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「1クラス35人制」というレトリック

2010082901 昨日、文部科学省から「今後6年間で公立小中学校の学級人数を現行の40人から35人に引き下げる」との計画発表があった。さらに小学校1、2年生は30人以下まで引き下げる予定らしい。
 1クラスの生徒数が40人から35人になれば1人の教師が受け持つ生徒数が減少するわけだから、当然のことながら、教師の人数は増えることになるが、その人数たるや約2万人にのぼるらしい。
 しかし、話はこれで終わらない。4年後からは新学習指導要領で学習内容が増えることから、さらに4万人の教師を追加する予定だ。先の2万人と足すと合計6万人になり、教師の人件費だけで年間4000億円も必要になってくるそうだ。
 4000億円÷60000人=約667万円。つまり、新人教師1人あたり年間667万円の人件費が必要になることを意味している。公務員教師は基本的に年功序列だから、4000億円の人件費も年々上がっていくことになる。

 随分と前から1クラス30人制という理想論はあったらしいが、現在の日本の財政状況を考えれば、こんな計画は元々不可能だと思う。と言うか、少子化の影響や公立離れで放っておいても30人クラスになるのではないかとも思える。
 
 しかし、現在の1クラス40人体制を35人にしなければならない明確な理由とは何なのだろうか? まさか冷房の付いていない教室に40人も居ると蒸し暑くて仕方がないというような理由ではないだろう。個人的にはこの理由であればまだ理解できるが、それならそれで冷房を完備すれば済む話だ。毎年4000億円もあれば、全教室に冷暖房を完備してもお釣りがくるだろう。
 
 聞いたところによると、最近の公立小中学校は担任教師だけでなく副担任教師もいるらしいので、人数的に教師が足りないというよりも逆に余っているような状態ではないかと想像する。私が小中学生だった頃は副担任などは居なかったし、1クラスの生徒数は45人程いたと思う。そう考えれば、現在の副担任がいる40人体制に無理があるとは思えない。むしろ、45人体制に戻して教師を減らすと考える方がまともな考えではないかと思う。
 それでなくても最近は少子化の影響で生徒数が激減しているのだから、教師を増員しなければならない理由など無いように思える。
 本来であれば、生徒数が減少すれば教師も減少しなければ辻褄が合わない。それを逆に教師を大幅に増員するというのだから恐れ入る。
 少子化対策として海外からの移民でも大幅に受け入れるというのであれば話は別だが、現在の日本に追加で公務員教師を増員する必要性は全く感じられない。
 
 私が思うに、教師を増員しなければならなくなってしまった理由は、実は“教師(教室も)が余っている”という理由からではないかと推測する。
 まず、最近の少子化によって、1クラス40人では教室が余ってしまうという理由があるのではないかと思う。例えば、5クラス有ったものが4クラスになってしまうと、1人の教師がいらなくなるので、1クラスの人数を少なくすることによって、帳尻を合わすという場合が考えられる。
 「教師が余っているので1クラス35人にします」と言えばいいものを、「教師が余っている」とは公には言えない(=教師を減らさなければならなくなる)ので、1クラス35人にするよう計画したが、それだけでは怪しまれるので、もっともな理由をこじ付けて便乗的に教師も増員すると言っているのだとすればどうだろう?
 もし我々一般人が知らない水面下で本当にこんなことが起こっているのだとすれば甚だ呆れた話だが、これまでの教育行政を鑑みれば、まんざら外れてもいないような気がする。
 しかし、こんなデタラメなことを認めていると、生徒数に反して教師の人数だけがどんどん増えていくことになる。1クラスの定員はどんどん少なくなっていき、終いには1クラス10人とか5人とか、マンツーマンとか言い出す可能性もある。マンツーマンというのは半分冗談だが、10人以下の少人数クラスであれば、もう塾だけで充分で、学校などいらないということになってしまう。
 
