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“ヤブ医者の論理”から生まれる増税政策のオンパレード

2011061901 東日本大震災が発生した当初から予想されていたことだが、政府は『震災からの復興』という、およそ誰も逆らうことができないクリーンな目的を前面に押し出し、あらゆる税金を押し上げようと画策しているように見える。昨日開かれた政府の「復興構想会議」では、所得税の増税まで行う方針を明らかにしたようで、この先、増税政策のオンパレードとなりそうな雲行きだ。
 
 しかし、増税に“絶好のタイミング”というものがあるとすれば、それは不況の時ではなく、好況の時である。例えば、バブル経済の真っただ中にあるような時には多少の増税を行ったとしても、それほど悪影響は発生しない。そういう時であれば、増税しても、税収は予想以上に伸びる可能性がある。好況時の増税は、過剰なバブルの引き締め信号とも成り得るので、バブルをソフトランディング化させるという意味でもプラスに働き、まさに絶好のタイミングだとも言える。
 
 これとは逆に、不況時に増税を行うというのは、禁じ手であり、税収は思った以上に増えずに、全てが悪循環に陥ることに繋がる。不況時に増税を行うと“増税スパイラル”という新たな大不況の到来を呼び込むことになる可能性が高いが、現在の日本はその大不況の扉の入口に立っており、民主党がその扉をこじ開けようとしているように見える。
 
 よく言われるように経済における「お金」とは人間の身体に喩えると「血液」のようなものである。そして「景気」とは「血液の流れ」に喩えることができる。
 
 人間の身体は血液が正常に流れていることによって健康が保たれているということは誰もが認知している常識だ。身体の内部に血液の流れを妨げるものが存在すると、人間の身体は直ぐさま不健康(=病気)に陥る。血管の外にある腫瘍等が血管を圧迫したとしても、血管の中にあるコレステロール等が血流を塞いだとしても、健康は損なわれることになる。
 
 今回の東日本大震災を人間の身体に喩えるとすれば、両手両足のいずれかが骨折し、その部分に血液がほとんど流れていないようなものである。
 元々、様々な規制や不況の煽りを受けて正常に血液が流れていなかった不健康な人物が、交通事故に遭い、右足を骨折して入院しているというのが現在の日本経済の姿であると言える。その場合に必要なことは、骨折した部分に正常に血液が流れるようにすることだ。そのためには、他の健康体である部分が活発に経済活動を行い、血液の量を増やし、血液の流れをスムーズにすることが必要になってくる。
 
 しかしこの国で真っ先に行われたことは「自粛」だった。経済活動を低下させることが善であるかのように実行されたわけだ。そして代替手段が無いにも拘わらず、原発は危険だという理由だけで、電気の供給量を下げる原発停止をあっさりと受け入れてしまった。電気の供給量が低下すれば、経済活動も低下する。つまり、血液の量が減少し、血液の流れが悪くなる。
 
 そして、血液の流れが悪くなったという理由で、増税を正当化しようというのが、現在の政府の発想だ。これでは、ただの“ヤブ医者の論理”である。

 大怪我をして血液が足りない患者に真っ先に行われることとは何だろうか?
よくテレビの医療ドラマでも、そういった急を要する患者が病院に運ばれてくるシーンを観たことがある人は多いと思うが、そこで医者が言う台詞は大抵、次のようなものであるはずだ。

 「輸血する必要があります

 そう、つまり、“外部から血液を入れる”という応急手段である。
 
 増税というものは、外部から血液を入れる手段ではなく、身体の内部の血液を無理矢理に持ってくるという手段である。正常に血液が流れている健康体であれば、そういった手段も成り立つだろうが、先にも言ったように、現在の日本は血液の流れが悪い不健康体なのだ。そんな状態で身体の内部にある血液を分け合っていたのでは、ますます不健康になるだけであり、健康体に回復する可能性すら奪われることになってしまう。これぞまさしく“ヤブ医者の論理”である。
 
 現在の日本に…と言うより、不況に陥った国で必要なことは、血液の量を増やし、血流をスムーズにすることである。血液の量を増やすためには経済活動が盛んに行われなければならず、血流をスムーズにするためには、血液の流れを遮断している障害物を取り除かなければならない。それが直ぐにできないのであれば、大量の輸血を行って応急的に血液を増加させる必要がある。
 その両方を可能にする政策とは、経済成長政策に他ならない。この際、復興を目的とした公共投資も並行して大々的に行うべきである。
 
 公共投資に関しては多くの批判もあるかもしれないので一応、先に述べておくと、公共投資と言われるものには『公共バラマキ』と『公共投資』の2つが存在する。日本で批判の対象となっているのは前者の『公共バラマキ』という偽りの公共投資であり、本来の公共投資とは、その名が示す通り「投資」である。
 穴を掘ってまた埋めるというようなケインズ的な公共投資ではなく、将来的に富を生む投資であれば批判の対象とはならないはずだ。
 将来的に富を生む公共投資であれば、増税するよりは余程まともな経済政策であると言える。そして、それが行えるのは政府だけだ。
 しかし、民主党には与党になった当初から増税ありきで経済成長政策が全く無いことはよく知られた話である。
 
 これまでの日本経済は供給過剰の状態であり需要が足りないという理由から不況に陥っていたが、大震災を契機として、供給不足という状態が発生した。つまり、突発的に需要が有る状態にスイッチングされたのである。しかし、運の悪いことに、電気が満足に使用できなければ需要を満たすことができない。
 景気を改善軌道に乗せるまたとないチャンスが訪れているにも拘わらず、そのチャンスを活かすことができないという二進も三進もいかない悪循環に陥っているのが現在の日本経済の有様だと言える。それは、出血多量の患者を前にして、血液のストックが充分に有るにも拘わらず、輸血ができずに右往左往している医者のようなイメージを彷彿とさせる。
 
 現在の日本で増税論などを唱えている人物は、紛れもなく“ヤブ医者”である。
 “ヤブ医者に命を預けることほど危険なことはない”という当たり前の経済認識が常識として定着しなければ日本経済は衰退する一方である。
 
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