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絶対的に腐敗した権力者達

2010092301 厚生労働省の村木局長事件は、検事の押収書類改竄(検察のデッチ上げ )という前代未聞の事態を迎えてしまったようだ。「前代未聞」と言っても、検察が犯罪を犯したことが前代未聞なのではなく、検察の犯罪事実が公に公開されたのが前代未聞という意味である。
 最近の検察の不評ぶりは目に余るものがあったが、ここにきてようやく、その腐敗の闇にスポットライトが当てられようとしている。まるでサスペンスドラマのような劇的な展開を迎えたこの事件には、一体どのようなラストが用意されているのだろうか?
 
 検察の横暴ぶりが社会的に注目され、衆目を集めるようになったのは、おそらくライブドア事件が契機になったのではないかと思われるが、私は最近、リクルート事件の暴露本である『リクルート事件・江副浩正の真実』を読んだ。その本を読んでいると、検察という組織の実態と、その腐敗ぶりが嫌というほど感じられ、吐き気を覚えずにはいられなかった。同時に江副氏という非常に有能な経済人を社会的に葬った検察という組織に憤りを覚えた。
 
 これまで検察という組織は、世間一般では“正義の象徴(省庁)”と崇められ、まるで水戸の黄門様のような神聖な組織だと思われてきた。いや、多くの無知な人々には未だにそう思われているフシがある。
 そういった神聖な組織が“事件をデッチ上げた”という事実が全国に報道された衝撃は計り知れないものがある。しかし、数年前に我々はこれと同じような感覚を味わったことがある。それは、忘れもしない例の社会保険庁の年金事件である。
 それまで多くの人々に絶対的に信じられてきた社会保険庁という組織は、実は幼稚園並みのデタラメ組織であることが明らかになったことは記憶に新しい。しかし、今となってはもはや、社会保険庁という組織を信じているというような酔狂な人は誰一人として存在しない。
 
 社会保険庁が歩んだ道を検察庁も歩むことになるとは流石に思いたくはないが、現在の検察組織の実態を透明化し、本来のあるべき姿に戻す必要はあるのではないかと思う。「絶対権力は絶対的に腐敗する」というアクトン卿の名言の通り、自浄作用を持たない日本の役人組織は、すべからく腐敗しているのではないかとさえ思える。その中でも“逮捕権”という絶対権力を有した検察という組織は、また特別な存在だ。
 誰からもチェックされることなく、何の責任も背負わず、ターゲットにした人物(主にお金にまつわる有名人)をゲ−ム感覚で悪人として吊るし上げるような独善組織があるとすれば、それは多くの国民にとって看過できない大きな問題だろう。本当の悪人を吊るし上げるのであれば頼もしいが、一度、逮捕した人間は善人(無罪)であろうと悪人であろうと関係なく、己の筋書き通りに有罪にしなければ気が済まないなどというような無茶苦茶な組織が、誰からも監視されることなく存在しているのだとすれば、それはまさしく悪夢の社会である。
 
 “警察官が犯罪を犯す”“教師が痴漢をする”“医者が病気を作る”“坊主が殺人を犯す”と同じように“検察官が事件を作る”のは御法度であることは言うまでもない。
 職業的に悪人にばかり接していると、知らず知らずのうちに己の心までねじ曲がってしまうものなのかもしれないが、検事が事件を創作するようになってしまえば世も末であり、それは司法の崩壊を意味する。現在の検察は司法というものが何のために存在するのかさえ見失っていると言わざるを得ない。司法というものは無辜の民のために存在するのであって、エリート検事の出世のためにあるのではない。本来、司法という絶対的な権力を手に入れる人間は絶対的な善人でなければならない。司法を司る者は絶対的な聖人でなければならない。そうでなければ、その権力は絶対的に腐敗する。
 
 絶対権力者たる検察が、第四権力であるマスコミと結託し、独善的に創り上げた虚構としての悪を断罪するなどという時代遅れの捕物帳はもういい加減に止めた方がよい時期だ。現代人の多くはそんな時代劇(フィクション)を観たいなどとは思っていないのだ。
 本当の知識人達の眼には、『検察』という組織は、もはや『裸の王様』としか映っていないという現実を受け入れなければならない。知識人でなくとも、これだけ世間で騒がれ始めれば、何かおかしいのではないか?と薄々感づいているはずだ。
 自浄能力のない旧態依然たる組織が本来の姿に生まれ変わるためには、内なる声(内部告発)ではなく、外からの声(国民の批判)に期待するしかない。そういう意味で今回の事件は、検察がチェンジするチャンスでもある。現在のような腐敗体質には嫌気がさしている真面目な検察官もいることを期待したい。
 今回のデッチ上げ事件の発覚によって、検察という組織がどう変貌を余儀無くされるかに注目しよう。先の江副氏やホリエモンなど、その変化が日本経済に与える影響も決して無視できるものではないはずだ。

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