 1人の教師が受け持つ生徒数が減るということは、仕事が減少する(=楽になる)ということだから、本来であれば給料も減額しなければならない。給料が減額されるのが嫌なら、教育の付加価値を上げなければならない。それが税金で飯を食っている人間の務めであるはずだ。40人が35人になれば、生徒1人に接する時間が増えるので自然に付加価値も少しは上がるだろうが、それだけでは不十分であることは言うまでもない。塾に行かずとも学校の教育だけで受験をカバーできるというぐらいに教育の質を向上させることができるのであれば、35人制も理解できなくはないが、おそらくそこまでは期待できないだろう。

 民間の教育機関(塾)では生徒数が減少すれば、経営が厳しくなるため、ヘタをすると廃業に追い込まれてしまう。そのため、講師や教育の質を上げるなどの様々な対策が取られるが、公立の学校の場合は、教師の質を上げることなどは考えず、単に教育のシステムをいじればなんとかなってしまう。1クラスの定員を減らして、教師の人数を増やすなどはお手のものだ。結果、国民は無駄な税金を支払わされることになり、ますます国は疲弊する。「公務員栄えて国滅ぶ」とはよく言ったものだが、今回の教師増員などは、お役所の焼け太り政策とほとんど同じ構図であるとも言える。「1クラス35人制にする」などは、まさに典型的なお役人のレトリックだと言えるが、こんなレトリックに騙されるのはもういい加減にした方が良いのではないだろうか?

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社会問題」カテゴリの記事

コメント

確かに、余剰労働力を巧く使って、ビジネスに繋げ、社会の貢献するのは民間企業の役割ですよね。
公務員の給料というと、すぐに「払った税金」と考えがちですが、民間企業からすれば「潜在顧客の消費能力」でもあるわけで、とにかく下げれば良いというものでもありません。
ただ納税額を下げたいだけなら、年収を下げるという方法がありますし。
たとえば年収3000万円と300万円では、年収300万円のほうが年間で何百万円も納税額が安くすみます。

投稿: クロコダイルPOP | 2010年8月30日 (月) 22時41分

クロコダイルPOP様

毎度、コメント有り難うございます。

>公務員の給料というと、すぐに「払った税金」と考えがちですが、民間企業からすれば「潜在顧客の消費能力」でもあるわけで、とにかく下げれば良いというものでもありません。

 以前にも書きましたが、私は公務員の給料云々に拘っているわけではありませんので誤解のないように願います。要は、給料に見合った仕事をしてくれれば何の問題もないと述べているわけです。

>ただ納税額を下げたいだけなら、年収を下げるという方法がありますし。
>たとえば年収3000万円と300万円では、年収300万円のほうが年間で何百万円も納税額が安くすみます。

 私の場合、そんな高給取りではありませんし、納税額を安くしたいとも思っていません。サラリーマンが納税額を下げるということは=給料が下がるということでもありますから。
 もし仮に納税額を下げることができたとしても、あなたの言われるように「払った税金」が公務員の給料と結び付かないのであれば、あまり意味がないのではないでしょうか?

投稿: 管理人 | 2010年8月30日 (月) 23時12分

1クラスあたりの人数が減ったから、単純に労力が軽くて済むだろうっていう話でしょうか?
少子化の影響かもしれませんが、子ども1人あたりにおける親の思い入れが上がってきてるのではないかと気付きます。
たとえば、僕の住む街で、毎朝の通学時に親達が交代で交差点に立つなんて、僕が小学生の頃には無かった光景です。
3人生んだうちの1人が事故で死んでも、勉強が巧くできなくても、残りの2人に思いを託すことはできますが、1人生んで1人がダメだとダメージが高いってことなんだと思います。
なので、少子化が著しい現在において、クラスの人数減少が労力低下と比例しない疑いがあります。
逆に、学校でもマンツーマンで教えてほしいくらいの要望があっても不思議ではありません。
我が子が40分の1として扱われるよりは、もっと大きく扱ってほしいと思う親は少なくないはずです。

投稿: クロコダイルPOP | 2010年8月31日 (火) 00時36分

クロコダイルPOP様

>1クラスあたりの人数が減ったから、単純に労力が軽くて済むだろうっていう話でしょうか?

