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『時効廃止』の経済学

2010030101 時効制度の廃止についての論議が活溌化している。法制審議会が時効制度廃止の見直し案を千葉景子法相に答申したことが事の発端だが、その報道によると、殺人犯についての時効は無くなり、それ以外の犯罪の場合も概ね時効になるまでの期間が2倍に引き延ばされる見通しだ。
 
 まず初めに言っておくべきことは、殺人に時効などは本来あってはならない…と言うよりも、殺人を犯した罪は15年どころか一生消えないということだ。こんなことは誰もが解っていることであり、殺人の罪が15年で消えるというような時効制度を今まで疑問に思わなかった人などはいないと思う。もし仮に「殺人に時効は有るべきか?」というアンケートを実施すれば、おそらく大部分の人が「ノー」と答えるはずだ。
 では、なぜ時効制度なるものがこれまで許容されてきたのだろうか? この部分にスポットライトを当てない限り、時効廃止論議の本質を捉えることはできないと思う。その本質とは、実は経済的な事情だ。
 
 殺人犯を一刻も早く捕まえて欲しいという願いは、被害者の立場で考えれば当然のことであり、15年間かけて逮捕できなかったとしても捜査を継続して欲しいと願うのは当然の被害者心理だ。しかし、捜査自体には費用がかかる。例えば、ある殺人事件の犯人のみを1人の刑事が15年間追い続けると単純に考えた場合、その刑事の15年分の給料と必要経費がかかることになる。普通に考えても、その費用は1億円以上となるだろう。その費用はどこから出るのかというと、無論、国民の税金だ。時効までの期間が2倍になれば、税金も2倍になる。時効期間というものは、犯人が逮捕されるまでのタイムリミットというだけでなく、実は刑事が捜査できるタイムリミットでもあるわけだ。
 
 殺人犯を捜査して捕まえることは治安を維持するためにも必要なことであることは言うまでもないが、ほとんど証拠も出てこないような難事件の殺人犯を探し続けることは、雲を掴むような話であり、延々と捜査を続けても無駄になる可能性も否定できない。
 「15年間という縛りが無ければ、捜査が遅々として進展しない可能性がある」との意見もあるようだが、これは別の見方をすれば、捜査の怠慢だけでなく、腐敗の温床となる可能性も否定できないということである。あまり考えたくない話ではあるが、時効の延長や廃止というものを悪用して、ろくな捜査もせずにサボタージュする税金泥棒のような刑事も出てくる可能性があるということだ。
 
 警察という組織も、犯罪があって初めて仕事が生まれるわけで、犯罪が減少すれば、人員も削減しなければならない。しかし、一度、増員した警官の数は、その他の公務員同様、なかなか減らすことはできない。と考えると、時効延長というものは、仕事の無い刑事の仕事を作るための手段とも考えられる。あるいは、警官(公務員)を増員させる理由付けとも成り得る。こういう穿った考えはしたくないが、真面目に税金を支払っている人間には、時としてそういった視点も必要だと思う。時効の延長論を擁護するのであれば、その人物は捜査にかかる費用も税金として上乗せして支払うことにも留意する必要がある。それができずに感情論だけで時効の延長を求めているのであれば、その人物は紛れもない偽善者だと言えるだろう。“捜査にはお金がかかる”、そのお金を支払う覚悟のない人間が、安易に「時効の延長を!」などと述べるべきではないのである。
 「殺人犯が出たのは、国民全ての責任だ。ゆえに国民全員で捜査費用を支払う必要がある」などという国粋社会主義者(?)は論外として、1円も税金を支払っていないような人や、増税反対を訴えているような人が「時効の延長を!」などと言う資格は無いのである。“納税拒否”と“時効延長”をどちらも要求する行為は明らかな自己矛盾を抱えているからだ。
 
 しかし、この税収が落ち込んでいる時期に、なにゆえに時効の廃止や延長などという話が突然浮かび上がってきたのかは実に不可思議だ。税収が落ちているのに、時効期間を延長するというのは、常識的に考えて筋が通らない。
 「冤罪を無くすために時効制度を無くす」という意見もあるようだが、これもおかしい。時効期間を引き延ばしたところで冤罪の減少とはほとんど何の関係もない。《一刻も早く犯人を逮捕して功績をあげなければならない》という考えが冤罪を生む原因だとしても、延々と捜査を続けることが冤罪防止に役立つとは思えない。仮に15年間という縛りが冤罪を生む原因だと言うのなら、それは警察側の問題であり、ただの責任転嫁(言い訳)でしかない。
 
 少々、誤解されそうなことを書いてしまったかもしれないので一応、弁解しておくと、私も基本的には時効廃止には賛成の立場である。しかし、それには条件がある。それは先に述べた捜査資金の問題をクリアすることと、警察の捜査の進捗状況などをある程度は透明化するという条件だ。キチンとした捜査が行われているという証拠を被害者の家族だけでなく、税金を納めている一般国民にも開示する必要があるということだ。そういったことは現時点でも、被害者の家族にはある程度は行われているのかもしれないが、時効制度を廃止する(=税金がアップする)というのであれば、今まで以上に捜査状況というものをオープンにする必要があると思う。
 「オープンにすると捜査に支障をきたす」などという詭弁が聞こえてきそうだが、そんな都合のよい言い訳は通用しない。如何に警察といえども、国民の税金で仕事を行っていることに違いはないため、公僕としての責任を果たす義務がある。それができるのであれば、時効の廃止や延長は大いに結構、存分に犯人探しに精を出してもらえばよいと思う。例えば、「自分の退職金を減額してでも捜査を続けたい」と言う熱血刑事がいるのであれば、それも大いに結構だ。テレビドラマに出てくるような正義漢の熱血刑事が現実にもいることを期待したい。

