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現代の「天動説」と「地動説」

 『2020年までの日本の温室効果ガス削減目標』というものがある。これは中期目標に当たるそうだが、政府の検討委員会は次の6つの案を出しているらしい。
(1990年比) 2009051201
 1、4%増
 2、1%増〜5%減
 3、7%減
 4、8〜17%減
 5、15%減
 6、25%減
 
 この6案に対して、日本経団連の御手洗冨士夫会長が「1」を支持すると発表したことで物議を醸しているようだ。京都議定書の目標数値が6%減だということから、斉藤鉄夫環境相は御手洗氏に対し「そんな甘い目標では日本の国際社会における地位を貶めることになり世界の笑い者になる」と批判したらしい。
 
 CO2削減が地球温暖化にどれくらいの影響があるのかは様々な意見が飛び交っているが、未だハッキリとしたことは判らないというのが現状であるらしい。地球温暖化説ではなく、逆に地球寒冷化説を唱える科学者もいるぐらいなので、これは言わば現代の「天動説」と「地動説」のようなものなのかもしれない。

 地動説というものは科学の進歩とともに証明されることになったが、地球温暖化や地球寒冷化というものは科学が進歩したとて証明する術がない。天動説や地動説というものは事実の証明だが、地球温暖化や地球寒冷化というものは未来における自然現象のことなので、予測はできたとしても現時点では誰にも証明することができない予言のようなものであるからだ。こういった確かな答えが無いものというのは、得てして詐欺や騙しが横行しやすい。多くの人々が理解・認識できないものが騙しに利用されるというのは歴史の常でもある。
 
 と言っても(書いても)、私はここで陰謀論の類いを述べるつもりはない。現実的な視点から、『温室効果ガス削減目標』というものを少し考えてみたいと思う。
 
 まず、御手洗氏がなぜ「1」の4%増加を選択したのか?ということを考える必要があると思う。環境先進国と言われる日本という国で、日本経団連の会長という社会的責任のある人物が「1」を支持すれば批判されることになるだろうことは誰にでも想像できると思う。それでも御手洗氏は敢えて「1」を選択した。いや、おそらく選択せざるを得なかったのではないだろうか? なぜ? 「日本経済の発展を見据えれば。」 それが答えではないだろうか?
 
 「CO2削減は善、CO2排出は悪」と述べることは簡単だが、実際に世界経済を舞台に働いている企業人から観れば、そんな発言はただの建前に過ぎないことは言うまでもない。製造業の企業がCO2の削減を至上命題にしてしまうということは、イコール売上減少、利益減少を余儀なくされることを意味している。
 「CO2を削減する」ということは、結局のところ“モノを作るエネルギーを削減する”ことと同義だ。つまり、換言すれば「モノを作るな」ということに他ならない。この不況下でモノを作るなと言われても、企業人としては困ってしまう。海外企業は誰にも文句を言われずにせっせとエネルギーを利用してモノを作っているのに、日本だけがモノを作らない方向に経営をシフトするわけにはいかない。そんなことを本気で行えば日本経済が崩壊しかねない。いくら建前であっても簡単に認めるわけにはいかないというのが御手洗氏の本音ではないかと思う。

 よく、「CO2排出は悪だ」と恥ずかしげもなく言う善人気取りの人がいるが、その言葉を突き詰めると、「人間が為す経済活動は全て悪だ」ということになってしまう。もっと極言すれば、「人間が築いた現文明は全て悪だ」さらに言えば「人間が生きていること自体が悪だ」となってしまう。こんなのはただの暴論でしかないことは誰にでも分かると思うのだが、『CO2削減教』にハマった人々には現実が見えないのかもしれない。彼らは二酸化炭素の無い理想的な世界でも夢に描いているのかもしれないが、残念ながらそんな世界には人間は住むことができない。そんな世界がもしあるとすれば、それは天国ではなく地獄だと考えるべきだろう。
 CO2削減に努めることは「善」なのかもしれないが、現実的には努力し過ぎると返って悪くなってしまうということも考える必要がある。無駄を無くすことは善いことだと思うが、生活に必要な生産自体を縮小してまでCO2を削減しても意味がないと思える。
 人間社会は、生産し消費するというシステムで成り立っており、人間はその中で生活している生き物なのだから、生産も消費もこの世から無くすことは基本的にはできないということを前提に考える(議論する)べきだろう。

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環境問題」カテゴリの記事

コメント

すでに温暖化CO2悪玉説は、気象観測データによって否定されていますよ。
http://icecap.us/images/uploads/CRUMSUCO2.jpg
だから多くの気候学・気象学の専門家は、達成しても無意味なCO2削減目標を掲げる日本政府の対応を、冷ややかに見ていますよ。

投稿: スパイラルドラゴン | 2009年5月14日 (木) 14時42分

スパイラルドラゴン様

コメント、有り難うございます。

 CO2が地球温暖化の主犯でないだろうことは私も知っています。もし仮にCO2が地球温暖化に影響しているとしても、ほとんど意識する必要のない程度のものだということも知っています。
 地球が温暖化するにしても寒冷化するにしても、CO2はほとんど無関係であることは既に多くの人が気が付いていることだと思います。
 結局のところ、現代の科学では真の犯人が分からない(もしかすると、単なる自然現象であって犯人はいないかもしれない)わけですが、そのことをストレートに述べると、「陰謀論だ」とか「トンデモ論だ」とか言う(または思う)人が少なからずいますので、そういった人の目を覚ますためにも敢えて角度を変えて(喩えを用いて)現実的な視点から論じています。
 
 「CO2を削減せよ!」というのはまさに宗教の念仏のようです。宗教は宗教でも悪しき宗教の空念仏と化しています。二酸化炭素が悪だと言うのであれば、酸素を吸って二酸化炭素を吐き出す我々人間はどうなるのでしょうか? 酸素を吸うのは善いことだが、二酸化炭素を吐き出すのは悪いことだということになると、「息をするな」という結論になってしまいます。「二酸化炭素を吐き出す量は最小限にとどめよ」と言ったところでそんなことは不可能なことです。
 
 ただ、こういった一見無意味に思える環境運動も、人々に害をなさないのであれば、必要悪としては許されるという見方もあります。例えば、エコ商品の開発などに莫大な資金が投資され消費活動が活発になると、『嘘から出た実』的に景気が良くなるということは有り得ます。しかし、それはあくまでも「人々に害をなさないこと」が大前提です。現代日本の環境運動に目を転じてみると、既に人々に害をなす状態まで突入しかけているように見えます。環境活動家にはもう少し冷静になってもらいたいものですね。冷静になれないがゆえの環境活動家なのかもしれませんが…。

投稿: 管理人 | 2009年5月14日 (木) 22時26分

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