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大震災に屈した菅内閣の危険性

2011050801 菅総理が首相官邸で緊急記者会見を行い、「中部電力管轄下の浜岡原発の原子炉を全て停止する」と発表したことは既に周知の通りだが、これに対する国民の反応は真っ二つに分かれている。どちらかというと「支持する」という声の方が多いようにも見受けられる。
 しかし、「支持する」という声が多いというのは当たり前の話で、「支持しない」という声が圧倒的に多いだろうと予想される場合、おそらくこんな発表はしていなかっただろうと思われる。なぜなら、それがポピュリズム政治を地でいく民主党の特徴であるからだ。
 多くの国民の要請があれば、それが正しいものであろうと間違ったものであろうとお構いなしに取り入れて実施してしまう。それがポピュリズム政治の特徴である。
 しかし、今回の場合、多くの国民からそのような要請が現実にあったわけではない(一部にはあったかもしれないが)ので、菅総理が勝手に暴走した格好だ。このような重大な決定を総理の一存で勝手に決めてしまおうという姿勢は、もはやポピュリズムさえも通り越しているように思われる。
 
 今回の菅総理の判断の是非はひとまず置いておくとして、浜岡原発を停止しなければならない理由というのが「極めて起こる可能性の高い東海地震に備えるため」ということになっている。確かに以前から東海地震が発生する可能性が高かったことは事実ではある。今回の地震も本来であれば東海地震となってもおかしくないところだったが、先に三陸沖地震が起こってしまったとも伝えられている。しかし、「日本は地震大国」と言われている通り、大地震は東海地方だけでなく、あらゆる地域で起こる可能性がある。過去の地震頻度を考慮した場合、確率的に東海で起こる可能性が高いというだけであって、次に起こる大地震が東海であるという保証はどこにもないし誰にも分からない。そのことは今回の地震によっても証明されたはずである。
 
 「テロに屈する」という言葉があるが、私が観るに現在の民主党は完全に「震災に屈した」という風に見える。
 菅総理が一国のリーダーとして言うべきことは、次の2つに分かれるはずだった。
 
1、「地震は危険なので、原発を停止して安全を確保する」
2、「地震は危険なので、どんな地震にも耐えれるように原発を徹底的に改善する」

 この2つは似ているようで全く違う。菅総理は今回、前者を選択した。なぜなら、1を選択する方が民衆にウケが良いからだ。しかし、本当の政治的リーダーシップを持った人物であれば、おそらく2を選択しただろうと思う。それは短期的に観れば、民衆からも反発を食らう茨の道かもしれないが、長期的なビジョンで考えれば、本物の政治家として支持されるべき道であると思う。
 地震は全国津々浦々で発生する可能性があるのだから、議論すべきは、「浜岡原発」というミクロ論ではなく、「原発廃止」か「原発維持」かというマクロ論でなければおかしい。と考えると、実は菅総理が述べていることは1でもなく2でもないのである。
 
 これまでにも何回か述べたが、福島原発は地震で壊れたわけではなく、津波で壊れたのでもない。原発の外にあった無防備な安全装置が津波によって破壊されたために、間接的に原発事故が発生してしまったというのが真相だ。
 私は原発推進論者でもなければ、東電関係者でもなく、歪んだ原発行政を擁護しようなどという気持ちはさらさらない。しかし、余計なパニックが発生することによって、日本全体が衰退することを危惧している1個人に過ぎない。
 
 先程、「テロに屈する」という言葉を使用したが、今回の「大震災」を「戦争」に置き換えて考えると、まさしく菅総理の思考は“敗者の論理”だということがよく解ると思う。
 今回の津波を、守りの城壁が弱かった(または低かった)ために、敵軍に城壁をよじ登られ、多くの被害者を出してしまったと考えれば、どうだろう?
 その際、城壁を強く(または高く)すると考えるのが“勝者の論理”であり、城壁から撤退しようというのは、どう考えても“敗者の論理”である。要するに、菅総理には「逃げる」という発想だけで「攻める」という発想が無いわけだ。このことは経済政策についても同じことが言える。経済成長政策が全くなく、ジリ貧の増税政策しか出てこないところを観れば一目瞭然だ。
 
 大震災で多くの国民が気力を失っている時に、一国のリーダーに必要なことは、“震災に立ち向かう”という前向きな態度であって、“震災から逃げる”というような後ろ向きな態度であってはならないはずだ。
 現在の日本経済に本当に必要なことは、震災をバネにして発展を目指すという復興政策であり、震災に身も心も萎えて衰退国家を目指すというような安全政策ではない。
 
 「大震災」を「戦争」に置き換えたついでに、「原発事故」を「北朝鮮からのミサイル」に置き換えて考えてみると、菅総理の思考がいかに危険なものかが解ると思う。
 
 「北朝鮮からミサイル攻撃されたので、これ以上被害を増やさないために、抵抗するのは止めます
 
 一国の総理から、こんな後ろ向きな言葉を聞いたとすれば、あなたはどう思うだろうか? その言葉はまさしく「テロに屈した」ことを意味する。
 「テロに立ち向かう総理」と「テロに屈する総理」がいたとすれば、あなたはどちらを支持するだろうか?
 
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