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新ことわざ「民主党の耳に経済政策」

2011092901 インターネット上の復興増税アンケート等でも、「増税には反対」という人が圧倒的に多数を占めているようだが、どういうわけか民主党内では「初めから増税しか選択肢は無い」という感じで話が進められている。
 民主党の中にも増税に反対している人はいるそうだが、主だったメンバーはこぞって増税教の信者であるらしく、完全に「官主党」になってしまっているように見える。

 現在のような不安定な経済状況下で増税などを行えば更なる不況を呼び込むことになるということは、既に多くの識者達が述べており、少しでも経済に理解のある人々にとっては常識となっているが、経済音痴を地でいく民主党首脳陣にとっては馬耳東風であるらしい。「馬の耳に念仏」とはよく言ったものだが、「民主党の耳に(まともな)経済政策」は響かないようだ。

 前回、日銀がお金を刷っても(バラまいても)インフレにならないと述べたが、この際、その理由をもう少し簡単に説明しておきたいと思う。お金というものを考える場合、日本全体として考えると話がややこしくなるので、日本というものを1つの家庭に置き換えて考えてみると分かり易いかもしれない。

 もし、あなたが自宅に100万円の現金を持っていたとして、ある日、そのお金を小火(ぼや)で消失してしまったとしよう。その場合、焼け跡からお金の一部でも見つかれば、銀行で新しいお金に交換してくれるかもしれないが、全く灰燼と化してしまった場合、途方に暮れるしかない。
 今回の東日本大震災というものも、これと同じようなもので、お金が一瞬にして消失してしまったような災害事件であり、その失われたお金をどうするのか?ということが問題になっているわけだ。(注意:この場合の「お金」とは字義通りの「お金」だけを意味するのではなく、「失われた資産全て」を意味する)

 あなたは100万円を小火で消失してしまったが、どうしても諦めがつかず、そのお金を取り戻すために銀行に駆け寄って、「お金が燃えてしまったので、再発行してもらえませんか?」と尋ねたとしよう。
 すると、どういう返事が返ってくるだろうか?

 おそらく「それはできません」と一蹴されるだろう。

 個人の場合であれば、これは止むを得ない。本当に小火が起こったのかどうか判らないし、お金も本当に失ったのかどうか判らない。法的にも問題があるだろうし、詐欺である場合も考えられるので、銀行もそう簡単にお金を工面するわけにはいかない。
 しかし、これが国家的な大事件であった場合はどうだろう? 明らかに大地震や大津波によって、多くの人々のお金(資産)が一瞬にして失なわれたということが誰の目にも明らかな場合はどうだろう?

 集団の場合であろうと個人の場合であろうと、一瞬にして消失してしまったお金を再発行しても、世間に出回っているお金の総量は変化しない。消えてしまったお金を再発行するという銀行の善意ある行動(?)によって、その損失を無かったことにすることは理屈の上では可能である。超法規的にそういった処置を施せば、少なくとも経済的な損失だけは最小限に抑えることができるというわけだ。
 
 洗濯機で財布の入った服を洗ってしまうと、お札がボロボロになってしまうことがあるが、そのお札の何%かが原型をとどめていれば、その残った比率によって新しいお札と交換してもらえる(参考サイト→ 紙幣が破損した場合の交換基準)。なぜ交換できるのかと言うと、旧札と新札を交換する場合と理屈は同じで、交換するだけなら、お金の総量は変化しないからだ。
 
 この理屈を今回の震災に当て嵌めてみれば、どうだろう? 交換するだけなら問題ないのであれば、失われたお金を刷り直しても問題ないということになる。
 要するに、今回の震災復興資金問題とは、極論するならば、消失してしまったお金を元に戻すかどうかという、ただそれだけの問題であり、インフレなどとは全く次元の違う話なのである。

 あなたが100万円を本当に小火で失った場合、そのお金を銀行が刷った(実際に印刷する必要はない)としても誰も損はしないし得もしない。少しだけ銀行の手間がかかるだけだ。
 元々、存在したお金を発行するだけなのだから、経済に与える影響は全くない。逆に言うなら、発行しなければ、みすみす100万円の国富を失うことになってしまう。100万円を失った消費者は100万円分の消費を控えなければならないのだから、これは当然の帰結だ。

