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「天罰のような地震」と原子力発電の今後

2011031701 東北関東大震災の被害状況の方は未だほとんど把握できておらず、収束する兆しも全く見えないが、原発騒ぎの方だけはようやく落ち着きを取り戻しそう(最悪の事態は避けられそう)な雲行きだ。地震の後、テレビ出演の評論家はもとより、ネット上でも様々なブロガーが今回の地震問題を取り上げていたようで、未だに地震関連の記事を書いていないブロガーは私ぐらいのものかもしれない。

 私自身は特に地震で被災したわけでもなかったのだが、仕事が多忙なことと、騒ぎの最中に被災者の助けにもならない記事を書いてもあまり意味が無いとの判断で敢えて自粛(静観)していた。

 そんな中、石原都知事が今回の大震災を「天罰」だと述べて注目を集めていた。震源が霞ヶ関や永田町であれば「天罰」と言えなくもないだろうが、東北の人に対して「天罰」は少し言い過ぎではないかと思う。
 “人智を超えた地震”という意味では、まさしく「天罰のような地震」だったと言えるのかもしれないが、公人が公衆の面前で「天罰」と言い切ってしまうのはどうかと思う。たとえそれが真実であったのだとしても、都知事選を控えた身には明らかなマイナス発言であったことは否めない。
 
 その想定外の大地震によって、『絶対に安全』と半ば神話化されていた日本の原子力発電所の常識も粉々に破壊されてしまった。想定外の巨大津波が招いた悲劇とはいえ、杜撰な管理体制と後手に回った役人のような対応ぶりには幻滅してしまった人も多いかもしれない。
 元々、7m以上の津波は想定していなかった(防波堤も7m)ということらしいが、放射能という危険物を取り扱っている世界的な大企業であるなら、本当に「絶対に安全」と言えるだけの過剰なまでの二重三重の防御策を用意しておくべきだったのかもしれない。
 この世の中に「絶対に安全」というようなものは有り得ないが、原子力発電所ほど想定外の事態に対応することが求められる場所はないわけだから、「想定外だった」というような言い訳は通用しない。

 『絶対に安全』だとされていた日本の原子力発電所が『絶対に安全ではない』というメッセージを世界に発してしまった事実は殊の外大きい。原子炉を設計製造できる企業は世界にも数社しかないということで、今後、日本を代表する花形技術になると目されていた矢先の出来事であっただけに、その落胆ぶりは想像を絶するものがある。

 東京電力の株価も増資前の3分の1まで下落してしまったが、このままいくと日本国はその株価下落以上の将来的損失を被ることになるかもしれない。世界的な原子力需要から注目されていた日立、東芝、三菱も原子炉製造から撤退を余儀無くされるというような厳しい意見も出ている。実際に日立製作所で原子炉設計を行っていたという大前研一氏もそのような悲観的な推測を述べているようだ。

 しかし今回の地震で表面化した問題点は、原子炉 の“設計技術”自体に問題があったというより、原子炉 の“防御技術”が甘かったという問題であるので、その点を大幅に改善することが可能であるなら、まだ可能性が無くなったとは言えないのではないかと思う。私のような原子力には門外漢の人間が言うことではないのかもしれないが、今回の惨事によって大地震を教訓とするチャンスまで剥ぎ取られ、日本の技術力が地に堕とされてしまうのはあまりにも惜しいと思う。

 原子力発電に対するマスコミの非難が現状のまま続くと仮定すれば、「地震を起こしたのは東京電力だ」というような毎度の魔女狩り世論が形成される可能性があるが、地震を起こしたのは東京電力ではない。こんな当たり前のことを言うのも気恥ずかしいが、その当たり前のことが時に見失われてしまうのが日本社会の悪いところでもある。
 もちろん、東京電力にも大きな責任があることは言うまでもないが、行き過ぎた企業批判によって国益が損なわれるようなことがあっては本末転倒であり、自分で自分の首を絞める結果になってしまいかねないということも併せて考える必要がある。
 多くの被災者は地震と津波によって被災したのであって、放射能によって被災したのではないという基本的事実を忘れてはいけない。放射能が人災で漏れた(と思えるフシもあるが)のであれば、東京電力の責任だが、天災によって漏れたのであれば、東京電力だけの責任ではない。
 
 しかし今回の東京電力問題は、政治家問題と実によく似ている。多くの国民は自分達の生活に影響を与える政治を自ら深く考えずに政治家に丸投げしてきた。同じように、多くの国民の生活に直結している原子力というものについても深く考えずに電力会社に丸投げしてきた。その証拠に今回の事件で初めて原子炉の構造を知ったという人も多いはずだ。恥ずかしながら私もその1人だが、そういった国民の丸投げ体質が電力会社の危機管理能力の低下を招いたと言っても決して言い過ぎではないだろう。
 悲劇的な大震災から学ぶべき反省点は多く、天罰で有る無いに拘らず自省の念ぐらいは持ちたいものである。

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