 いえ、違います。本当に教師が足りないのかどうか分からないような状況で無闇に教師を増員することは(税金の)無駄になる可能性があるということです。増員する教師の労力のことではなく、どちらかと言えば今現在の教師の労力について述べています。人件費というものが最大のコストであることを否定するような人はいないはずです。

>逆に、学校でもマンツーマンで教えてほしいくらいの要望があっても不思議ではありません。
我が子が40分の1として扱われるよりは、もっと大きく扱ってほしいと思う親は少なくないはずです。

 理想論としてはその通りでしょうけれど、現実的にそんなことが可能であるかどうかを考える必要があると思います。生徒1人に対して教師1人というのは、言わば、家庭教師と同じ状態です。1人の生徒の親が、その教師に対して年間667万円も授業料を支払えますか?ということです。そんなことは誰が考えても不可能でしょう。それを税金であれば可能だと言うのは更におかしい。子供のいない人や結婚もしていない人が、その贅沢な他人の子供の授業料を共に支払わなければならないというのであれば、無茶苦茶な話です。マンツーマン教育であれば学校はいらなくなるというのはそういうことです。家庭教師であれば年間667万円もかからないでしょうから。

投稿: 管理人 | 2010年8月31日 (火) 21時39分

好景気に向かうのが目的であるなら、むしろ無駄使いは歓迎してもいいんですよ。
お金の流れを太くし、なおかつ循環を促すためには、公務員の給料の高さを見て、「この人らを自分の顧客にして稼がせてもらう」くらいの意欲を持ったビジネスマンがドンドン出てこないといけないというか。
そもそも、人件費は消費の原資でもあるので、他人の労力を安く買おうとすればするほど、自分も安く買われるんですよ。
それから、日本は累進課税制度なので、たった1年で公務員の年収の何倍も納税する人もいるし、就職して5年経っても納税額が公務員の年収に満たない人もいます。
民間企業の場合、給料の額が仕事に見合った額でないことのほうが多いですから、人頭税をやれないくらいの差が発生するので、累進制自体は仕方のないことだと思いますけどね。

投稿: クロコダイルPOP | 2010年8月31日 (火) 23時06分

クロコダイルPOP様

>好景気に向かうのが目的であるなら、むしろ無駄使いは歓迎してもいいんですよ。

 その通りですよ。公務員の給料を下げなくても、公務員が無駄遣いしてくれればよいのです。不労所得を手にしている公務員も結構な割合でいるでしょうから、そういった人達が率先してお金を散財してくれればいいのです。と言っても、やはりそれはどこまでも理想論であって、実現できてはいませんし、今後も実現は難しいでしょうね。

>「この人らを自分の顧客にして稼がせてもらう」くらいの意欲を持ったビジネスマンがドンドン出てこないといけないというか。

 『公務員に的を絞った商売』というのは面白い発想だと思いますが、これもいろんな意味で実現が難しそうです。

>そもそも、人件費は消費の原資でもあるので、他人の労力を安く買おうとすればするほど、自分も安く買われるんですよ。

 その通りなんですが、では、現在の民間企業が揃って人件費を大幅に上げてしまえばどうなるのか?というと、ほとんどの企業が倒産するか、本当の赤字企業に転落することになるでしょう。そうなると、法人税収自体も激減することになりますので、本気で公務員も削減しなければならなくなるでしょうね。それ(公務員削減)ができなければ、本当に国が破産するというロジックになってしまいます。

 あなたと論戦するつもりはありませんが、私は本音で率直な意見を書くことを心掛けています(それができなければブログの意味がありません)ので、個々人の見解の相違があることは御容赦願います。あしからず。