 「お金を刷ればインフレになるので増税するしかない」と言っているような人々は、先程の小火で100万円を失った人に対して、「お金がジャブジャブになるので100万円は近所の人々から集めるしかない」と言っているようなものである。しかし、お金の失い方には様々な違いがあることを知らねばならない。

 1、100万円を盗まれた。
 2、100万円をギャンブルでスってしまった。
 3、100万円を無駄遣いしてしまった。
 4、100万円を火事で消失してしまった。

 上記の4つのケースは、同じように見えて実は違う。1から3の場合は、経済活動を通してお金を失ったわけだから、結果的には所得の移転が行われている。(窃盗行為は経済活動ではないかもしれないが、所得の移転が行われていることに違いはない)
 しかし、4の場合は、文字通り、お金が消えてしまったわけだから、そのお金を追加刷りしても何の影響も及ぼさない。つまり、わざわざ他人から100万円を掻き集める(=増税する)必要は無いということである。

 まだ解らないという人がいるかもしれないので、物凄く極端な例で話をしよう。
 ある日、日本中のお金が忽然と全て消え失せてしまったとすれば、人々はどうするだろうか? 物質としてのお金という紙切れが無くなることで、はたして日本の富自体が全て失われたことになるだろうか?
 答えはノーだ。この場合、お金が元通りの量になるまで、せっせと刷ればよいだけの話(あくまでも理屈の上の話)である。なぜなら、お金は盗まれたわけではなく、使用したわけでもないからだ。自然災害によって消え失せたお金と、経済活動によって失われたお金は根本的に違うものであり、本来ならば、同じ基準を適用する必要もなければ、適用する意味も無いのである。

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コメント

震災で失われたのはお札ではなくて現物資産(いわゆる「財」)である。本論は、お札(貨幣)と貨幣以外の財とを混同している点で初歩的な誤りを犯している。

確かに、失われたのが財ではなく、お札であれば、お札を再交付すれば良いという論は正しい。

しかし、震災のように土地・家屋・自動車・家財道具などの財が失われた場合は事情が違う。そのような場合に、お札を発行することは無意味どころか著しく有害である。と言うのも、財が失われたことで希少価値により財の価格は上昇する(実際、被災地では自動車の価格が上昇した)。そんなときに通貨を発行するのは、ますます物価を上昇させることになる自殺行為である。

今一度、経済学の基本を勉強された方がよろしいかと。

投稿: 生兵法は大怪我の素 | 2011年10月23日 (日) 19時48分

生兵法は大怪我の素様

コメント、有り難うございます。

>しかし、震災のように土地・家屋・自動車・家財道具などの財が失われた場合は事情が違う。

 なるほど、震災で失われたものは「財」ですか。しかし、震災で失われたものは「お札」や「財」だけでなく「命」も入ります。そういったもの全てを取り戻すことはできませんので、私は「経済的な損失だけは最小限に抑えることができる」と書いたはずです。

>財が失われたことで希少価値により財の価格は上昇する(実際、被災地では自動車の価格が上昇した)

 中古車の価格は被災地だけでなく、その他の場所でも価格が上昇しました。それは震災で自動車の数が減少したからというよりは、被災地での自動車需要が一時的に高くなったためと思われます。その需要が埋まれば、また価格は元に戻るはずです。元々、存在したものが消えてしまったわけですから、その財を取り戻したいという人がいれば需要と供給の原理で一時的に価格が上がるのは当然の現象です。自動車の価格は上がりましたが、住宅の価格は上がっていないことがその証明です。

>そんなときに通貨を発行するのは、ますます物価を上昇させることになる自殺行為である。

 実際に消えてしまった通貨(間接的には「財」も含む)だけを発行するだけなら、物価は上がらないと思います。むしろ、安易な増税による震災復興こそが自殺行為だと思いますが…。

投稿: 管理人 | 2011年10月23日 (日) 22時54分

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