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『お金と結婚と少子化』の因果関係

2009082501 麻生総理がまた『問題発言をした』ということが話題になっている。ある学生集会で、学生から少子化問題に関した質問があったらしく、以下のように答えたらしい。
 
学生「若者に結婚資金がなく、結婚の遅れが少子化につながっているのではないか?」
麻生「そりゃ金がねえなら結婚しない方がいい。うかつにそんなことはしない方がいい。

 この麻生氏の意見に対しては毎度のことながら、野党側からは批判のオンパレード、与党側からは釈明が行われたそうだ。しかし、この発言のどこが問題発言なのか、私には解らない。
 「お金が無ければ結婚しない方が良い」と言うことがなぜいけないのだろうか? この発言の後に「お金ができてから結婚した方が良い」と付け加えれば何の問題も無いと思えるのだが、言葉足らずであったことがいけなかったとでも言うのだろうか?

 確かに、現代の日本ではお金が無くても結婚はできるし、お金が無ければ結婚してはいけないという決まり事もない。どんな経済環境であれ、男女の合意の元で行う結婚は自由だし、経済的な事情で結婚を縛る規制もなければ法律もない。しかし、常識的には、ある程度のまとまったお金が無ければ、まともな結婚生活は営めないと考えるのが普通だろう。
 少しでも経済観念を有した人間であれば、結婚する前に、ある程度のお金は蓄えるものだろう。「貯金など無くても、いくらでもお金を稼げる」というようなズバ抜けた能力が有る人は別として、一般的な人であれば、今の時代、お金も無いのに結婚するなどというリスクはなるべく避けたいというのが正直なところだろう。その証拠に、「貯金の無い人や安定した収入の無い人とは結婚したくない」という女性は大勢いる。「愛があればお金なんていらない」という理想論を述べるのは個人の自由だが、大抵の人は“愛”だけでなく“現実”も見て結婚を考えるものだ。

 それに「お金が無いなら結婚しない方が良い」というのは、“比較論”であって“断定論”ではない。麻生氏は「貧乏人は結婚などするな!」と断言しているわけではなく、「結婚はお金を貯めてから行った方が良い」というごく当たり前のことを言いたかっただけだろう。これはむしろ常識的な意見であって、こんな意見に対して批判している人間の頭の方がどうかしているとも言える。

 想像するに、こういった批判は《麻生総理は麻生財閥の御曹子だから》という歪んだ先入観から生まれた邪推ではないかと思う。《お金持ちが貧乏人に対して見下した意見を言っている》という捻くれた思い込みが齎したものだとも考えられる。確かに麻生氏にはそういったところ(=庶民を見下すようなところ)が無いとは言えないが、今回の意見だけで判断するなら、特に問題視するような発言とは思えない。

 では、学生からの質問に対して、麻生氏が以下のように答えていればどうなっていただろうか?
 
(例)麻生「金なんて無くても結婚すればいい。いちいち金のことなんて考えない方がいい。

 おそらく、この場合でも、こんな批判が出ていたはずだ。「お金の心配がない麻生総理だから、そんな無責任なことが言えるのだ」「現代の深刻な若者の労働事情も考えずになんて言い草だ」と。
 つまり、余程、当たり障りのない無難な答えを用意できなければ、どちらに転んでも批判の的になっていたというわけだ。当たり障りのない無難な答えを用意するのは、口の達者な野党政治家達の十八番(オハコ)でもあるが、学生達もそんな建前を聞くために学生集会を催しているわけでもないだろう。

 無難な答えをここで言っても始まらないので、本音でこの質問に答えてみよう。
 
 まず、「若者に結婚資金が無い」というのは、全ての若者に当てはまるわけではない。《結婚するには結婚資金がいる》と思っているのであれば、その資金を貯めるように努力すれば(=働けば)いい。
 「結婚資金が無いから結婚するのが遅れて少子化につながっているのではないか?」というのも、一部の人間しか該当しないだろう。現在ただいまの資金が多かろうが少なかろうが、ほとんど関係がないと思う。重要なのは、現在の収入や貯金の額ではなく、将来的に得ることができるだろう収入の予想額の方だ。抽象的に言い換えれば、先行きに対する“希望”の有無だ。
 頭の良い若者ほど、そういった希望が見えないことに早く気がついてしまう。今の社会が何の変革もなくこのままダラダラと進めば、未来には希望が無いということに潜在的に気が付いているがために、結婚できない(正確に言えば“結婚しようと思わない”)社会になってしまっているわけだ。言わば、現代の少子化現象というのは、人間の本能が無意識的に機能した結果だとも言える。動物と同じように人間にも、未来を感じる予知能力のようなものが少なからずあり、本能的に《結婚すれば苦労する》という漠然とした不安感を抱いているためだろう。その不安感の正体を暴かないことには現在の少子化現象が止まることは無いだろう。

 要するに、“希望”というものを国民に見せることのできる政治家の出現が望まれるわけだ。政治家のちょっとした言葉尻を捉えて、政争の具に利用することしかできない政治家などは、これからの時代にお呼びではないのだ。なぜかって? そんな政治家が何万人出たところで、日本社会も日本経済も決して良くはならず、悪くなるだけだからだ。

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