投稿: 管理人 | 2010年9月 1日 (水) 21時15分

見解の相違というよりは、僕が巧く説明できていないのが最大の原因で、誤解が生じているのでしょう。
申し訳なく思っています。

>現在の民間企業が揃って人件費を大幅に上げてしまえばどうなるのか?というと、ほとんどの企業が倒産するか、本当の赤字企業に転落することになるでしょう。

人件費を上げても潰れない仕事を、国民全体で目指していくしかないんですよね。
たとえば鎖国した国の国民が、毎年の収入の5%を節約してタンス預金をおこない、借金も投資もしないとどうなるか?
国民の収入は10年で40%くらい落ちます。
現金の流通量が節約によって減るからです。
だから政府は、その節約が無意味になる対策をしなければならないわけです。
現在の日本は鎖国をしていないので、外国から稼いでくることもできます。
が、それも永遠に右肩上がりが可能かというと、そうでもありません。
国民の節約による経済的縮小を、政府や日銀などが尻拭いしなければならず、それは節約の逆となる無駄使いでなくてはならないのです(日銀は動きが鈍いですけどね)。
節約の連鎖では、結局、国民の収入は上がっていかないんですけど、それが望みなのでしょうか?

投稿: クロコダイルPOP | 2010年9月 2日 (木) 22時56分

クロコダイルPOP様

>国民の節約による経済的縮小を、政府や日銀などが尻拭いしなければならず、それは節約の逆となる無駄使いでなくてはならないのです(日銀は動きが鈍いですけどね)。

 無駄使いにも将来的に“富を生む無駄使い”と“富を生まない無駄使い”があります。前者は設備投資、後者はバラマキです。“富を生まない無駄使い”を行ったところで経済は一時的にしか拡大しません。

>節約の連鎖では、結局、国民の収入は上がっていかないんですけど、それが望みなのでしょうか?

 それは民主党に問うべき質問かもしれませんね。現在の民主党は「ジリ貧内閣」という名がピッタリと当てハマりますから。
 要は、不況期であったとしても人々がお金を使いたくなるようなサービスや商品を生み出すことが重要なわけです。日本の場合、国内の金融資産は有り余っているわけですから、そのお金を市場に引っ張り出す政策が大事なわけです。と言っても、魅力的なサービスや商品を生み出すのは、官僚や政治家ではなく、あくまでも民間の人間です。その民間の人間をバックアップするのが政府の重要な役割だと言えますが、そういったことができておらず、逆に邪魔ばかりしている。増税政策や節約政策、バラマキ政策だけでは、どう転んでも経済が成長するはずがありません。

投稿: 管理人 | 2010年9月 3日 (金) 22時19分

>>無駄使いにも将来的に“富を生む無駄使い”と“富を生まない無駄使い”があります。

その通りです。
富を生み出すのは、人間の労働行為であって、お金ではありません。
お金は、あくまでも人間を労働させるための紙でしかなく、機能としては借用書と似ていて、富そのものではありません。
ならば、富を生まない無駄使いとは何かと言えば、人間に労働をさせないようなお金の使い方でしょう。
たとえばタンス預金なんかは、タンスの引き出しの中に向かってお金を使っているだけであり、富を生むことはありません。
あとは借金の返済も、労働行為を促す効果が薄く、逆に借金があったほうが必死に働くでしょう。
つまり、お金の動きを止めることこそが、富を生まない無駄な使用方法なのです。

>>魅力的なサービスや商品を生み出すのは、官僚や政治家ではなく、あくまでも民間の人間です。

しかし、バブル崩壊以後何年かは給料が上がり続けたにも関わらず、国民は支出を収入以下に抑え、社会全体のお金の動きを止めまくったので、それを何らかの方法で補填できなければ、政府や中央銀行が存在する意味がありません。
公務員の給料を下げることも、動くお金を減少させる使い方であり、無駄です。
そもそも、公務員の給料が0円になったとしても、それが経済成長に繋がるかというと、そんなことはありませんよ。
成長するかどうかは、民間の労働者が効率的に富を生み出すか生み出せないかという問題であり、むしろ公務員の給料よりは、関税だとか規制の調節のほうが関連性が高いのではないでしょうか?

