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ACジャパンの悲劇から考える震災復興策

2011032401 旧公共広告機構として知られるACジャパンのテレビCMが話題になっている。と言っても、良い意味で話題になっているのではなく、悪い意味で批判の対象になってしまっているようだ。
 今回の震災によって民間企業が営利目的のテレビコマーシャルを自粛していることによって、ここのところ、毎日のように「AC(エーシー)」「AC(エーシー) 」とCMが流れていたことは誰もがご承知の通りである。
 さすがに私も、この言葉の連発には何か洗脳されているような気分がして少し嫌気がさしていたのだが、震災の影響だから仕方がないと我慢していた。
 
 しかし世の中には正直(?)な人も多いらしく、「しつこい」「耳障りだ」という批判が相次いでいるらしい。あまりにも批判が多いためか、「AC(エーシー) 」という音声だけ省いた形でCMが流されるようになったみたいだが、音声のみのラジオはそういうわけにもいかないので、車の運転中にも何度もこの言葉を聞くことになる。
 
 ACジャパン側にとっても視聴者からのお門違いの批判はいい迷惑だろうと思う。しかし、いくら公共CMだとはいえ、同じCMばかり流されると、どこかサブリミナル的な意味で無意識のうちに嫌悪感を催す人は多いのではないかと思う。

 モラルの向上を目的とした公共CMというものは、たまに観るから心に響くのであって、こう何度も同じCMを半強制的に観せられたのでは、逆効果だと思う。実際に心が荒立って批判している人が大勢いることがそのことを如実に物語っている。中にはACジャパンに脅迫電話をかけている人もいるらしいので、その悪影響は無視できないものがある。
 海外から日本に初めて旅行に来ている人(あまり多くはないと思うが…)であれば、「日本のテレビ放送は全て国営だったのか…?」と不思議に思っているかもしれない。
 
 震災の影響で企業がCMを自粛するという気持ちは理解できるし、テレビ局も気を遣って公共CMを流しているのだと思うが、何事も行き過ぎると反感を買ってしまうという良い例かもしれない。テレビ局側も徐々に普段のCMに切り替えていくつもりなのだろうと思われるが、視聴者からの苦情も続出しているのだから、この際、現在のCM体制を大きく見直してみるのも1つの手かもしれない。
 
 現在のように震災の影響でテレビを観る人が大幅に増加している時には、テレビCM料金を大幅に上げて、そのCM枠をスポンサー企業に買ってもらい、CM料金(の何割か)を震災の復興費として寄付すればいいのではないかと思う。そうすれば、営利目的のCMであろうがギャンブル系のCMであろうが誰も文句は言わないだろう。企業側にとっても、多くの人に宣伝できるし、企業のイメージアップにも繋がるので一挙両得だ。CMの最後に『このCM料金の一部は被災地への義援金として使用されます』と入れれば特に問題は発生しないと思う。
 
 こういったことを書いても批判する人が出てくるのかもしれないが、震災の復興を1日でも早めるためには、何もかもを自粛するよりも、大々的にお金やモノが動くように切り換えた方が良いこともある。感情的には受け入れられなくても、それぐらいの融通性も持たないと、経済も萎縮し、肝心の震災復興も遅れることになる。
 被災地や被災者を救うためにこそ、自粛していてはいけない部分があることにも気を向けなければいけない。被災地で必要な物(水や食料など)については極力買い溜めなどをせずに被災地に優先的に回すべきだが、被災地に必要のない物は、どんどん買って萎縮ムードを解放した方が良いと思う。

 企業の営利目的であれイメージアップ目的であれ、その費用の一部が正しく被災地に向かうのであれば、この際、目を瞑って受け入れるべきだ。良いと思って行っていること(CMの自粛)が、逆に社会を悪くしてしまっている(震災復興が遅れる)ということも充分に有り得るのである。

 今回の震災によって、当分の間、日本の景気は悪くなるというようなニュースがあちこちで流されているが、実際にこの自粛ムードが必要以上に長引くと、それだけ日本経済のダメージも大きくなる。しかし、こういう時にこそ、普段絞まっている財布の紐を緩めて消費活動を行い、震災によってマイナスとなってしまった分を補うように努めるべきかもしれない。おそらくそういった行動こそが本当の意味での国民全員参加型の震災復興支援策になるはずであり、それができれば日本は、世界からお世辞ではなく本当に賞賛されることになるはずである。そして、日本には幸いにもそれを可能にできるだけの余剰資金が存在している。

 空気に支配された“自粛”を選ぶか、間接的な“支援”を選ぶかによって、結果は大きく変わってしまう。寄付や義援金だけでなく“消費すること”もまた、間接的な復興支援に繋がるのだということを頭の片隅にでも置いておくことをオススメする。

 一応、お断りしておくと、私は震災時に「浮かれて騒げ」と言っているわけではない。震災時であるからこそ普段以上に冷静に物事に対処することが必要だと述べている。「何事も自粛しなければいけない」と思い込むことは、既に“冷静さを失った状態”であるかもしれないという疑問をこそ抱くべきだと述べている。冷静に物事を考えることができる人であれば、理解していただけると思う。

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