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ルネサンス(再生)を放棄した『相続税100%』という愚策

2012031701 少し前に、「維新八策」の『資産課税』についての批判記事を書いたところ、その後、何日かすると偶然にも『資産課税』の取り止めニュースが流れた。『資産課税』の反対を訴えかけていたブロガーは数多くいたので、あくまでも偶然に過ぎないが、2度目の偶然(2匹目のドジョウ)を狙って、今回は維新八策の『相続税』について書いてみたいと思う。

 率直なところ、私はてっきり、『資産課税』を取り止めたのであれば、そのうち、『相続税の強化』の方も取り止めるのではないかと思っていた。しかしながら、その楽観的な推測とは裏腹に、先日(3月9日)、大阪維新の会が「不動産を含む遺産の全額徴収」を検討しているという報道があった。
 
 大阪府の松井知事は、『資産課税』を取り止めた理由を、「富裕層が(国外に)逃げる可能性がある」と述べていたが、『相続税を強化』することによっても同じような現象が起こる可能性が有ることには気付かれなかったのだろうか?
 
 富裕層の国外逃避を避けるために資産課税を取り止め、その代わりに相続税を強化すると言うのであれば、論理的にも筋が通っておらず、矛盾を抱えたチグハグな政策だと言わざるを得ないと思う。それに不動産にまで課税強化が為されるとなると、合法的に課税を免れる手段が極めて少なくなってしまうため、資産を失いたくないという富裕層は、より一層、国外へ逃げ出す可能性が高くなる。

 簡単に言うと、現在、生きている人間の資産(預貯金)に課税するのが『資産税』であり、死亡した人間の資産(遺産)に課税するのが『相続税』である。つまり、これらは本来、2つで1セットの『資産没収税』という側面を持っており、どちらか一方を否定し、どちらか一方を肯定するような代物ではないということである。
 
 資産課税の場合、消費活動を行うことによって課税を免れることができるが、相続税の場合、その課税を免れた資産にまで課税されることになる。この2つの税金がタッグを組むと、個人が財産を持つ(残す)ことを否定した完全な社会主義国家が出来上がることになる。幸い、資産課税は取り止めになったものの、相続税が100%になっただけでも日本経済に与える悪影響(ダメージ)は測り知れないものがある。

 維新の会が提唱する「一生涯使い切り型人生モデル」などというものは、裏を返せば、「資産を生きている間に使い切ってしまった人々の面倒をみる福祉社会」のことを意味する。それは国が国民の資産を完全管理するという共産主義国家の人生モデルとほとんど変わらないということである。

 個人が財産を持つ(残す)ことを否定するような思想が蔓延すると、個人が自己の能力を磨き、お金儲けに精を出すというインセンティブが消失してしまうことになる。努力した成果が全て国家に没収され、その富を平等に分け合うなどというのは、どこぞの崩壊しかかった共産主義国家の体制そのまんまである。

 14世紀のルネサンスの時代には、多くの芸術家が生まれ、多くの文化が花開いたが、その文化の誕生の背景には、多くの「パトロン」と言われる裕福な人々が存在した。個人の才能に対して投資するという人々がいたお蔭で多くの才能が花開いたということである。
 相続税を100%にするということは、そういったパトロンのような人々を世の中から無くすということでもある。当然、起業家が生まれる余地も大幅に狭められることになる。そんな社会で新しい文化が生まれるかどうかは、敢えて問うまでもないだろう。
 
 突き詰めて言うなら、現代の政府の役割とは、実はパトロンに成ることにある。才能ある個人、言い換えれば、富を生み出す能力に秀でた人間を経済的にも環境的にもサポートし、その個人が生み出した富の一部を投資家として間接的に社会に再分配するのが本来の政府の役割だとも言える。
 その政府が、個人をサポートするどころか、個人の才能を閉ざすような政策を実施し、個人のやる気を削ぐようなことを行っていたのでは、経済成長など夢のまた夢になってしまう。

 維新の会のメンバーも悪気があってやっているのではないと信じたいが、相続税100%などというのは、あまりにも無茶苦茶な政策であり支離滅裂もいいところである。個人が汗水たらして(又はリスクを背負って)働いて貯めた資産を最終的に1%も自由に扱うことができないなどという政策は、維新の会が標榜する“自立”とは真逆の政策だとも言える。

 「生きている間にお金を使わなければ損だ」というようなインセンティブを人為的にこしらえたところで、景気が良くなるのは、せいぜい数年間だけであり、そこから先は坂道を転げ落ちるように衰退の渦の中に巻き込まれて行くことになるだろう。なぜなら、そういった政策は人間の自由意志を無視した計画経済政策でしかないからだ。
 実に皮肉なことではあるが、計画経済などというものは、基本的には資本主義の精神が根付いた国でしか機能しない(仮に機能したとしても一過性のものでしかない)。
 国民の自由意志を奪う相続税100%政策などが実施されれば、その資本主義の精神自体も失われることになるため、必ず失敗することになる。

 維新の会は、国民の資産を人為的にどうこうするというような発想は捨てて、国民の自由意志に委ねる政策に切り替えた方が良いと思う。どうせなら、「相続税0%」に切り替えることをオススメしておきたい。

