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3野党共通公約の大いなる矛盾

2009081501 8月14日、民主党、社民党、国民新党の3野党が共通公約を発表した。
 『郵政事業の4分社化見直し』と『消費税の現行税率据え置き』がメイン政策らしく、前回衆院選の小泉政策については、「市場原理・競争至上主義の経済政策は、国民生活、地域経済を破壊し、雇用不安を増大させ、社会保障・教育のセーフティーネットを瓦解させた」と批判したらしい。
 
 今頃になって、「小泉構造改革は間違いだった」と言いたいようだが、残念ながら、その認識は間違っている。私も現在の自民党を擁護するつもりはないが、こういった野党側のデタラメぶりに比べれば、まだマシと言わざるを得ない。
 基本的に野党側の政策というのは、バラマキ肯定の社会主義政策であることに変わりはないので、極めて危険な政策だと言える。消費税も「即刻上げる」などと言えば選挙で勝てないので、取り敢えず「据え置く」と言っているだけだろう。
 
 「小泉総理が構造改革を行ったので格差が拡大した」などということを本気で言っているのだとすれば、これはもう馬鹿と言うほかない。小泉総理が構造改革を唱えていたことは事実だが、実際のところは構造改革などは行われていないからだ。小泉総理が悪いという批判が成り立つとすれば、それは、構造改革を行ったからではなく、むしろ構造改革を行うことができなかったということに対する批判でなければならない。要するに、構造改革があまりにも中途半端なものであったがために、問題が発生した(注意:格差の拡大のことではない)というだけのことなのだ。
 
 格差の拡大問題にしても、小泉総理の政策云々はほとんど関係がない。「規制緩和したから格差が拡大した」などという理屈はどう考えても辻褄が合わない。これも逆に「規制緩和できなかった(中途半端な規制緩和だった)から格差が拡大した」と言う方が正しい認識だと思う。
 国内で格差が拡大した原因は、よく言われているように、年功序列制度が崩壊し、若者世代がその序列制度の枠から外れてしまったからに他ならない。年功序列制度に守られた既得権益者達と、年功序列制度を無理矢理に維持するために利用される若者世代との格差が表面化してしまったというだけのことだ。
 格差にも2種類の格差があって、肯定するべき格差と否定するべき格差があると思われるが、年功序列制度を基にした格差というものは否定されるべき格差だろう。
 これに対し、個人の能力や努力によって生まれた格差は肯定するべきであって、なんでもかんでも格差は悪などというのは間違っている。
 
 そもそも格差が拡大したと言っても、国外に視点を置けば、今でも日本ほど格差のない国は無いと言われている。そして、多くの途上国から観れば、日本は貧乏国家ではなく、金持ち国家だと思われている。国民の現預金が1500兆円(国民1人あたり1500万円)以上もある国民がどうして貧乏なのか?というのが、海外から観た日本の姿だ。しかし、その金持ち国の政治家達は、「格差の是正を!」「平等社会の実現を!」などと絶叫しているのだから、海外の人々から観れば、空いた口が塞がらないというのが正直なところだろう。
 おかしなことに、「格差の是正を!」などと叫んでいる人々の口からは、格差の元凶である「年功序列制度」という言葉は出てこない。本当に格差の是正に興味があるのであれば、最終的に行き着く答えは「年功序列制度」であると思われるのだが、なぜか、正しい答えを直視しようとせず、「構造改革」という言葉に責任転嫁しようとする。
  