投稿: クロコダイルPOP | 2010年9月 5日 (日) 02時30分

クロコダイルPOP様

>しかし、バブル崩壊以後何年かは給料が上がり続けたにも関わらず、国民は支出を収入以下に抑え、社会全体のお金の動きを止めまくったので、それを何らかの方法で補填できなければ、政府や中央銀行が存在する意味がありません。

 バブル崩壊後はゼロ金利になりましたから、その影響で経済成長もストップしたと考えられなくもありません。銀行の借金を国民に支払うべき利子で賄ったことによって国民の消費量も減少したとも考えられます。利子という不労所得が減少すれば消費量が減少するのは自明の理です。資本主義経済に利子というものは付き物であって、それを都合良く無視した結果として不況を招いたとも言えるわけです。

>公務員の給料を下げることも、動くお金を減少させる使い方であり、無駄です。
 
 何度も言って申し訳ありませんが、それはかなり公務員贔屓というか、バイアスがかかった論理だと思います。公務員の給料以前に、公務員の人数を必要以上に増加させることが前向きな投資につながる(場合もあるでしょうけれど)とは思えません。それはヘタをすれば、バラマキと同じ結果を齎すことになると思います。別に公務員の人達に怨みがあるわけではありませんが、やはり何事にも適正というものが大事であり、行き過ぎたものは、どこかで歯止めをかけるという考え方を無視するわけにはいきません。こんなことは私が言うまでもなく、世間一般の常識であり、当の公務員の人達自身も理解していることだと思います。

投稿: 管理人 | 2010年9月 5日 (日) 20時22分

公務員を擁護しているのではありません。
基本的に、社会全体の収入は社会全体の支出と一致するので、国民が節約に励みすぎると、結局国家が景気対策のために借金を積み増すはめになるよっていう話なんです。
社会全体で節約することと、景気の後退は繋がっているので、日本の景気回復を望む僕は、社会全体の支出増加のためなら、公務員の給料が上がることもやむを得ない、本来なら国民が大変な思いをして稼いで消費するのが望ましいが、節約に熱心なため、公務員の給料が上がることを渋々受け容れるというスタンスです。
もちろん、公務員も給料が上がったら、その分消費しなければ許さん、とも考えています。

何故か?

社会全体が年間1000万円節約すると、年間1000万円分の仕事にお金が払われず、年間1000万円分の売り上げを落とした企業は、年収300万円くらいの従業員を解雇したくなります(ざっくりと売り上げの3割を給料として払うと仮定しました)。
そうなると今度は、年収300万円だった人は消費の原資を失い、社会全体の売り上げが、さらに年間270万円くらい失われます(収入の9割を消費すると仮定)。
まあ、社会全体で言えば、収入以上の消費をしようとする人は少ないので、どのみち誰かが借金で補わなくては景気は後退しちゃうんですけどね(苦笑)。
政府は国民から景気を良くするように望まれているし、だからと言って民業を圧迫するような営利を追求することもできないので、資本主義の構造上必然な借金を積み増しての景気対策をするしかないんです。
なので、国の借金は、「節約したい」と「景気を良くしろ」と言う国民の、矛盾した要求に対する妥協案であり、尻拭いとなるわけです。

さて、借金には金利がついてまわりますから、社会全体の支出額を維持するための借金は、返せないはずだと疑問に思いませんか?

それは、たとえば株式会社は債務に対する責任範囲が有限なため、倒産によって借り倒れができます。
個人だと、借金をしたまま病気で死んだら、その債務が相続されない限り、返済はされません。
資本主義のシステムの中に借りたことをチャラにできるルールがあって、貸し倒れと借り倒れでバランスが取れるようになってます。
それを嫌がると、国が借金を積み増して尻拭いするはめになるんですけどね。

もちろん、国家にも借金をチャラにできるルールはありますが、それをやると、日本の国民は、必ず誤解するだろうなあ(苦笑)。

投稿: クロコダイルPOP | 2010年9月11日 (土) 11時24分

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