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『事件の裏には事件がある』

2010100601 このところ、毎日のように新聞の一面を飾っていた大阪地検の証拠改竄および犯人隠避問題だが、ある時点を境に急に風向きが変わってしまったようだ。その「ある時点」というのは無論、小沢氏への「強制起訴」が発表された時点である。その時を境に「検察」の扱いが、なぜか“捜査される側”から“捜査する側”に転じていることに気が付いた人は多いはずだ。勘の鋭い人なら既にお気付きのことだと思うが、おそらく小沢氏はスケープゴートにされたのだろうと思う。
 しかし、こうも見え透いた情報操作が行われると、結局、検察という組織は何も変わっておらず、全く反省する気もないのではないか?と疑いたくもなる。

 大体、検察の不祥事を調査する費用(検察の人件費)が税金で賄われているということ自体がおかしいと思う。検察が自分自身の捜査をする費用は、本来であれば税金ではなく、自腹で行うのが筋というものだろう。
 「そんなことは不可能だ」と言う人がいるかもしれない。その通りだ。それゆえにお役人は今回のような不祥事(犯罪)は絶対に犯してはならないのだ。そのためにこそ、国民の血税から給料が支給され、身分が保証されているわけだ。本来、あってはならない事件を起こしたのが当の検察なのだから、一切の言い訳は通用しない。まともな民主国家であれば、財産を没収されても文句を言えないということを知るべきだ。(その財産を捜査費用にするため)

 テレビを観ていても、コメンテーターがいつになく小沢批判に熱心であり、なにやら意図的なヤラセっぽい雰囲気が漂っている。テレビの電波を通じて単純な国民を洗脳しようとしているかのような下心が伝わってくるのは気のせいだろうか?
 マスコミにしてみれば、とにかく、これ以上、正義の検察様が庶民から糾弾されるのは避けなければならないということなのかもしれないが、身内の恥を隠すために、利用される人間(今回は小沢氏)は堪ったものではないだろう。
 私は、政治家としての小沢氏を擁護するつもりはさらさらないということは以前にも述べた(→正義の皮を被った公務員の茶番(無意味な国策捜査))通りだが、検察との事件に限り、小沢氏には同情している。
 
 民主主義国家におけるマスコミの本来のあるべき姿とは、国家権力の監視である。それがマスコミの重大な使命であるなら、今回の検察の証拠改竄問題は徹底的に糾弾し続け、納税者である国民の納得を得なければならないはずだ。しかし、元々、検察と仲の良い(?)マスコミは、その重大な使命を放棄し、別の事件報道に話題をすり替えようとしているように見受けられる。穿った見方をすれば、検察上層部はマスコミ各社に対して、「小沢を強制的に起訴するので、その記事を一面で報道してくれ」とお願いしたのではないか?と疑いたくもなる。もしそういう事実がないにしても、そう疑われても仕方がないくらいに、図ったようなタイミングでの強制起訴だった。「なぜ今なのか?」という疑問は拭えず、毎度のことながら、あまりのタイミングの良さに呆れてしまった。

 もし、検察とマスコミという組織がグルになって、未だ発表されていない有名人のゴシップ記事などを握っていると仮定した場合、その記事を発表するタイミングはいつが最適だろうか? 当然、自分達が問題を起こした時がベストである。国民に知られたくない情報が大々的に知れ渡ろうとする時に、そういったゴシップ記事はタイミングよく発表され、いつしか国民は本当に注目しなければならない情報を見失い、どうでもよいゴシップ情報に翻弄されることになる。

 「事件の裏には事件がある」というのは私の造語だ(と思う)が、今回の“小沢氏への強制起訴事件”の裏には“検察の証拠改竄事件”があると思われる。
 こういったことを書くと、「陰謀論」だとする反論を頂くことがあるが、検察の信用が完全に失墜した今となっては、さすがにそんな的外れな反論をする人はいないだろうと思う。

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