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“環境の改善”より重要な“景気の改善”

2009061301

 今週、麻生首相から「2005年に比べて15%削減」という言葉が発表された。無論、この数値は政府の無駄を15%削減するということではなく、『2020年までの温室効果ガス削減の中期目標数値』のことだ。これまでは「1990年に比べて7%削減」と言われてきたが、なぜか基準年を2005年にすることで15%までハネ上がってしまった。と言っても、この数値を1990年のままで計算すると8%削減ということになるらしいので、実質1%上乗せされたことになる。
 いきなり目標数値が2倍にもハネ上がったので、イメージ的には「なにやらスゴい目標数値が出た」と思っている人もいるようだが、麻生総理らしい単純な数値トリックと言えそうだ。
 
 温室効果ガス削減については少し前にも記事を書いたばかりだが、現在は「エコ」というものを考えずしては企業経営が成り立たなくなってきている。実質的(科学的)に温室効果ガスを削減することでどれだけの効果があるか判らないにも関わらず、有無を言わさず、企業は環境問題に取り組まなければならない風潮になりつつある。こういった、ある意味で異常とも言える不可思議社会を糾弾している人が大勢いるのは、ごく自然な姿であると思われる。しかし、誤解を恐れずに言えば、私は、たとえ嘘やデタラメであったとしても、「エコ」という幻を追うことを全て否定するつもりはない。(条件付きで認めるという意味)
 
 昨今の日本企業は不況の影響も手伝い明確な目標を持たないためか、『投資』というものを極力控えるようになってしまった。そういった投資減退社会にあっては、無理にでも企業が投資を行うような政策が必要になってくる。必要と言ってもこれは「必要悪」という意味だが、それが『エコ政策』だとも言える。
 「エコ」という目標を実現するためには、企業は投資活動を行い、消費者も消費活動を行わざるを得なくなる。たとえ「エコ」なるものが実体のない空虚なものであったとしても、その目標に向かって、眠っていた企業の『投資』と消費者の『消費』を喚起することができるのであれば、経済活動が活発化し景気が拡大することになるので、結果的には国民の生活水準は上がり幸せを享受することができるようになる。
 
 もちろん、エコ活動に取り組む過程において、マイナスとなる場合もあるだろう。無意味なエコ競争に敗れて職を失うという悲劇に見舞われる人も出てくるかもしれないし、エコ活動を逆手にとった詐欺が横行し、被害を被る人も大勢出てくるかもしれない。しかし、社会全体(マクロ的)として観れば、プラスになる可能性の方がはるかに高いだろう。ちょうどそれは、インターネットの普及(またはデジタル社会の到来)によって、それまでのアナログ的な職業が衰退してしまったことに似ていると言えるかもしれない。確かにIT化によって職を失った人はいるだろうが、それ以上に新しい職を得た人がいるのであれば、それは社会全体として観ればプラスだ。新たな産業が生まれることによって、旧い産業に従事していた人は職を失うことになるかもしれないが、その新たな産業がそれ以上の需要(人)を必要とする巨大な産業に成長するのであれば、それは認めざるを得ない変化だと言える。

 「栄枯盛衰」という言葉もあるように、新しいものが生まれた時には、旧いものは消えていくものであり、それは悲しいながらも受け入れざるを得ない人間社会の現実だ。別の言葉で言えば「諸行無常」とも言う。常に身の周りにあるものは変転していき、人間の心すらも同じ状態を維持し続けることはできない。なぜできないのかと言えば、それは「停滞」を意味するからに他ならない。
 人は進歩・成長することによって喜びを感じるのであり、「停滞」からは決して永続的に喜びを感じることはできない。旧態依然としたものが蔓延り、新しいものが何も生まれない社会というのは、人間そのものの否定を意味する。旧社会主義国家が次々と崩壊していった原因は、理想を掲げつつも、その実、“人間社会の否定を目指した”ことにある。管理されたロボット国家の建造を、理想郷だと誤解したことが原因だ。
 
 内閣府が昨日発表した2009年5月度の消費者態度指数は、前月に比べて3.3%改善したらしい。今のところ5ヶ月連続で改善しているようだが、短期的には定額給付金の影響もあり、「改善した」という発表は当面続くことになるだろう。
 ここでも重要なことは 『消費者心理』だ。消費者の心理をいかに良くするか?ということを政策のメインテーマに持ってくることこそが、景気回復の至上命題でもある。これは要するに消費をいかにして拡大させるかということでもある。
 そういう意味では、かなり強引とはいえ、『エコ』をテーマとした消費拡大策は、成功すれば景気の改善を齎すことになるはずだ。
 しかし、この政策は『嘘から出た実』的な側面が強いため、あまり無茶なことをすると、返って景気が悪化するというリスクを抱えている。『エコ』という幻を追い求めることは結構だが、具体的な数値目標を絶対化して、その数値を実現することのみを目標としてしまっては、元も子も無くなる危険性がある。
 政府が最終的な目標とするべきは、“景気の改善”(目的)であり“環境の改善”(手段)ではない。“景気の改善”を齎してこそ嘘は許される。くれぐれも手段と目的を見誤らないことを願う。

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