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市場原理の曲解(適正価格と限界価格)

2010062701 よく「市場原理によって物の値段は決まる」と言われることがある。市場原理主義者と言われる人々は「市場に任せれば物の値段は最適な価格に落ち着く」と思っており、逆に市場原理否定主義者達は「市場に任せるよりも人為的に価格を決定した方がよい」と思っている。
 当ブログでも何回か述べた散髪屋の料金の場合で考えてみると、自由に競争させて最適な価格を模索すればよいと思っているのが前者であり、 一律固定料金にした方が良いと思っているのが後者だと言える。
 さて、この2者の意見はどちらが正しいのかと言えば、その答えは時と場合にもよるので断言することは難しい。ゆえにここでは、その答えではなく、なぜその答えを出すことが難しいのかを述べてみたいと思う。
 
 まず初めに言っておかなければならないことは、市場原理によって決まる価格というものは、あくまでも『適正価格』でなければならないということである。しかし、現代で市場原理を語っている多くの言論人達は、この『適正価格』のことを『限界価格』だと曲解しているフシがある。こういった人々は「市場原理」という言葉の意味をほとんど理解していないのではないかと思う。
 「市場原理」とは、需要の高い物は高くなり、需要の低い物は安くなるという原理である。より具体的に言えば、品質の高い物は高くなり、品質の悪い物は安くなるという原理である。ところが、現代の日本社会は、品質の良い物も品質の悪い物も同じように安くなければならないという、単なる低価格のみを競う安値競争社会になってしまっている。これは、市場原理に従った社会というよりは、(人間の)感情原理に従った社会だと言える。
 
 例えば、現在は牛丼価格が250円まで下がっており、消費者達はとにかく10円でも安い牛丼屋を求めているようなデフレ社会になっているが、牛丼の味は値段とともに落ちているのか?と言えば、実は落ちておらず、逆に企業努力によって味も良くなっている。本当に市場原理が機能しているのであれば、牛丼の味がアップすれば、牛丼の価値も上がらなければならない。あるいは企業努力とデフレが相殺されて、なるべく同一の価格を維持するというのが常識的な姿だ。
 お金の価値が上がり、物の価値が下がるというデフレ社会に対抗するために、多くの企業は物の価値を上げる努力をしているわけだが、これが全く無視されている状態が現代の日本社会だと言える。消費者達が安くて良い物を求めるというのは理解できるのだが、そういった感情が市場原理を無視して暴走し過ぎると、結果的に、その悪因は消費者自身に返ってくることになる。どうやって? 市場で動くお金の量が減少することによって景気が悪くなり、巡り巡って自らの収入も下がることになる。これこそがまさに「合成の誤謬」だ。
 
 もし、この牛丼1杯の原価が249円であった場合を考えてみよう。その場合、お客が1人来る度に1円の利益が店に入ることになる(話の都合上、ここでは牛丼以外の注文は考えないことにする)が、1人で1円という薄利では、お客が1000人来ても1000円の利益しか生まれない。1000円の利益では1人のアルバイト員の1時間分の給料しか払えないということだから、当然のことながら赤字経営となる。
 1円の利益というのは少々オーバーな話だったかもしれないが、ギリギリの採算が取れるところまで値段を下げていくことをもって市場原理価格だと呼ぶのは間違いだということである。それは“最適価格”ではなく“限界価格”でしかないということだ。市場原理によって決まる価格というものは、“適正な価格”であって、“ギリギリの価格”のことではないのである。もし、「ギリギリの採算さえ取れればそれで良いのだ」などと言う人がいれば、それは市場原理主義者ではなく、ただの市場原理破壊主義者である。市場原理破壊主義者というのは、市場原理否定主義者の親戚のようなものだと思って間違いない。どちらも経済音痴という意味では大差がない。
 
 現代の日本で、市場原理主義者を名乗っている多くの市場原理破壊主義者達は、牛丼の価格を目一杯まで下げることをもって良しとする。一方、多くの市場原理否定主義者達は、牛丼の価格を人為的に上げることをもって良しと考えている。
 要するに、この両者はどちらも人為的に物の値段を決めることをもって良しと考えているのである。
 とすれば、どちらが正しいか? 答えは、どちらも間違いだ。
 「それでは答えになっていない」と思った人がいるかもしれない。少し話がややこしくなるが、市場原理主義者には、更に細かい分類が存在する。細かく分類すれば次のようになる。
 
 市場原理主義者…人間心理を理解した人々
 市場原理否定主義者…市場原理を理解できない人々
 市場原理破壊主義者…市場原理を曲解した人々
 市場原理万能主義者…人間心理を無視した人々
 
 先に述べたのは破壊主義者と否定主義者のことだが、この他に、市場原理主義者と市場原理万能主義者が追加される。市場原理主義者と市場原理万能主義者の違いは、その思想の中に人間心理という考えが有るか無いかの違いだ。無論、人間心理を無視するのが市場原理万能主義者である。
 
 人間心理が経済に与える影響を考慮せずして「市場は万能だ」などと宣っている人々も実は市場原理を理解していない。
 人間感情を抜きにした本来の市場原理が機能する社会において決まる本当の市場価格というものこそが、おそらく最も最適な価格なのである。ということは、現代の日本では市場原理が正しく機能していないということである。市場原理という言葉の曲解が、日本経済を更に悪化させる悪因になっているということである。市場原理という言葉の意味を正しく理解することもまた、日本経済が不況の闇から脱するために必要なことなのである。

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