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『反原発デモ』から『反格差デモ』へ

2011101601 ニューヨークのウォール街に端を発した若者の『反格差デモ』は世界中に飛び火し、ついには日本(六本木)でもデモが行われたらしく、なにやら妖しい(?)ムードが漂っている。
 
 東日本大震災による原発事故が発生してから『反原発デモ』が世界中で行われたかと思っていると、今度は『反格差デモ』が流行り出し始めたようだ。この2つのデモは一見、関連性が無いように見えるが、バックグラウンドには同じような思想が蔓延っているような気がする。その思想についての言及は今回は置いておくとして、日本の格差問題について少し述べておきたいと思う。
 
 「格差を是正せよ!」というデモが行われる背景には、単純に「富んだ者と貧しい者の差をなんとかせよ」という思いがあるわけだが、今回のデモ発祥の地であるアメリカなどの企業の場合、社長(取締役も含む)と社員では100倍以上の収入格差があることはよく知られている。常に大きな経営リスクと隣り合わせの経営者が平社員と同じ給料ではやっていられないというのはその通りだと思うが、日本などに比べると100倍以上というのは少々行き過ぎの感はある。
 そういった過剰な格差を少し緩和せよというデモであればまだ理解できるのだが、日本の場合、社長と社員の収入格差はせいぜい数倍程度であり、その格差を同程度にせよというのは無茶な話であると思う。
 アメリカから見れば、日本の格差などは無いに等しく、デモが成功したとしても日本のように数倍まで収入格差が縮小するなどということはまず有り得ないと思う。
 
 日本の場合、格差の元凶となっているのは、経営者と従業員間の格差ではなく、むしろ企業間や従業員内での格差である。欧米では当たり前となっている同一労働同一賃金が無視され、学歴や企業の規模などによって労働における待遇が大きく違うことが日本の格差問題の本質である。ということは、日本で行われるべき反格差デモは、欧米とは違い、「学歴社会や年功序列を廃止せよ!」というような日本独自のものでなければならないということになる。

 日本の歪な労働格差を是正するためには、皮肉にも日本人が嫌う「実力主義」や「能率主義」を導入しなければ何の解決にもならないということである。
 しかし、仮にそういった能力給制度を導入すると、今度は、「能力の違いによって格差が発生するのは問題だ」ということになるのが日本という国である。結局、どっちに転んでも、結果の平等を求めた格差是正論が出てくるので、一向に問題が解決されることがないわけだ。
 
 ちなみに、年功序列制度が未だにまともに維持されているのは、公務員と大企業だけである。それゆえに、「年功序列制度は格差問題の本質ではない」という意見をしばしば耳にするが、これはある意味で間違いである。その論理が成り立つのは、その中小企業がどこからも下請けとして使われていない場合だけである。 
 多くの中小企業では既に年功序列制度は崩壊してはいるが、その多くの中小企業は大企業の下請けをしているわけだから、マクロ的には年功序列制度下にあると言える。
 中小企業内では年功序列制度は機能していないが、大企業内では機能している。しかし、その両者に股がって仕事は行われている。つまり、見えない年功序列制度内にジョイントされているのが日本の中小企業の姿なのだ。実はこれこそが、格差問題の本質であり、同一労働同一賃金が実現できない理由なのである。
 
 「では、公務員は関係ないのか?」と思った人もいるかもしれないが、もちろん関係がある。公務員の年功序列制度を維持するために、民間のサラリーマン(大企業も含む)は、税金としてその費用を支払わされている。
 要するに、年功序列制度を維持するために、大企業に対しては下請けの中小企業が同一労働同一賃金でない部分を奪われていることになり、公務員に対しては民間の全企業が税金として奪われていることになる。つまり、日本の年功序列制度は見えない形で未だに維持されているのである。
 
 日本で反格差デモに参加している人々が、そういった日本の労働問題のことを理解した上で参加しているのかというと、極めてあやしいと思う。その証拠に、デモで見られるプラカードに「格差」や「貧困」という言葉を見ることはあっても、「年功序列」とか「学歴社会」という言葉は見られない。
 
 「格差」という極めて抽象的なイメージに感応してデモ行為を行っているだけだとすれば、残念ながら何の解決にもならない。その問題を解決するための具体的な考えが基になった行動でない限り、デモ行為自体に真実味がなく、単なるムードだけで動かされたデモごっこにしか映らない。厳しい言い方かもしれないが、方法論なき理想論や結果論をいくら叫んだところで無意味だということである。
 
 最後に一言述べさせてもらうと、先述した『学歴社会』や『年功序列』というものは、穿った見方をすれば日本の官僚組織を維持するためのシステムだとも言える。「大企業の官僚化」という言葉もある通り、こういった社会的な問題の根底には、常に官僚組織というものが頑として横たわっている。
 本来、反格差デモのプラカードに書かれるべき言葉は「格差」でも「貧困」でもなく、「官僚」という言葉なのかもしれない。
 
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