« 規制強化よりも重要な交通事故防止策 | トップページ | ミスチル現象から考える電子書籍の未来 »

官僚的社会と就活地獄の隙間

2012051001 日本の自殺者が年間3万人を超えていることは周知の通りで、その状態が既に14年間も続いている。特に最近の傾向としては“就職難”を理由とした若者の自殺が急増しており、この4年間で実に2.5倍にも膨れあがっているらしい。

 文科省と厚労省の統計では、昨年の大学生の就職率は91%ということなので、ほぼ1割の大学生が就職浪人している計算になる。もっとも、新卒で無事に就職できたとしても、3人に1人が3年以内に退職するような時代なので、実質的には4割以上の若者が就職で悩みを抱えている時代だとも言える。

 私も転職経験があるので、就職するまでの空白期間(無職期間)が人間の精神にどういった影響を及ぼすかは少なからず理解しているつもりでいる。私の場合、自己都合で会社を辞めたので、すぐさま転職活動をしたわけではなかったが、それでも個人的には(仕事をしない期間は)「半年間」というのが限界だった。現在のように、何年間も就職先が見つからずに就職活動(以下、就活)を行っている人々には同情を禁じ得ないし、気の毒と言う他ない。

 人それぞれ仕事における認識は違うかもしれないが、人間、働き過ぎれば、休日が欲しくなるし、遊び過ぎれば、働きたくなる。「無いものねだり」とはよく言ったものだが、大抵の人間(生っ粋のワーカホリックや遊び人は除く)は、仕事ばかりではストレスが溜まるし、遊んでばかりでもストレスを感じるものだと思う。
 お釈迦様の言ではないが、人間の生活は何事もバランスのとれた「中道」が丁度よく、生活が両極端にブレるとストレスを感じるようにできているのかもしれない。

 就職活動をしていても、なかなか就職先が決定しない人は、「仕事をしたくても仕事が無い」というストレスだけでなく、「自分の将来が見えない」という漠然とした将来の不安感も手伝って、精神的に追い込まれてしまうのかもしれない。況して、日本の場合、卒業後の就職市場が閉ざされているような感じがする(実際、閉ざされているのだが)ので、余計に不安感を増大させてしまうのだろう。

 敷かれたレールから脱線することを極度に嫌う官僚的な社会的風潮と、そのレールからはみ出すことを考えもしてこなかった学生達との間に開いてしまった歪な空間、その歪な空間が日本の就活者達の未来に暗い影を落としている。自殺者の多くは就活中に、その歪に開いた漆黒の空間に「失望」という名の闇を垣間見たのではないかと思う。

 人間が自殺を考える時とは、基本的には自分の心を自分でコントロールできなくなった時でもある。失恋に始まり、失業、大病、身内の不幸、大借金など、感情をコントロールできなくなり、飯も食べれず、夜も眠れないという経験をしたことがある人なら、自殺者の苦しみはある程度は理解できると思う。一見、前向きなイメージのする「就活」というものも、さすがに数年間も続けば誰でも悩みの種になることは避けられない。就活というものが未来永劫続く責め苦だと思い悩んでいる人にとってはまさに「地獄」だろう。

 現代の日本は、本人の仕事能力の有無以前に、絶対的な仕事量が足りていないような経済状況なので、いくら就活を頑張っても報われるという保証はなく、運良く希望の会社に入社できたとしても、そこでの仕事が永続的に続くという保証もない。
 数十社も数百社も会社訪問するエネルギーが有るなら、いっそのこと、そういった就活生を100人単位で集めて、就活に使用するはずだった資金を出し合って起業でも考えた方が良いような気もする。もちろん、失敗する可能性も多々有るが、就活に失敗して仕事ができずに悶々と悩むよりも、実際に仕事をして失敗した方が得るものは大きいのではないかと思う。
 政府も経済成長を考えるつもりが無いなら、せめて、そういった人々を支援するような制度だけでも作った方がよいかもしれない。政治家が無能で、まともな経済政策によって雇用を増加させることができないのなら、民間の起業家を支援するシステムでも構築するしかないだろう。

 こういうことを書くと、「現実的ではない」という批判を頂戴することになるかもしれないが、もちろん、そんなことは承知の上で書いている。上述したような起業家支援システムのようなものができると、そういったシステムを逆手にとって支援金のみをふんだくろうとする輩が必ず出てくるので、確かに現実的ではない。
 しかしこの国では、「格差断固反対!」「規制緩和反対!」「原発即刻廃止!」と、経済成長を間接的に阻んでいる行為が善しとされる風潮が罷り通っているため、まともな経済成長政策を行える人が現れたとしても、日本経済を成長軌道に乗せることは至難の業とも言える。
 そう考えると、この国で自殺を食い止めるために必要なものとは、経済成長政策ではなく、まず、“無知であることの罪を認識すること”なのかもしれない。
 
にほんブログ村 経済ブログへ

|

« 規制強化よりも重要な交通事故防止策 | トップページ | ミスチル現象から考える電子書籍の未来 »

社会問題」カテゴリの記事

コメント

>政治家が無能で、まともな経済政策によって雇用を増加させることができないのなら、民間の起業家を支援するシステムでも構築するしかないだろう

それでもまだ買いかぶり過ぎでしょう。
ベンチャーや若手起業家を育てるシステムさえ構築できない、というより増税以外何も出来ない(やらない)のが今の政治家といえます。

投稿: R.W.M | 2012年5月12日 (土) 19時05分

今日始めてこのブログに来ました。すごい参考になりました!

>政府も経済成長を考えるつもりが無いなら、せめて、そういった人々を支援するような制度だけでも作った方がよいかもしれない。


政府に頼らなくても、行動できる人は起業しています。結局、本人が自殺するか、それとも就職をやめて(自分の常識を覆して)、起業または自力でお金を稼ぐ仕組みを作るかは、その人自身のセンスといえるのではないでしょうか。

投稿: とし | 2012年6月 7日 (木) 16時13分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/199859/54680336

この記事へのトラックバック一覧です: 官僚的社会と就活地獄の隙間:

« 規制強化よりも重要な交通事故防止策 | トップページ | ミスチル現象から考える電子書籍の未来 »