 まず「構造改革」という言葉をよく考えてみよう。その「構造」とは何を意味しているのか? これをハッキリと明確化しないことには、構造改革の何が良くて何が悪いのかが判らないはずだ。実際に多くの国民は、このことを理解していないのだろうと思う。理解していないにも関わらず、「構造改革」という言葉を聞けば条件反射的に《=小泉総理》と連想してしまってはいないだろうか? これはある意味で洗脳状態に置かれていると言えなくもないが、自己の責任と考えれば、ただ思考停止状態に陥っているに過ぎない。
 「構造改革」の「構造」とは、旧態依然とした日本の社会システム(官僚システム)のことであり、「改革」というのは無論、そのシステムを変えるということだ。
 現在言われている「官僚政治からの脱却」というのは、その1つに過ぎない。民主党やみんなの党などが言っている「官僚政治からの脱却」というのは、構造改革の中の1つに過ぎず、本当の構造改革というものは、その程度のものでは済まない。
 日本の社会システムの全てを1から改革(むしろ0から創造)することこそが、本当の構造改革であると考えれば、小泉総理が構造改革を行ったかどうかは考えるまでもないだろう。答えは無論、「できなかった」のである。つまり、構造改革が悪かったのではなく、構造改革を実現できなかったことが悪かったのである。小泉総理の能力が足りなかった(または構造改革を理解していなかった)のか、それとも邪魔する勢力が多過ぎたのか、その真相は解らない。しかし今回の共通公約を出した3野党が構造改革を行う気があるのかどうかは考えるまでもない。

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コメント

構造改革の構造は社会システムであるの主旨の
発言ですが、その古い社会システムというのは
具体的に何のことを差しているんですか?
年功序列ですか?終身雇用ですか?それとも
原価会計制度のことですか?
抽象的過ぎて私にはよくわかりません。未だに構造改革が進んでないから不況なんて言葉を聞くとは思いませんでした。竹中平蔵と池田信夫くらいしか言ってませんよ、そんなこと。構造改革は改革でもなんでもなく、
単に年次改革要望書どうり日本をアメリカ
に都合の良いようにしただけです。時価会計制度などその最たるものだと思いますが?

投稿: 人見広雪 | 2009年9月 1日 (火) 05時29分

人見広雪様

 コメント、有り難うございます。

>構造改革の構造は社会システムであるの主旨の
>発言ですが、その古い社会システムというのは
>具体的に何のことを差しているんですか?
>年功序列ですか?終身雇用ですか?それとも
>原価会計制度のことですか?

 「構造改革」という言葉の意味は、その言葉自体があまりにも抽象的であるがゆえに、その言葉をどう受け取るかによって異なってくると思います。
 私が述べているのは、文中にも書いた通り「官僚システム」のことです。もっと一般的に言えば「社会主義システム」のことです。無論、その中には「年功序列制度」も「終身雇用制度」も含まれていますが、単に「年功序列制度」や「終身雇用制度」が悪いというわけではありません。
 時代的背景によって運用不可能になってしまった制度を無理に運用することによって、いろんな弊害が発生するということが解っていながら、そのようなシステムを維持し続けなければならない社会が問題だと言っているわけです。そのような不合理な制度を維持し続けることで、結果的に不公平な悪平等社会になっていることは誰の目にも明らかでしょう。
 時代にそぐわない制度を自由に、かつ抜本的に変更することができないというのは、社会主義であるがゆえの弊害です。

>抽象的過ぎて私にはよくわかりません。未だに構造改革が進んでないから不況なんて言葉を聞くとは思いませんでした。

 逆に、小泉構造改革を行わなければ不況にならなかったというのであれば、その理屈は私には理解できません。構造改革ではなく、構造改悪だったという意味で不況を招いたということならまだ理解できますが。
 少し話がややこしくなりますが、私は小泉元総理の行なった構造改革の有無で景気が左右されると論じているのではなくて、より大きな真の構造改革を行なうことができれば、不況から脱することができる可能性があるという前提から述べています。つまり、私の言いたかった主旨は、小泉元総理が行なった構造改革の結果がどうであれ、現在の日本の不況とはほとんど関係がないということです。念のためにお断りしておきますが、「関係がない」というのは、あくまでもマクロ的な話であり、ミクロ的に観れば不況になった業種はあります。

 この記事では少々、小泉元総理を持ち上げる形にしましたので反感を持たれたのかもしれませんが、私の述べている構造改革というのは、小泉元総理の行なったとされる構造改革とは別の次元の話です。だから、あなたの認識されている構造改革と私が認識している構造改革も、同じものではないと思います。

 「構造改革」という言葉が抽象的であるがゆえに、世間には様々な誤解や対立が存在していますが、今回の場合も、まさしく同じ理由によって生まれた誤解(見解の相違)ということでご理解願います。あしからず。

投稿: 管理人 | 2009年9月 1日 (火) 22時20分

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