 近い内に『相続税の強化』が取り止めになることを期待して筆をおきたいと思う。

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「経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

仰るとおりですね。

死んだ時に持って行かれるなら、死ぬ前に持ち出しておこう、と考えるのが自然ですから。

「相続税0%」なら、相続税がある国の人が、死んだ時に子供に残せるから、日本に移しておこう、と考えてくれるかもしれませんよね。

投稿: 紫力 | 2012年3月18日 (日) 16時53分

そもそも、管理通貨制度によって貸し出しされている、交換用のツールでしかない紙を抱え込むために働くのがおかしいんですよ。
一方で、貨幣だけでなく、物財への相続税というのは、財政再建に必要がないので、そこへの課税をしてはならない。

投稿: クロコダイルPOP | 2012年3月19日 (月) 00時51分

相続税や資産没収に賛成という訳ではないのですが...

今の日本の現状を見てみましょう。東証に名を連ねる企業の経営者や株主は「起業家」ではなく、既に2世3世です。子息は起業家ほど付加価値を生み出さないばかりか、相続した資産を使って政治的に既得権益を保持し、新たな起業家の芽を摘んでいるとしたらどうでしょうか。

仰る通り起業家のインセンティブを削ることには賛成できませんが、日本の現状だけを考えればもはや起業家ではない既得権益層から資産を引き剥がし、少なくとも日本の発展を妨げる使い方をしないようにすることも短期的には必要ではなかろうかと考えます。

資産没収が最良の方法かどうかは分かりません。選択肢の一つとして議題に載せる必要はあると思います。少なくとも代替案無しに否定するべきではないのではないでしょうか?

投稿: hash | 2012年3月20日 (火) 08時55分

こんにちは。

パイを増やす(或いは減少を押さえる)という量の増減の観点がなければ「資産の海外流出」に考えが及ばないはずですが、確かに資産課税を思い留まる一方でこの案はおかしなはなしです。
問題は課税割合なのか課税対象なのか(又は双方)「それ以外の何か」ということでもあると思いますが、現実的に100%という政策提案があればオールオアナッシングの不毛な議論になってしまいますよね。
富の再分配に対して自由主義を対極に据えがちですが、策を吟味せず富裕層への課税を支持する人は単なるルサンチマンであり、主張が同じでも別物という認識さえ薄い気がします。
「計画経済政策」という定義がどこまでかということもありますが(僕も含め)そういう国民性が根本で変化しない限りやはり必要だと思ってしまいます。
「船中八策」のこの提案を支持する人達が(いれば)それを物語っているといえます。
日本も今後は労働階級であってもオールオアナッシングや短絡的でなくそれぞれの「考え」が反映された議論を期待したいです。
そういった意味でクロコダイルPOPさんのコメントには得心させられます。

投稿: にのいもちみ | 2012年3月20日 (火) 16時06分

税金による歳入を財政再建に使うこと、それから公務員給与を含む公的支出の削減は、お金の動きを俯瞰してよく見ると、法人税の増税を代換するんですよ。
公的支出は民間企業の売り上げに貢献してますから、削減されることで民間企業の収益を減らします。
法人税との違いは、一旦売り上げとなったお金から徴税するか、売り上げ自体を減らすかだけで、どちらも企業に入るお金が減ることには違いがないっていう。
市長や議員が給与を返還というのが、ちょっとした流行になってますが、あれも公的支出の削減ですから、法人税増税と相似します。
誰かが貨幣収入を得るためには、別の誰かが貨幣を手放さばければならない、というのが真実である以上、ルサンチマンであろうとなかろうと、貨幣の温存は資本主義の維持継続発展を阻害します。

投稿: クロコダイルPOP | 2012年3月21日 (水) 00時22分

まず、こちらのブログ主さん
コメント欄でのやりとり申し訳ありません<(..)>

クロコダイルPOPさん

まさか稚拙なコメントに返信を貰えるとは思わず
「ルサンチマン」のワードにハッとしました。

労働階級は自分への揶揄ですが、
複雑な経済と税の仕組みを考えないルサンチマンでもあります。
お恥ずかしい話ですが流れを画にしてみると、結局会社の財務諸表のようになるんですね。

あつかましいのを承知で労働者の目線での疑問です。
それなら現状は公でも民でも個人が一定の貨幣を貯蓄として内部留保するとしたら、
企業への間接税で徴税できうる公の方に溜まってしまうことはないですか。

仕組みが一緒でも多くの労働階級は公共工事の人足で生活していたので、
日雇いなら、その賃金は100%近く短時間で流通するはずです。
 (日給)月給制も現金で受取るので、今はすっかり見受けませんが、
給料日(大体5日か10日)地元の飲食店などは職方達で一杯でした。
特に独身の若い職方達は給料日にほとんど使ってるのもいました。
賢くてお堅い公務員が現場作業員のような消費行動をするとは思えず、
「どちらか」という選択なら公務員給与の方がマシな気がします。
まぁ、経済学の㋘の字も知らない親方達も「金は使えばその分返ってくる」と繰り返してましたから。
そういえば、「金は天下の――」と言う言葉、すっかり聞きませんね。
現金が動かず電子マネーになったのも一つの原因でしょうか。
一度は災害のようなハイパーインフレでも経験しないと
殆どの日本人は貨幣の価値を認識できないと思ってしまいます。

