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性悪説論者と社会主義者の類似性

2011121001 世の中には“性善説を唱える性善説論者”と“性悪説を唱える性悪説論者”の2種類の人々が存在する。性善説と性悪説については様々な諸説が有るので、どういったものが性善説であるか性悪説であるかの判断は難しいが、ここでは単純に、人間は生まれ持って性善なるものか、それとも性悪なるものかという判断に基づいて話を進めようと思う。

 まず、私自身は基本的には性善説論者だと思っている。世の中には何でもかんでも白黒をハッキリさせないと気が済まないという人もいるが、私の場合、白の中にも黒が有り、黒の中にも白が有るという考えを持っているので、「この人は善人、あの人は悪人」というように白黒を付けるのはあまり好きではない。

 一方、性悪説論者と言われる人々は、何でもかんでも白黒を付けたがるという精神的特徴を持っているように見える。「白黒を付ける」というのは、言葉を変えれば「レッテルを貼る」ということなので、性悪説論者というのは人間的に観ても好き嫌いが激しいタイプの人なのだろうと思う。

 この世に完璧な人間などいないのだから、人間的に完全に真っ白な人間などいないだろうし、その逆の完全に真っ黒な人間もいない。人間に対して明確に白黒をハッキリ付けるという行為は、人間というものの評価を“四捨五入”しているということである。それは同時に、人間というものが成長(または変化)する存在だということを無視した姿でもある。
 「50点以上は白」、「50点以下は黒」といった具合に、自らの尺度で人間をバッサリと切り分けているのが性悪説論者と言われる人々の姿だと言える。先述したように、性悪説論者というのは他人にレッテルを貼ることを好む精神を持ち合わせた人々(=レッテラー)だと言うことができると思う。

 このレッテラーというのは、実は社会主義者の精神的特徴でもある。彼らは、「人間は元々、性悪な生き物だから管理しなければ人間として正しく生きることができない」というようなメンタリティーを心の内に抱えている。その思考形態は、「お役人」と呼ばれる人々の精神構造とも軌を一にしている。

 日本では、高校を卒業するまでの間は、基本的に社会主義教育の中で生活することになる。「義務教育」と言えば聞こえは良いが、強制的にコンクリート校舎の中に閉じ込めて教育を行うという点だけ見れば、明らかに社会主義教育である。(高校は退学する自由が認められているので、正確には社会主義教育とは言えない部分があるかもしれないが…)
 そしてその後、大学や専門学校に入学することによって、ほんの少しだけ自由主義教育の空気に触れることになる。

 私も経験があるが、大学に入学して初めて教育というものに“自由”という空気を感じた。受講科目を自分の意思で選択でき、出欠も自分に任される。この当たり前の単純なことにある種のカルチャーショックを覚えたことを記憶している。

 多くの人々にとって、本当の自由を満喫できるのは、「レジャーランド」と言われて久しい大学や専門学校の中にいる時だけなのかもしれない。そういう意味では、この時期というのは貴重な時間なのだろうと思う。

 例えば、小中高大と全て国公立の学校に通い、組まれたカリキュラム通りに授業を受け、その後そのまま公務員になったというような人であれば、実体験として自由教育や市場経済というものを経験していないとも言えるので、社会主義しか知らないということも有り得るということである。

 頭脳は明晰でも、実体経済の中にその身を置いた経験のないお役人がトンチンカンな経済音痴政策ばかりを繰り出すのも、結局のところ、身も心も社会主義にドップリと漬かり過ぎている(しかも本人はそのことに気付いていない)せいだと言えるのかもしれない。
 社会主義教育しか受けてこなかった人物が、市場経済の舵取りを行うことの危険性は言うに及ばないが、当人達は自らが社会主義教育しか受けてこなかった生っ粋の社会主義者であるということなど夢想だにしていないのかもしれない。
 そんな人々が今度は教育する側に立って、無意識的に社会主義教育を行い、国民の思想を真っ赤に染めていくことになる。
 
 本当の自由教育とは、国民が主役の教育のことであり、選択する自由が与えられていない教育のことを自由教育とは呼ばないことは明白である。
 「国民達を管理せずに放っておくと、きっと悪さをするに違いない」というような性悪説的な思考に基づいた管理教育とは、実は社会主義教育のことなのである。
 
 一応お断りしておくと、私は義務教育自体を否定しているわけではない。最大の問題点は、ほとんどの国民が現在の日本の教育が社会主義教育だと認識していないと思われることにある。つまり、実質的に教育における選択の自由が与えられていないことが問題なのである。
 
 あなたがもし性悪説論者であるならば、「自らは社会主義者に近いタイプの人間であるかもしれない」という疑いを1度持ってみることをオススメする。
 
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