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『節電』or『計画停電』or『料金値上げ』?

2011032101_2 東京電力の『計画停電』が日本経済に打撃を与えるということで問題視されている。本来、充分な電気を使用できなければ企業活動は成り立たないので、これは当たり前の話であるのだが、では他にどういう手段があるのかというと、『節電』という声が圧倒的に多いようだ。そしてこの節電行為を促すために『電気料金を値上げ』すればよいという意見も見受けられる。
 
 まず『節電』の方は、政府が節電の呼びかけを行うことによって、どれだけの効果があるのかということを考える必要がある。一般家庭であれば節電に励む良心的な人も出てくるだろうが、意識的に節電できるものはたかがしれている。現在は「オール電化」というものが流行りでもあるので、空調や調理、給湯なども全て電気だけで賄っている家庭も多いだろうから、余計に節電するのは難しいという側面がある。
 節電するものと言えば、テレビを観ないとか、音楽は聴かないとか、パソコンは使わないとか、電話をしないとか、それほど電気代を必要としないものばかりになってしまう。
 「節電」「節電」と言っても、洗濯機を使用せずに手洗いで洗濯している人が何人いるだろうか? 電気シェーバーやヘアードライヤーを使用せずに会社に出勤している人がどれだけいるだろうか? 自発的な節電といっても、せいぜい、部屋の電気を暗くするとか、夜は早く寝るというだけの節電しか行っていない人が大半だろうと思う。
 それに、今回の地震のニュース速報などが気になって1日中テレビは付けっぱなしという家庭も多いはずだから、節電するどころか逆に電気使用料は上がっているような状態だ。それにテレビを観ていなければ「節電してください」というメッセージすらダイレクトに届かない(新聞では届くが…)。
 世間には緊急の情報を必要とする巨大な情報需要が発生しているわけだが、皮肉なことにその情報を得るためにはどうしても電気が必要になる。ラジオであれば電池で動くが、テレビやパソコンは電気無しでは動かない。
 
 現在はエコ家電ブームでもあり、元々電気使用量も昔に比べて大幅に下がっていると思われるので、一般家庭の自発的な節電行為というものがどれだけの役に立つかは疑わしいと言わざるを得ない。太陽光発電や自家発電のできる家庭ならいざしらず、一般家庭では節電するにも限りがあるのではないかと思う。
 
 では企業の方はどうかというと、企業が行える節電も直接に業務とは関係のないものに限られてしまう。パソコンやコピー機やプリンターなどを極力使用せずに仕事を行えと言っても無理がある。企業側もせいぜい照明を節電するぐらいしか期待できないかもしれない。
 
 『電気料金の値上げ』にしても上記と同じ理由で、それほど効果が上がるとは思えない。電気料金は基本的に“後払い”であるので、「電気料金が上がります」と言われても、すぐにはピンとこない人は多いと思う。実際、電気を使用している最中に電気料金を気にしている人はそれほどいないと思われるので、請求書が届いて初めて「高い…」ということになってしまうはずだ。これは携帯電話の利用料金と同じようなもので、よほど高い料金設定にしない限り、節電効果はあまり見込めない。
 
 そういった理由から、電気料金の値上げによる節電効果は、少なくとも電気料金を数倍以上にしないと難しいだろうと思う。しかし絶対的に節電できない電気製品(例えば冷蔵庫)も有るため、いくら緊急時とはいえ、5倍も10倍も電気料金を上げると苦情が殺到することになる可能性も否定できない。
 
 そもそも不運な事故とはいえ、事故の原因を作った当事者である企業が「電気代を上げます」などと言えば、日本社会では“盗人猛々しい”ということになり、「事故を起こした張本人が料金を上げるとは何事だ!」とか、「なんて太々しい企業だ!」ということになってしまい、違う意味でのパニックを誘発してしまいかねない。
 
 電気料金を上げるというのは経済合理的な1つの手段のように見えるが、常識的にはこんな手段は有り得ないと考えた方がいいかもしれない。
 1つ付け加えておくと、人為的に料金を上げるというのは市場原理的な手段というより、社会主義的な手段である。独占企業が強制的に料金を固定するという行為は、市場原理主義者が嫌う計画経済寄りの手段である。需要の高いものは自然的に料金が上がるというのが市場原理であり、無理矢理に料金を上げるのは市場原理を無視した社会主義政策である。競争原理も機能していない電力業界では元々、市場原理は正しく機能していないので、人為的に料金を上げたところで市場原理が機能したということにはならず、実際に機能しないと思う。
 例えば、私の住んでいる地域でも現在は水などのペットボトルは売り切れ状態(流通していない)になっている。こういった需給が逼迫した物の値段が業者を通じて上がるのは市場原理だと言えるが、業者が存在しない電気という物には、市場法則は適用できないということだ。
 
 そうなってくると、最終的には『計画停電』という手段を取らざるを得ないのかもしれない。と言っても、『計画停電』を行うことが良いと言っているわけではない。『計画停電』というのも、その名が示す通り、完全な計画経済政策(社会主義政策)である。人為的に電気使用量をコントロールすれば、必ずどこかで大きな歪みが発生することになる。
 
 ではどうすればいいのかというと、残念ながら現状では絶対的に正しい答えなどはないと思う。今回の事故の場合、試行錯誤を繰り返しながら、対応していくしか方法はないと思える。なぜなら、直さなければならない問題は、事故が発生する以前の問題であるからだ。その問題点とは、“電気を供給する企業が独占企業であった”ということに尽きると思う。
 その地域を管轄する電力会社1社に依存してきた競争のない社会主義的な電力供給システム自体に問題があったわけで、その問題点を改善しない限り、また災害時には同じようなトラブルが発生するのではないかと思う。東京電力がまともに電気を供給することができないのであれば、他の会社が代わりに電力を供給すればいいだけのことだ。しかし、そういった企業が無いということが根本的な問題なのだ。結果論的に事後の対策を練る以前に、事前にそういったリスク回避の根回しを行ってこなかったということが最大の問題なのである。
 
 「原発のような危険物を取り扱える民間企業はない」というような反論が返ってきそうだが、東京電力自体も60万人以上の株主を抱える民間の上場企業である。
 かつての国鉄や電電公社と同じように、競争のない(半官半民の)独占企業だったことが災いしたというのが、今回の問題の本質だろうと思う。現状のままでは、どう転んでも社会主義的な手段で対処するしかないため、何のトラブルもなくスムーズに問題が解決することは難しいと言わざるを得ないと思う。これもまた事故が発生して初めて表面化した日本社会の反省点だと言えるのかもしれない。

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