« BOOK『大往生したけりゃ医療とかかわるな』を読んで。 | トップページ | 規制強化よりも重要な交通事故防止策 »

シンプルに考えるべき日本の軍事問題

2012050201 先週に録画していた『朝まで生テレビ』【日本の安全保障とアジアの平和】を観てみた。今回は25周年記念スペシャルで沖縄のスタジオで行われたということもあり、現地の人々の生の声を少しだけ聞くことができた。もっとも、この番組に参加していた人々の意見が沖縄県民の総意かどうかは定かではなく、かなり思想的なバイアスがかかっているのではないかと思われる意見も見受けられた。

 沖縄県民にとっては、「なぜアメリカの基地が沖縄に集中していなければいけないのか?」という疑問があり、同じ日本でも“本土”と“沖縄”の扱いが違うということに不満を感じているようだった。沖縄だけが日本の犠牲になっているという被害者意識も有るように感じられた。
 確かに沖縄が本土以上にリスクを背負わされていることについては心情的には理解できる。いくら時代的背景と地理的事情によって沖縄に米軍基地が有ることは仕方がないとは言っても、実際に近隣に住んでいる人からすれば、「冗談じゃない」という気持ちは少なからず理解できる。私が当事者なら引っ越すと思うが、そうできない事情もあるのだろう。

 パネリストの小池百合子氏もチラッと述べておられたが、“米軍基地”と“原発”というものに対する国民的感情は実によく似ていると思う。誰しも、自宅の隣(と言うのは誇張表現だが)に原発があったり、基地があったりすれば、素直には受け入れられないとは思う。これはどんな立場にある人間でも共通する感情だろうと思う。
 しかしながら、敢えて苦言を述べさせてもらうと、それはあくまでも個人的な感情論であり、国や国民にとって、米軍基地が必要かどうかという議論とは分けて考える必要がある。

 個人的にはアメリカの基地は、ケビン・メア氏の言う通り、中国や北朝鮮という危険な軍事国家が存在している以上、防衛上、必要なものだろうと思う。自国で防衛手段を整える気があるというなら話は別だが、平和憲法が邪魔をしてそれができないのだから、現状では嫌でもアメリカに依存するしか方法がない。

 その「平和憲法が有るために戦争抑止力になった」という意見も聞かれたが、残念ながらこれは少し違うのではないかと思う。日本が戦後、戦争に巻き込まれずに済んだのは、アメリカとの安全保障条約という(他国からの)戦争を抑止する力が存在したからであり、曲がりなりにも、アメリカが世界の警察の役割を果たしてきた(つまり、アメリカという存在自体が最大の抑止力になった)からである。別に私は親米でもないし、アメリカ贔屓する気もないが、実際に現実を冷静に観ればその通りであるのだから、認めざるを得ない。

 では平和憲法に戦争抑止力は無いのか?ということだが、もちろん、有る。しかし、その抑止力とは、あくまでも自国が戦争を引き起こすことを抑止するためのものであって、他国からの戦争を抑止するものではない。ここを勘違いしてはいけない。
 他国からの視点で観れば、日本の平和憲法の有無など、全くと言ってもいいほど関係が無い。そもそも北朝鮮のような自国の法律も有って無いような無法国家が、日本の憲法に書かれてある「平和」などという言葉を意識する道理が無い。こんなことはよく考えれば誰でも解ることだと思う。日本の平和憲法が北朝鮮に対して機能しているなら、拉致問題なども起こらなかったはずである。
 
 要するに、憲法というものは自国の国家権力を縛るためのものであって、他国のそれを縛る権限も無ければ、効力も無いということである。同じ民主主義国家ならともかく、独裁国家を自国の民主憲法で縛れるなら、こんなに楽で平和な話はない。しかし、現実はそう甘くはない。

 世界中の先進国(民主国家に限る)が核兵器を保持しているのは、戦争を起こすためではなく、他国を侵略するためでもなく、戦争を抑止するための手段であることは常識中の常識である。自国の論理が通用しない国に対しては、憲法や法律という言葉としての論理ではなく、実際に抑止力を持った野蛮な方法で対抗するしか方法がない。その万国で通用する野蛮な“抑止力”が“核兵器”になっているわけだが、これは“凶器を持った狂人に対抗できるのは凶器でしかない”という当たり前の防衛論理が機能しているだけのことである。狂人に「平和」を説いたところで無意味だということを世界中の人々は常識として理解しているが、平和ボケした日本人にはそれが解らないというだけの話なのだ。

 こういった防衛上の問題は、あまり複雑に考えずに、子供のような素直な心で考えれば、簡単に答えが導き出される問題であると思われるのだが、いらぬ知識やバイアスがかかりまくった頭の固い人々には、その思い込みが邪魔をして論理的思考ができなくなっているのかもしれない。特に日本の学者や評論家などは、簡単なことを複雑にする能力だけには長けているので、職業上、物事をシンプルに考えることができなくなっているきらいがある。
 簡単なことを複雑にしてしまう人々の言うことを気にしていると、物事は一向に前に進まない。日本の軍事問題に関しては、シンプルに考えることをオススメしたいと思う。
 
にほんブログ村 経済ブログへ

|

« BOOK『大往生したけりゃ医療とかかわるな』を読んで。 | トップページ | 規制強化よりも重要な交通事故防止策 »

社会問題」カテゴリの記事

コメント

>簡単なことを複雑にしてしまう人々の言うことを気にしていると、物事は一向に前に進まない。
 確かにそういう事はよく起こりますね。まっすぐ行けば目的地につく場合でも、入り組んだ道をわざわざ選んだあげく、交差点で意見が別れてしまい進まなくなる。気にしなくても進み難くされてます。
原発の話はこんな感じですね。賛成が誰で、何が反対で、何処までが「脱」で何処からが「反」なのか…。
それでも責任取るのは面倒だから考えなくなる。
そのくせに感情的な人は多いですけど。

 沖縄県民代表の人たちには驚きましたが、仕事繋がりで知り合った、沖縄の友人から聞いた話では、沖縄は基地問題に直接関わる環境なので、ローカルのTVや新聞はかなり偏向報道だそうです。団塊世代あたりは8割方ああいった感じだとか。
「米軍も自衛隊も嫌!基地を無くして独立します!!」
こんなの、シンプルに無理だとわかる理想論ですもんね。

投稿: にのいもちみ | 2012年5月 4日 (金) 03時02分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/199859/54616476

この記事へのトラックバック一覧です: シンプルに考えるべき日本の軍事問題:

« BOOK『大往生したけりゃ医療とかかわるな』を読んで。 | トップページ | 規制強化よりも重要な交通事故防止策 »