金の亡者の姿でもあるということを助言しておきたい。少なくとも世間はそういう風にしか見ないだろう。そして『被害者』は『金の亡者』になることを決して喜ばないということも付け加えておこう。

 論理的かつ理性的に考えれば、こんな事件を裁判沙汰にすること自体が間違っていることは誰にでも解る。今回の訴えに対してどのような判決を出すべきかは明白だ。念のため、裁判所にも1つ忠告しておきたい。決して感情的な馬鹿な判決は出さないようにと。

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社会問題」カテゴリの記事

コメント

オツカレ様へ

あなたのトラックバックページに誤ってトラックバックをまとめて送信してしまったようです。誠に申し訳ございませんが、今回のトラックバックは削除してください。この記事を読まれていれば、お手数をおかけしますが、宜しくお願いいたします。

投稿: 管理人 | 2009年3月 7日 (土) 10時11分

 確かに、あなたの意見が正論と思います。 大多数の人たちが「金の亡者」のたわごとと思うだけと確信します。 いいかげんにして欲しいです。 

投稿: | 2009年3月 9日 (月) 00時25分

コメント、有り難うございます。

 もし裁判所が今回の訴えを認めて、マンナンライフ側に賠償金を支払えなどということになってしまいますと、(あまり考えたくもありませんが)賠償金目当てに、敢えて幼児に(または老人に)のどに詰まりそうな商品を食べさせる人間が現れる危険性があります。
 それでなくても幼児虐待などというものが実際にあるわけですから、そういった親にとっては、“幼児を虐待すれば更に賠償金を得ることができる”というトンデモない犯罪システム(保険金詐欺と同じようなもの)が出来上がる可能性があります。

 前例踏襲主義の裁判所は、前例を踏襲するがゆえに発生することになるそういった負の側面も考える必要があると思います。裁判官には感情的にではなく理性的に物事を判断してもらいたいものです。

投稿: 管理人 | 2009年3月 9日 (月) 22時03分

おっしゃることはよく分かるのですが、最近、国策で弁護士を大増員しているのは、こういう状況で紛争解決の一手段として気軽に裁判を起こすという流れを後押ししていくためではないかと思います。ですので、今回の訴訟の是非はともかく、今後はそういう世の中と思って、各企業は自衛するよりないのではないでしょうか。

仮に、訴訟の過程で、現在、報道されていない企業側に不利な事情がでてしまった場合には企業側も多少の和解を飲まざるを得ないなとということもあるかもしれませんし。

投稿: まめしば | 2009年3月11日 (水) 00時52分

まめしば様

コメント、有り難うございます。

 誰が見ても悪どい犯罪のような事件に対して、一般人が気軽(費用的に安価で手続きが簡単)に訴訟できる世の中であれば良いのかもしれませんが、大多数の人間が訴訟することに疑問を抱いているような事件を気軽に訴訟できる世の中というのは問題かもしれません。良い意味での訴訟社会なら良いのですが、悪い意味での訴訟社会なら返って世の中が殺伐としてしまうのではないかと思います。

 私の今回の記事は、ココログニュースにも取り上げていただいたようで、100人以上の方が閲覧してくれたようです。ニュースに対するコメントも20人以上されていましたが、全員、訴訟には反対する側で、訴訟に賛成という人は1人もいませんでした。少なくともこの事件に関しては「訴訟すべきでない事件」というのが民意のようです。無論、そういった民意に被害者が必ずしも従う必要があるわけではありませんが。(民意が必ずしも正しいわけではありませんから)

 今回の記事は、司法全体のことを述べているわけではなくて、あくまでもマンナンライフ事件について述べたものです。国策で弁護士を増員しているということは知りませんでしたが、そのことと今回の事件とは別に考えていただければ幸いです。

投稿: 管理人 | 2009年3月11日 (水) 22時36分

こんばんわ★
今回の事で思うこと…

明らかに金が欲しいだけですね(笑)
むしろ、食べ方なんて自分達で工夫すれば良いんですよ(笑)
まず、ただでさえ大きいサイズの蒟蒻ゼリーを一歳児に食べさせることが間違えですね(笑)
食べさせるにしても、皿に移して砕いてから食べさせるとかすれば良いんですよ(笑)
まず、注意事項もデカく書いてありますし、マンナンライフも工夫を重ねてウィダーみたい形のも出してますし。
どう考えても被害者の人達は自分達の不注意ですよ。自分も小さい頃とか食べてましたが、そんなすぐに詰まるような物でもないですよ(笑)

投稿: 蒟蒻ゼリーうまぁ | 2010年11月18日 (木) 00時08分

蒟蒻ゼリーうまぁ様

コメント、有り難うございます。

 本音では、あなたのように考えている人が大半だろうと思います。
 しかし、原告(被害者)側は案の定、控訴したようで、またまた泥沼化していきそうな雲行きです。

投稿: 管理人 | 2010年11月19日 (金) 23時00分

こんにゃくゼリーにしろ、餅にしろ、食品で喉を詰まらせたら企業の責任ならば、豆腐でもジュースでも詰まること(咽る,噎せる=咳嗽)もある。
自己責任は本人しかないが、管理監督責任をどこかに置き忘れ他人の責任転嫁する日本人が増えてきたのは、子供のころから「自分の非を正当化」するような風潮やイジメ問題でも被害が及ばないように無視する風潮が親の背中や教えがあるのではないのだろうか。

今回の原告敗訴は、食品業界には嬉しい判決であろう。
しかし、食品に対する安全性を見直す良い機会になったのも事実である。

投稿: あきどめ | 2012年3月 5日 (月) 02時03分

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