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授業料(100万円)よりも高い『新卒』という肩書き

2011011601 先日、みずほフィナンシャルグループが「(一定期間が経過した)既卒者を新卒と同じ基準で採用する」と発表して話題となったばかりだが、今度は、第一生命も「(3年程度の)既卒者を新卒扱いで採用する」方針を明らかにした。
 
 こういった発表を行うことは企業のイメージアップにも繋がることから、今後も後に続く企業が出てくるだろうと思われる。しかし、就職難に喘いでいる就職浪人生達が、こういった現象を観て手放しに喜ぶのは早計であると思う。
 
 みずほFGは「一定期間」、第一生命は「3年程度」と述べている通り、これは言うなれば、就職浪人生にも入学浪人生と同様のチャンスを与えるということである。大学の入学試験でも受験に失敗した浪人生に入学のチャンスが与えられているのと同様、就職試験に失敗した就職浪人生にも就職のチャンスを与えようという措置である。しかし、残念ながら『入学試験』と『就職試験』というものは制度的には同列に扱えるような代物ではない。
 
 大学の『入学試験』の場合は、年齢の違いは考慮されず、ほぼ試験の点数のみで合否が判定されるため完全に公平な試験であると言えるが、企業の『採用試験』の場合は、ペーパー試験の結果だけで採否が決定されるわけではない。同じ新卒でも“現役の新卒”と“就職浪人した新卒”という明確な違いがあり、その違いが採用試験(面接試験)に全く影響しないという保証はどこにもないわけだから、就職浪人生が不利な状況であることに変わりはないように思える。

 企業が採用する人数を大幅に増やさない限り、新卒者と浪人生との間で熾烈な競争となることは目に見えている。誤解を恐れずに言えば、新卒で就職試験に落ちた学生が、浪人して就職試験に受かる可能性が上がるとは思えない。就職浪人生が就職できるチャンスは増えるものの、採用される可能性が高くなるわけではないということである。
 入学試験の場合であれば、浪人した人の方が学習時間が長いという意味で受験が有利になるが、就職試験の場合、目標となる職種がハッキリと決定していない限り、浪人することがメリットになることはないと考えるべきだろう。就職浪人している期間中に就職に有利な能力でも身に付ければ話は別だが、そうでない限り、就職浪人したことが有利に働く理由はないと思われる。
 
 日本の大企業が異常なまでに「新卒生」にこだわるのは今に始まったことではないが、不思議なことに「浪人生」や「留年生」というものにはあまりこだわりがないようで、あくまでも4月一日からの入社にのみこだわってきた。新卒者であっても、その新卒者の年齢差(浪人や留年によって開いた年齢差)にはあまりこだわってこなかったのが日本企業の可笑しな特徴でもある。
 そういった事情からか、就職浪人しそうな学生は敢えて卒業せずに「留年」を選択する場合もあるそうだ。1年間無職で就職浪人するくらいなら、わざと留年して学生の身分で就職活動すれば、立場的には一応、新卒者でいられるというわけだ。
 
 大学の授業料というのは、通常、受講科目数に関係なく1年間100万円程度はかかるものなので、敢えて留年を選択した学生は就職浪人化を避けるためだけに、100万円の授業料を無駄にしていることになる。アルバイトで自活している学生であれば、1年間のアルバイト代の大半を注ぎ込むことになる。
 『新卒者』という身分を維持するためだけに、本来必要のない膨大な授業料が毎年、大学に納められているわけだから、呆れるばかりの『新卒至上主義社会』だと言える。日本以上に就職難の国々はいくらでも存在するが、このような歪んだ教育社会が放置されているのは、おそらく日本だけだろうと思う。
 
 企業が「既卒者を新卒扱いにする」というのは、就職浪人生にとっては、どこか甘い言葉のように聞こえるが、よく考えれば、よその国ではこんなことは当たり前のことであり、今までそうしてこなかったことの方が不思議であるとも言える。景気の良い時には就職浪人するような人があまりいなかったことも1つの理由かもしれないが、学生時代に就職活動しなかった(または内定を獲得することができなかった)学生を無条件に採用拒否してきたという姿勢はあまり褒められたものではない。なぜならそれは、企業側が入社式や人事面での管理に都合のよい学生だけをターゲットにして採用活動を行ってきたということであり、それは同時に学生の能力というものに重きを置いてこなかったことを意味しているからだ。

 現代において“学生の潜在能力”よりも“企業の管理制度”に重点を置いて採用活動を行うなどは時代錯誤もいいところである。この厳しい大競争時代に、仕事ができることよりも、「管理が楽」というどうでもいいような理由で採用試験を行っている企業というのは不条理を通り越して、滑稽ですらある。

 こういった問題も結局のところ、年功序列制度という日本でしか通用しない摩訶不思議な制度を維持するために派生した人為的な弊害であって、決して、不況という時代が齎したものではない。融通が利かない社会と、そういった社会を改めようとしてこなかった人間から生まれた悲喜劇であり、物事の本質を考えずに建前だけで騙し騙し過ごしてきたことに対するツケがようやく回ってきたというだけのことだろう。

 みずほFGから始まり、第一生命、そして今後も様々な企業がこれに続いていくものと思われるが、この現象はある意味で、企業版の『タイガーマスク(伊達直人)現象』とも呼べるかもしれない。しかし、企業がタイガーマスクを演じたところで、多くの就職浪人生が就職できるわけではなく、ヘタをすれば、単なるリップサービス程度の効果しか無いかもしれない。
 世間で騒がれているタイガーマスク現象はおそらく一過性のものだろうと思われるが、就職市場におけるタイガーマスク現象が一過性のものであれば、単なる企業の宣伝だったという結果になってしまいかねない。
 
 硬直した日本の労働市場で「既卒者を新卒扱いで採用する」と言っただけでも少しは前進したと言えるだろうが、未だにプラスに転じたとは言い難い。もともとマイナスだったものが一歩前進しただけで、マイナス圏から脱したわけではない。
 「既卒者も新卒者も無関係に能力の有無で採用する」と言うぐらいのアグレッシブな日本企業が続々と現れない限り、日本の労働市場がプラスに転じたとは言えないし、就職浪人問題の根本的な解決策には成り得ない。

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コメント

とても魅力的な記事でした。
また遊びにきます。
ありがとうございます。

投稿: 職務経歴書 | 2011年1月18日 (火) 16時43分

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