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情報の賞味期限と思考停止病の蔓延

2009102901 毎年、この時期になると「インフルエンザ」という言葉を嫌でも耳にするようになる。今年は例外的に「新型」という言葉が先に定着してしまったので、その影に隠れた形になってはいるが、それでも毎年恒例の季節がやってきた。無論、「インフルエンザ・ワクチン接種」の季節である。

 一応、経過報告を述べておくと、1年前、当ブログに『インフルエンザ・ワクチンは打たないで!』という本の紹介記事を書かせてもらった。その本を読んでからの私はインフルエンザワクチンを注射していない。もちろん、ワクチン無しでもインフルエンザとは無縁の生活を送っている。わずか1000円の本で、この先、数十年間ワクチンを注射する必要が無くなったと思えば、経済的にも合理的であり、実のある読書投資になったと思っている。
 「インフルエンザワクチンは打たないで」というキーワードから、当ブログに訪問された人もこの1年間で数百人はいるだろうと思う。少なくともそのうちの数人は当ブログ経由でアマゾンで実際に本を買われたようなので、少しは私が書いた記事も世間のお役に立っている(?)のかもしれない。

 日本の大手新聞やテレビを観ていても、インフルエンザワクチンを打つことを勧める記事は見かけるが、打たないことを勧める記事は見たことも聞いたこともない。(インターネットには多数ある)
 何事にも対立するべき反対意見があると思うのだが、新聞やテレビでは完全に片方の意見に統一されてしまっている。この辺を見ても、マスコミというものがいかに閉鎖的な集団であるかが窺える。“異論は一切シャットアウト”という姿勢は、もはや報道機関としての体をなしていないと言っても過言ではないだろう。これだけ情報がオープン化された時代にこのような閉鎖的な報道姿勢を貫いていては、一般の顧客が離れていくのも止むを得ないだろうと思う。
 
 幸か不幸か、世界不況と同時に客離れが発生したので、日本のマスメディア関係者は景気が改善すれば客も戻ると考えているのかもしれないが、おそらく客が元に戻ることは無いだろう。なぜなら、客離れを起こしている最大の原因は“不況”ではないからだ。三橋氏の本にも書かれていたが、“時代のニーズに応えることができない”ということが最大の理由であるからだ。早い話、情報が生きていないのである。言い換えれば、ジャーナリズムが仮死状態に置かれているわけだ。
 「ジャーナリズム崩壊」という言葉(も本)もあるように、情報が死んでしまえば、誰もその情報には見向きもしなくなる。今までは情報の賞味期限というものが曖昧であったので運良く客数を維持することができたが、インターネットの影響で現代の一般人は情報に目敏くなり、情報の賞味期限を見分ける目を持つに至った。そんな状況下で賞味期限の切れた情報を押し売りの如く販売すればどうなるか? 誰も興味を示さなくなっていくだろうことは容易に想像できる。
 
 “賞味期限”に過剰なまで敏感(?)なマスコミであるならば、食料品ではなく、自らが取り扱っている“情報”の賞味期限にこそ着目するべきだろう。物体ではない目に見えない情報の賞味期限が問われる時代がやって来たということを知らなければならない。
 数年前、ホリエモンがニッポン放送を買収しようとした時に、テレビとインターネットの融合を説いていたことがあったが、(その実現性はともかくとしても)あの時にマスメディアは素直にホリエモンの言葉に耳を傾けるべきだったと思えるのは私だけではないと思う。

 話をインフルエンザに戻そう。現在は、小学校や中学校で学級閉鎖(休講)が増加しているとのことだが、会社そのものが閉鎖されているというような話はあまり聞かない。サラリーマンがインフルエンザで集団自宅待機などという話も聞かないし、民間よりも過保護(?)な公務員ですら役所閉鎖していないところを見ても、健常者である大人がそれほど大騒ぎするような病気とも思えない。
 ではなぜ、小・中学生がインフルエンザに感染しやすいのかと言えば、幼児や子供には未だ様々な病気に対する免疫ができていないし、病原菌に対する抵抗力も付いていないからだ。「老人にもインフルエンザ感染者が多いのではないか?」という意見もあるかもしれないが、それも、老化によって免疫力が落ちているという単純な理由で説明がつく。
 
 念のためにお断りしておくと、私は、『インフルエンザ・ワクチンは打たないで!』という本を読むことをオススメしてはいるが、「インフルエンザ・ワクチンは打つな」と言う気はない。もちろん私個人は「打たない方が良い」と判断したから打っていないわけだが、それを決めるのは、あくまでも自己判断であり自己責任だ。一応、インフルエンザも命に関わることもある病気であるので、他人に「打て」とも「打つな」とも強制することはできない。ただ、お上やマスコミが垂れ流す情報をそのまま鵜呑みにするのではなく、何が良くて何が悪いのか、または何が正しくて何が間違っているのかということを自分自身の頭で判断し、行動することだけは強くオススメする。

 しかし、その判断基準となる情報はテレビや新聞からは残念ながら得ることができない。判断するべき基準が無い(=一方的な意見しか書かれていない)のだから、どう転んでも「打つ」という判断にしかならない。「打つ」ことを前提とした情報しか入ってこないのだから、余程、疑り深い人間か、直感の優れた人間でない限り、「打つ」という判断にならざると得ないだろう。
 
 常識ある大人として大事なことは、必要以上にインフルエンザを恐れることではなくて、恐れる前に正しいインフルエンザの知識を身に付けることを考えることだ。そして、子供として大事なことは、感染することを過剰に恐れることではなく、感染しても耐えるだけの健康な身体を作ることに努めることだ。大人も子供も、他人から一方的に与えられた情報に右往左往するのではなく、冷静に物事の本質を考えて行動することこそが様々な病と付き合っていく上で最も重要なことだと思う。
 
 つまるところ、マスコミが異論を排除(シャットアウト)してきたことは、国民の思考停止病の蔓延にも一役かってきたわけだ。我々が本当に危惧すべきはインフルエンザの蔓延ではなく、むしろ思考停止病の蔓延であるのかもしれない。

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