とにかく勉強になりました。素人考えですのでご容赦ください。

投稿: にのいもちみ | 2012年3月22日 (木) 00時59分

すいません。前の記事のコメント欄に答がありますね。
そうなると、非正規労働者を日雇い式で公務員扱いにすると良いかも。
失礼しました。

投稿: にのいもちみ | 2012年3月22日 (木) 01時08分

GHQが確認したルターの手紙

94年から松戸市などの新聞店の協力で第2・4(日)に発刊し
柏市教育委員会の後援の下に月一回の活動を
新聞頒布地域限定で行って来た=森の講座=は
開講から家族連添って参加される方が多く
東京水産試験場の加藤氏や自然環境研究センターの千石氏に
博士山ブナを守る会々長の菅家氏に由る記念講座と
企画委員会事務局長の糸屋の特別講座を
省庁に都と皇宮や赤旗・聖教・リビングの代表も受講されました。

投稿: 環境大学新聞 | 2012年3月22日 (木) 14時26分

>にのいもちみ
>結局会社の財務諸表のようになるんですね。

たとえば、納税あるいは徴税によって、国内のお金は減りも増えもしてません。
国民の納税によって国家に移動したお金は、ほぼ全額公的支出されることにより、毎年、国民に移動するだけのことです。
ただし、ご存知のとおり、税収より遥かに多額なお金が公的支出で国民に使われてきたのが、日本です。
失われた20年と言われる『不況期』において、前半の10年は国民の個人資産を増やし、後半10年は民間企業の現金預金を増やしました。
その財源のすべてとは言えませんが、資産増加のほとんどが、税収より大きな公的支出を財源としてきたのです。

投稿: クロコダイルPOP | 2012年3月25日 (日) 00時54分

度々ありがとうございます&主さんすみません。

>その財源のすべてとは言えませんが、資産増加のほとんどが、税収より大きな公的支出を財源としてきたのです。

―そうか、そうすると国債や税収で吸上げたものが貨幣として流通して消費しないどこかに蓄積しているということになりますね。
でも、それだったら現金じゃなく銀行預金なら流通するし…あれ?預金だけじゃなく金融商品は自分の首を絞めている??

投稿: にのいもちみ | 2012年3月25日 (日) 03時40分

>あれ?預金だけじゃなく金融商品は自分の首を絞めている??

原則として、ある国の預金というのは、毎年の貿易収支の黒字分だけ可能なんですよ。
それ以上に預金が増えてる場合は、誰かが債務もしくは債務のようなものを抱えることで可能になります。
金融商品は、一種の貸し出しですから、過剰になれば回収できないケースが出てくるのが必然です。
で、資本主義の機能として、自己破産や再生法や法人の解散など、一種の踏み倒しと言える制度がいくつもあります。
銀行のペイオフなどもそうですね。
ところが日本の銀行の潰れにくさは異常で、ペイオフも、竹中平蔵さんが経済担当だった頃に設立されたとこが、日本初のペイオフを発動するなど、色々な思惑が渦巻いていそうな気配です。

単純に、財政再建ということでなら、国が借金しまくって世の中に使いまくったお金の回収ですから、現金預金にたいする相続税というのは、整合性という観点から、それ以外の方法ってないよねって話になります。
ま、お金持ちは自分らの能力だけで資産ができたと勘違いしてますから、説得は難しいわけですけど。

投稿: クロコダイルPOP | 2012年3月25日 (日) 05時59分

重ねて主さんすみません。

>自分らの能力だけで資産ができたと勘違いしてますから、説得は難しいわけですけど。

――成程。そうすると強権政治は一つの道かもしれないですね。となるとやはり大阪維新の会とか。
出来るか、それ以前にやるのかという話もありますけど、橋下市長の関電への姿勢は公的な色を強める意図とわかります。でも他方で「核保有賛成派」であったり(賛否は別)、何より市長はネオコンを、小泉元総理(竹中財政)を標榜してるようにもとれます。公務員給与をカットするのはクロコダイルPOPさんの論と違えてるし、自身も尊敬を公言しているので。
その対象は竹中さんじゃないし、今はパフォーマンスなのかもと、真意はどこにあるのか量りかねてます。

えと、何というか。ありがとうございます。

投稿: にのいもちみ | 2012年3月25日 (日) 20時39分

相続税も贈与税の資産課税は、二重課税ではないですか。

所得税を課税し、しかも資産課税するのは、二重課税です。

本来看過できない話です。

投稿: 二重管理反対 | 2012年4月 3日 (火) 01時05分

>二重管理反対

相続という課税原因に対し、「同時に」所得税がかかるならば二重課税でしょうね。
たとえば、Aさんが収入を得るという課税原因は、Aさんの遺産をAさんの家族が相続するという課税原因とは別ですよね。

投稿: クロコダイルPOP | 2012年4月11日 (水) 05時23分

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