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社会問題」カテゴリの記事

コメント

とてもクオリティの高い内容ゆえよく読まさせていただいております。
今月、KKベストセラーズから発売された「日本経済ひとり負け!」(著者は元内閣参事官、竹中平蔵氏の知恵袋だった人)の本ですが、貴殿様の論考に参考になると思います。ちなみに内容は、

●民主党政権は官僚依存体質。3年後には大増税に突き進む!
●“デフレ好き”な日銀がしっかり量的緩和をしないのが不況の原因
●日銀に行きすぎた“独立性”がある限り、デフレ脱却はムリ
●需給ギャップを確実に埋める政策を打てば景気はすぐに回復する
●国による産業政策はもはや経済成長に意味のない過去の遺物
●事業仕分けは仕組まれた“公開処刑”という見世物にすぎない
●所得を捕捉すれば安心・満足なセーフティーネットが構築できる
● 国の公的年金に老後を期待するのは、そもそも大間違い
●デフレが格差問題の原因。是正の本質は累進税率論にある
● 郵政・高速道路「国営化」路線は多大な国民負担をもたらす
●このままでは日本郵政の寿命はあと15年くらいしかない!?
●「消費税アップやむなし」は地方に財源を渡したくない財務省の策略
●正社員や公務員よりもフリーターのほうが実は可能性に満ちている

などなど、若者の視点に立ち、この国を悪くしている本当のところが客観的に書かれています。本書の感想を是非知りたいです。

投稿: NN | 2010年3月11日 (木) 12時37分

NN様

 コメント、有り難うございます。

 高橋洋一氏の書籍は以前、当ブログでも取り上げたことがあります。『日本経済ひとり負け!』についてはまだ未読ですが、この機会に購入して読んでみたいと思います。

投稿: 管理人 | 2010年3月11日 (木) 22時10分

いつも楽しく拝見させていただいております。このブログが、私に社会や経済の仕組みをもっと知りたいと思わせるきっかけになりました。ありがとうございます。

過去の記事について質問があるので、お手数ですが御回答頂けたら幸いです。

掃除と年功序列の件からの疑問ですが、企業に依存するメリットがない社会の中で、世界を舞台に活躍する人間を育てるとはどういう人間、または教育を指すのでしょうか?
また、それは金持ち父さん貧乏父さんのに出てくるような、小さい頃からお金の知識を教えられた投資家または起業家なのか?
それとも、一つの専門性を従来より高めて、新卒で企業に属しながら、会社や日本経済に貢献できる人間のことなのですか?よろしくお願いします。

投稿: 21歳男 芸術大学3年 | 2010年3月12日 (金) 04時38分

21歳男 芸術大学3年様

 コメント、有り難うございます。

>企業に依存するメリットがない社会の中で、世界を舞台に活躍する人間を育てるとはどういう人間、または教育を指すのでしょうか?

 平たく言えば、専門教育のことです。ゼネラリストではなくスペシャリストを育てる教育のことを意味しています。日本のように、総ての科目を平均的に教えるのではなく、才能の有る子供には小さい時から専門的な(英才)教育を行うことが望ましいと思います。社会に出てから、ほとんど何の役にも立たない知識を大量に覚えさせるよりも、社会に出てから即実践可能な生きた教育(お金の教育も含む)をこそ行うべきだと思います。会社に依存するのではなく、会社を起こしてでも仕事を行っていけるような人材がこれからは必要になってくると思います。それが2つ目のご質問の答えになるかと思います。専門性を身に付けた人間に「新卒」という概念は必要ないと思いますし、必ずしも企業に属する必要もありません。
 もちろん、そのような自由度の高い教育を行うことは現在の型に嵌まった日本の教育制度の中では難しいことだろうと思います。加えて、規制大国でもある日本は他国に比べても起業リスクが高いことで有名な国ですから、その辺の根本的な障壁をクリアしないことにはただの理想論になってしまいます。
 入口である教育制度と出口である労働制度が共に閉ざされてしまっているために、どこか閉塞感を感じてしまう。それが現代の日本の姿です。これまでの日本の旧い概念(または制度)を改めて、より自由度の高い融通性のある社会制度に変革していかない限り、日本社会は良くならないのではないか?というのが私の結論です。

投稿: 管理人 | 2010年3月12日 (金) 22時38分

上の年功序列や日本の人材についての指摘を含め、極めてまともな意見だなーと頷きながら読みました。

mixiなどでも、時効廃止絶対反対の「良い子」が多いことに絶望します。
人命は何よりも尊い、という意見はもちろん良いことではありますが、トレードオフを全くと言っていいほど考えられない大衆はどこへ向かうのでしょうか。

投稿: 未公認会計士 | 2010年3月21日 (日) 22時47分

未公認会計士様

 コメント、有り難うございます。

 “ミクロの感情論”と“マクロの現実論”を区別して思考することができない国民性には唖然とすることしきりです。トレードオフ思考ができないと、すべてが経済学で言うところの“合成の誤謬”状態に陥ってしまうという単純な社会法則を理解しない限り、社会は悪くなる一方です。

投稿: 管理人 | 2010年3月22日 (月) 00時39分

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千葉景子が就任した際には、 かなりの反発があったような気がする。 鳩山首相も仕事をしない法相を、 いつまでやらせておくつもりなのか? というか、大して関心もないような気がします。 死刑執行命令書に署名する気が毛頭ないということは、 こういっ... [続きを読む]

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