スケープゴートにされた『市場原理』
最近は週休3日制を導入している会社があるらしい。実際に私の周りにも期間限定で金曜日を定休日にしている会社が2社ほどある。その理由は、「仕事が減少しているのでそうせざるを得ない」というもので、早い話が、労働時間を短縮して帳尻を合わせるというワークシェアリング的なものらしい。
毎日、仕事(時間)に追われている私などは、「週休3日制」などと聞くと羨ましいとも思えてしまう。しかし週休3日制になった当人にとっては、理由が理由なだけに、あまりノンビリとも構えていられないというのが本音だろうと思う。当然のことながら、給料も減給されているらしいので、尚更ではある。
現代のようにオートメーション化が進んだ社会では、本来であれば週休3日制でも充分に生活できるようになって然るべきだとも思えるのだが、いくら世の中が便利になっても人間の働く時間は変わっていない…と言うより、労働がより過酷になっているようにも感じられる。
仕事が効率化され、社会が便利に住み易くなれば、週休3日制や週休4日制の会社が出てきても不思議ではないはずだが、実際は逆の世の中になってしまっている。不況であるがゆえに週休3日制となり、安堵感ではなく危機感を感じなければならない。これでは何のための近代化なのか分からないとも言える。人々は近代化することによって齎されるべき果実を得ていないということになる。この辺の矛盾の解明は実に奥深く難解なためか、未だ明解な答えを用意できる社会学者は世に出ていない(と思う)。
さて、仕事が減少したことによって齎された負の現象として、『安値競争』というものがある。現代の日本企業は、とにかく仕事を受注して売上につなげようと必死になり、採算が取れない仕事であっても、取り敢えず受注して次に繋げようと躍起になっている。本当に次に繋がればいいのだが、仮に繋がったとしても1度安値で受注してしまった仕事の料金を次から簡単に上げるわけにもいかず、結局は採算ギリギリか赤字受注で仕事をしていかなければならなくなる。安値受注(赤字受注)が災いしてあえなく経営破綻という事態を招いてしまったケースも結構あるのではないかと思う。
よく「市場原理に任せれば最適な値段に落ち着く」と言われることがあるが、これは正しいか?というと、実は正しい。しかしそれには条件がある。その条件を現在の日本企業の安値競争が満たしているかというと、実は満たしていない。そのせいで、安値競争地獄(注意:グローバル化によるデフレとは別の意味でのデフレ地獄)に陥っているとも言える。
では、その条件とは何かというと、それは「自然な市場法則のみに委ねる」という条件だ。現代の企業間の安値競争には、人間の心理というものが非常に大きく絡んでしまっているため、市場法則自体が正しく機能していない。ゆえに市場が歪んでしまっているように見える。その歪みを見て「市場原理は崩壊した」だの「市場は完全ではなかった」というようなトンチンカンな言説をよく見かけるが、こんなのは、「私は市場原理を理解していません」と言っているようなものだ。
『市場原理』というものは、自然の法則のようなものであって、歪むようなことも崩壊するようなことも本来であれば有り得ない。『市場原理』とは『1+1=2』と同じように常に固定された法則でしかない。それが『1+1=1』とか『1+1=3』というような結果になってしまうのは、そこに人間の感情と行動が介在しているためだ。
先の数式を具体的な言葉で表せば次のような言葉に置き換えられるかもしれない。
『1+1=2』・・・市場原理
『1+1=1』・・・ワーキングプア
『1+1=3』・・・ノンワーキングリッチ
例えば、どう努力しても原価が100万円かかる仕事があったとしよう。もし、市場原理が正しく機能していれば、この仕事を100万円以下で受注するような会社は現れない。それが市場原理というものだ。しかし、ここに、とにかく受注最優先で赤字覚悟の90万円で受注するような会社が現れると、市場原理が機能していないことになってしまう。
さて、ここで質問。この場合、市場原理が機能しなくなったのは、市場原理が不完全だったせいだろうか? そしてそのことをもって、市場原理が崩壊したと言えるだろうか?
答えは、どちらもノーであり、別に市場原理のせいでもなければ、市場原理が崩壊したわけでもない。「商売上の下心」という人間の心理が加わったことによって、市場原理が機能しなくなってしまっているだけのことだ。
では逆の場合を考えてみよう。100万円の仕事を200万円で受注するような場合も市場原理からは大きく乖離してしまっている。こういった異常な乖離は、主に独占や談合によって齎されるものだと言えるだろう。そのような暴利を貪るような乖離が発生してしまった原因も市場原理のせいではなく、市場原理が崩壊したからでもない。この場合の原因も、人間のズルい思惑などが働いたためだ。
つまり、市場原理を歪めてしまうのは、いつの場合も人間の心理と行動が原因になっているというわけだ。アメリカの金融危機にしても、市場原理が崩壊したのではなく、単に人間の思惑が行き過ぎたために破綻を招いてしまったというだけの話だ。市場原理が崩壊したのではなく、市場原理によって崩壊してしまったのだ。何が? 人間の生み出した“欲望”という名のバブルが。
そう考えると、市場原理批判というものは、巧妙なスケープゴート論だと言えるのかもしれない。いや、日本ではむしろ、スケープゴートだということに気付きもしないで市場原理批判を行っているオメデタイ人達(評論家やエコノミスト)の方がはるかに多いのかもしれない。
市場原理とは不変の法則のことであり、もし本当に市場原理が崩壊したのであれば、オークションという市場も同時に崩壊することを意味する。では現在、ヤフーなどのオークション市場は崩壊しているか?と言えば、サブプライム問題に関係なく通常通り動いている。市場原理が機能しているがゆえにオークション市場は成り立っているわけで、需要と供給のバランスが一時的に崩れることはあっても、市場原理という法則自体が崩壊するようなことは有り得ない。それは空気のように自然に存在している目に見えない法則でしかないからだ。
世に蔓延る市場原理批判というものを、もう1度、原点に立ち戻って冷静に考えてみよう。そうすれば、それが如何に的外れな妄論であるのかが見えてくるはずだ。
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コメント
こんばんわ。
どの記事も大変わかりやすくて、勉強になります。ありがとうございます。
投稿: sib | 2009年7月 4日 (土) 21時31分
sib様
コメント、有り難うございます。
記事が少し長文で解りづらくなりますと、最後まで読んでくれない人がいるのではないだろうか?という懸念がありましたが、理解してくれている人もいるようで安心しました。
投稿: 管理人 | 2009年7月 4日 (土) 22時38分