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『最低賃金1000円』マニフェストの愚

2009071601 民主党が、総選挙のマニフェスト(選挙公約)として『最低賃金を1000円にする』と発表したことが話題になっている。
 いかにも民主党らしい(労働者受けするような)マニフェストだと言えるが、齎す結果を考えれば、これはトンデモない公約だとも言える。今の日本の経済状況で本当に『最低時給1000円』などを実施するとトンデモない事態を招くことは必至であり、ほとんど狂気の沙汰に近いと思える。
 実現不可能なことを理解した上で虚偽の公約を発表しているだけ(=選挙戦略)ならよい(?)のだが、もし本当に実現することを前提に考えているのだとすれば、これは極めて危険なマニフェストだと言える。なぜそう思えるのかを、以下に示そう。

 まず、現在の最低時給だが、新聞の求人広告などを見ても分かる通り、700円台というのが一般的だ。800円や900円という求人広告もよく見かけるが、実際の統計では最低時給の全国平均は700円程度であるらしい。
 これが1000円になるということは、1000÷700で約1.4倍ということになる。比率で考えれば、月給20万円の人の給料が、いきなり28万円に昇給するのと同じことになる。確かに給料がいきなり1.4倍にもなれば、労働者の気持ちとしては嬉しいだろう。しかし、仕事の質も量も不変のままで給料だけを1.4倍にできるのか?というと、これは企業側から見れば極めて難しいと言わざるを得ない。
 本来、時給を1000円支払っても充分に利益が出るのに、労働者から搾取する目的のために敢えて700円まで下げているような会社や、べらぼうに高い給料をもらっているノンワーキングリッチ的な社員が大勢おり、その給料を下げるというなら話は別だが、今の日本にそのような会社がそうそう有るとは思えない。絶対的な仕事量が減少しているのだから、逆に時給を600円、500円に下げたいというような会社もあるはずだ。

 例えば、時給800円の人が10人いて、8時間で10000個の電機部品を組み立てている会社があった場合、1人あたり1時間に125個の電機部品を組み立てていることになる。この状態で時給を1.4倍に上げるとなれば、企業側が採るべき手段は基本的に次の2通りしかない。

 A、1時間あたりの組み立て個数を増加させる。
 
 この場合、1時間で(125×1.4=)175個の製品を組み立てなければいけないということになる。1.4倍のスピードで組み立てることができる人はよいとしても、できない人は“仕事にならない”という理由で解雇になる可能性がある。
 
 しかし、Aはあくまでも1日に14000個(10000個×1.4倍)の製品を生産するだけの需要があればの話であり、1日の総仕事量が10000個しかない場合は、次のBを選択することになる。

 B、10000個を組み立てる人数だけで仕事を行う
   (1.4倍で仕事をすれば3人は不要になる)
 
 つまり、AであれBであれ、仕事が遅い人員(または余剰人員)は解雇されるということになる。
 そう考えると、民主党の最低賃金マニフェストは“弱者に優しいマニフェスト”ではなくて、“弱者に厳しいマニフェスト”であることは誰にでも解ると思う。
 
 「いや、そんなことはない、最低賃金が1000円になれば皆ハッピーになれるはずだ!」と憤る人がいるかもしれないが、そんな理屈が罷り通る社会があるとすれば、それは公務員の世界だけだろう。こんな非現実的なマニフェストの実現を本気で信じている人がいるとすれば、それは需要と供給のバランスや仕事の合理化などは考えたこともない人間ということになる。民間企業に勤めている人であれば、こんなことは考えるまでもない常識であって、今の時代、給料が無条件に1.4倍に跳ね上がるなどということはまず有り得ないと考えるべきだ。

 「では最低賃金が700円のままでハッピーになれるのか!?」と言う人がいるかもしれないが、『最低賃金』というものにあまりこだわり過ぎると本質を見失うことになる。
 最低賃金を上げるよりも、むしろ、物価を下げるというマニフェストにした方がはるかに現実味があると思う。1000円でしか買えないものを700円に下げるという逆転の発想こそが必要だろう。
 賃金が安いか高いかは決して金額の高低によって決まるものではない。賃金と物価のバランスによって決まるものだ。今まで500円でしか買えなかった商品が、100円ショップで買えるようになったことは、部分的に給料が5倍に上がったということを意味している。たとえ時給が700円であっても、その700円で買えるものが増えれば、問題はないわけだ。

 例えば、住宅や自動車、食料品、光熱費などが、現在の半額にでもなれば、月給が10万円でも月給20万円と同じ生活ができる。逆に、最低賃金を1000円に上げても、物価が今の2倍になれば、全く無意味だ。重要なことはお金の高低ではなく、お金の交換価値の高低だ。賃金の高い低いという認識は、物価の高低によって決まるという事実にこそ目を向けなければならない。国民にとっての良いマニフェストとは単に賃金を上げることではなく、生活水準を上げることなのである。
 単に最低賃金を上げたからといって手放しに喜べる労働環境が現出するわけではない。むしろ、労働環境は悪化するかもしれないという疑問をこそ考えるべきだ。労働条件というものも、思考を停止したままでは決して改善しないということも併せて考える必要があるだろう。

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コメント

工夫されて、良いものが安く供給される。(海外の効果も大きい?)効率も良いから労働も短時間ですむ。
良い時代のはずなんですが、なぜか符に落ちない。

最低賃金を上げる?
物価を下げる?
最高賃金を下げる?

それよりも仕事がない。
資源は有限だけど、お金は成長する?

投稿: sib | 2009年7月17日 (金) 17時28分

sib様

コメント、有り難うございます。

 仕事がない(=需要がない)という状態を改善する(=需要を増やす)ためには、新しい産業が生まれる必要があります。
 その場合、政府が音頭をとっても失敗する可能性が高いので、民間に任せる方が無難だと思います。しかし残念ながら、この国では新たな産業を起こす人物が現れたしても、“旧態産業を守る”という別の力が加わるためか、どうしても起業家精神が萎縮してしまいがちです。
 “起業するリスク”よりも、“既得権益者を敵に回す”というリスクの方が高いという閉鎖的な社会が景気の回復を阻んでいるわけです。

 資源は有限であり、お金は成長しないとなると、結論的には「慎ましく生きろ」ということになるのかもしれませんが、新産業を開拓して“パイを増やす”という発想は必要だと思います。

投稿: 管理人 | 2009年7月18日 (土) 12時11分

この場合の最低賃金は1日五時間程度のパートの意味合いなんでしょうけどね。月20万円を28万円にするのと、7万円を9万円にするのとでは比率は同じでも意味合いが大きく異なるでしょう。

ハイブリッド車が売れ、第三のビールが売れる。
生産のシフトは例えばそんなところからでしょうか。

投稿: sib | 2009年7月19日 (日) 01時03分

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