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“浦島太郎状態”に陥った理容業界

2010050901 先日、多忙の中、仕事帰りに散髪屋に立ち寄った。夕方だったので誰も客がいなかったため、入店後すぐに座席に案内されたが、あまり時間もなかったので、店主にこう伝えた。「今日はシャンプーは抜きでいいです」と。
 私が利用している理容店は、通常料金が3600円であることは以前にもブログに書いたと思うが、シャンプー抜きの場合は3300円になる。しかし、この日はなぜか3600円のままだった。シャンプーをしてもしなくても料金は変わらないというのはおかしな話だが、これには理由があった。例の全理連絡みの規制強化(洗髪台の無い理容店は今後、出店も営業もできなくなるという規制)のせいか、洗髪台のある理容店では必ずシャンプーをしなければならないということになってしまったらしい。つまり、シャンプー抜きの料金というのが無くなってしまったというわけだ。
 
 よく考えるとこれはおかしくないだろうか? 元々、新興の理容店に比べて料金が高過ぎるのが既存の理容店から客が離れている理由であるのだから、本来であれば、シャンプーしてもしなくても3300円にするという妥協案が出てもおかしくないところだが、逆に料金が上がってしまっている。はたして、サービスを省いて料金が上がってしまうような業界が今時、他にあるのだろうか?
 
 例えば、ガソリンスタンドでも窓拭きゴミ捨てを行っているスタンドは、セルフやセミセルフ(ガソリン入れのみ)のスタンドよりも少し料金が割高だ。しかし、自分でガソリン入れや窓拭き等をするのが面倒という理由のために、少し割高でもそのスタンドを利用しているドライバーも多いはずだ。これが、窓拭きもゴミ捨ても無くなり料金はそのままだということであれば、そのスタンドを利用するドライバーはそのうち誰もいなくなるだろう。それが、本来の市場メカニズムである。または消費者の心理メカニズムと言ってもよい。この当たり前のメカニズムが規制で護られた理容業界には通用しないらしい。
 確かに理容料金1000円というのは人件費的に考えても少し下げ過ぎではないかと思えるし、牛丼チェーン店にしても、牛丼1杯300円以下という安値競争は少し行き過ぎの感もある。2年程前に『牛丼一杯の儲けは9円』という新書があったが、その本では牛丼1杯350円の場合の儲けは9円と書かれていた。現在は原材料費を大幅にコストダウンしたのだろうが、こんな値段のみで商売を行うような価格破壊業者が次から次に出てくると、最終的に生き残った業者以外は、自分で自分の首を絞める結果になってしまいかねない。そういう意味では少しは規制なども必要と思えることもあるが、その規制も行き過ぎると、逆に消費者迷惑になってしまう。
 
 洗髪台のある理容店は、洗髪台の無い理容店よりも清潔なイメージがする。これはその通りであるが、その付加価値を世に問うた場合、その付加価値に対して消費者はどれだけの料金を支払おうと思うだろうか? そこで付いた料金こそが本来の市場メカニズム価格である。その料金は常識的に考えると、せいぜい500円〜1000円程度のものだろう。しかし現状では3600円−1000円=2600円となっている。シャンプーする設備とシャンプーするサービスだけで2600円というのはどう考えても高過ぎると思う(髭剃りやマッサージを入れてもまだ高い)。それが既存の理容店から客が逃げ出している根本的な理由だろう。
 そもそも、シャンプーするしないを決めるのはお客の方だ。たとえ切った髪の毛の払い残しがあって不潔だということでも、それの善し悪しを決めるのは、あくまでも消費者であって、理容店でも全理連でもないのである。
 シャンプーせずとも1000円なら文句はないというのが消費者心理であって、その違いだけで3600円は高過ぎるのではないか?というのが消費者の本音なのだ。それを、シャンプーせずとも3600円にするというのだから、これはもう無茶苦茶であり、完全に消費者を無視している。こんな過保護で独善的な業界が未だに存在していること自体が奇跡に近いと思える。
 
 要は、このデフレ時代に、バブル期以前の料金をそのまま維持していることが異常なのである。本来であれば、世間一般の懐(ふところ)事情というものを考慮して、その時代にあった料金というものを模索し決定するのが全理連の仕事だろう。そういった当たり前の仕事を公務員の如く行ってこなかったために、3600円という暴利を貪る業界に新興企業が入ってきたわけだ。そして気が付けば、市場メカニズムよりも3倍以上もの高料金になっていたというのが規制で護られた理容業界が直面した事件、言わば、青天の霹靂だったのである。
 それはまさに龍宮伝説にある浦島太郎物語のようなものであり、竜宮城で我が世の春を謳歌した浦島太郎が現実に戻り玉手箱を開けてしまった時には、既に700年が経過していたという話と同じようなものだ。現実では僅か20年の間に、理容料金が3600円から1000円に下がってしまっていたのである。規制で護られた業界というものは、ある意味、竜宮城で暢気に生活していたようなものなのだ。
 
 現代の浦島太郎状態に陥った業界は、理容業界だけでなく、規制で保護された全ての業界に当て嵌まる。その中には無論、多くの公務員も含まれる。国が大赤字であろうが、身内が不祥事を起こそうが、自分達だけはいつまでも高給取りでい続けていられるのも規制のおかげである。
 この国には、“規制なしでは生きていくことができない人々”と“規制を取っ払えば幸せになれる人々”が混然一体となって暮らしている。そしてその綱引きは、いつも前者が勝利者となる。なぜか? それはこの国が未だに官僚主導の計画経済体制を維持し続けているからである。早い話、前者が勝つということが予め決定(計画)されており、綱引き自体が茶番となっているわけだ。
 「官から民へ」という言葉自体も実に虚しい響きだ。官から民になったところで、民の愚かさを官が利用するだけのことである。官僚政治と衆愚政治は表裏一体であり、どちらも社会を良くすることはできない。この国に本当に必要なものは、官でも民でもなく、官民双方の上位に立つ善なる存在、あるいは法、規範という概念である。
 
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ウィルスバスターのCMの女の子が可愛いなと思って、調べてみたら仲間リサちゃんっていうそうですね!
最近ではセクシーな写真集をリリースしたことでも話題になっています。

1stフォトブック『HUG ME!』は、“ありのままの姿”と“モデルとしての顔”の二つの視点で彼女の魅力を公開。
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今回は特別にそのメイキング映像を公開しちゃいます!

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投稿: ウイルスバスターCMでおなじみ 仲間リサのセクシー動画 | 2010年5月15日 (土) 15時08分

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