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『検察不況』の終焉と『リクルートの上場』

2012080101 昨年は東日本大震災の影響もあって、IPO【新規株式公開】を果たした日本企業は37社にとどまった。東証の今年(2012年)のIPO目標は50社であるらしいが、現在(8月1日現在)のところ20社となっており、このペースでいけば、昨年と同程度になると予想されている。
 日本の株式市場のIPO件数は、2007年から減少し始め、リーマンショック後の2009年には、19社にまで減少して底打ちし、2010年から増加に転じた。細かく表記すれば以下のようになる。

 2006年…188社
 2007年…121社
 2008年… 49社
 2009年… 19社
 2010年… 22社
 2011年… 37社
 2012年… 50社(目標)

 早ければ、今年の9月にはJALが再上場されることなっているが、来年にはさらに大きな話題となりそうなIPOが控えている。なぜか、あまり話題になっていないが、2013年には、あのリクルートが上場される。時価総額は1兆円を超えると言われており、久しぶりの大型IPOとなるらしい。

 リクルートと言えば、24年前に未公開株式の贈収賄容疑で話題となり、一大スキャンダルに発展した「リクルート事件」が有名だ。と言っても、今やこの事件は「冤罪だった」という認識が一般化しつつあり、本来であれば、リクルート社はもっと早い時期に上場されて然るべき企業だったと思っている人は案外多いのではないかと思う。
 リクルート事件が起こったことによって日本経済に与えたマイナス影響は計り知れないものがある。時はバブル景気真っ只中、時代の寵児として現れた江副氏を日本経済の表舞台から退場させた反作用は、バブル崩壊と時を同じくし、日本経済を更なる不況に陥れるに充分な理由となった。

 ところで先日、このリクルートの上場ニュースが流れた時、テレビの某コメンテーターが以下のようなことを述べていた。

 「リクルートもこの20数年の間に膿みを出し切ったので、上場が認められることになったのでしょう

 このコメンテーターが本気で言っていたのかどうかは定かではないが、私は全く逆の感想を持っている。それは、膿みを出したのはリクルートではなく、リクルートを捜査した側の膿みが徐々に出つつあるため、リクルートの上場を認めざるを得なくなったというものだ。

 当時、リクルートを捜査したのが、かの有名な「東京地検特捜部」だった。今でこそ、検察の無理筋捜査は有名となったが、当時はインターネットもまだ利用されていないような時代だったので、御用聞きメディアと化したテレビと新聞、週刊誌の偏った報道だけでは、誰もが江副氏を悪人と判断せざるを得なかった。個人メディア(ブログ)も囁きメディア(ツイッター)も無い時代では、逮捕された当人も弁解する場が与えられず、魔女狩りに遭遇したような状況に追い込まれるのがオチだった。
 しかし、江副氏の暴露本『リクルート事件・江副浩正の真実』などを読めば、江副氏がどういう人物であったかは大体の察しがつく。この本の感想は以前の記事にも書いたことがあるが、読んでいて吐き気を覚えた。無論、この本で描かれている検察の横暴さに対してである。

 現在、検察について書かれた本は事欠かないが、佐藤 優氏の『国家の罠』、田原総一朗氏の『正義の罠』と抽象的な言葉を用いて「罠」が表現されてきたが、森ゆうこ氏の『検察の罠』によって、ついに具体的な言葉で語られるようになってしまった。こういった本が売れている背景には、明らかに検察の信用失墜という社会的な現象が一般大衆にまで浸透化しつつあることを示している。

 バブル景気が発生すると、その時代を象徴する人物が必ず現れる。いや、現れるというのは正確ではない。正しくは、祭り上げられる人物が必ず現れる。そして、そういった人物が現れる度に、その都度、その都度、東京地検特捜部が登場し、バブル景気の腰を砕いてきた。まるで、大富豪や億万長者の存在を許さないと言わんばかりに。
 プライドの高いお役人は、金持ちになった民間人を貧乏にすることで自己顕示欲と嫉妬心を満足させ、金持ち批判を生業としている嫉妬深い人々は、成功者の没落を見ては溜飲を下げてきた。その結果として日本社会は貧乏になっていった。そうなってしまった根本的な原因は、多くの国民が無意識の内に貧乏を愛したためである。(言っている意味が解らないという人が多いかもしれないが…)

 2007年にIPO件数が減少に転じた理由も、おそらくは2006年にライブドア事件があったからである。
 「ライブドアへの強制捜査があった2006年のIPO件数は増加しているでは?」と疑問に思った人がいるかもしれないが、本来であれば2006年度は新興市場のミニバブルによって大幅なIPO件数の増加が見込まれたはずだったので、実質的には減少したと見るのが正しい。
 本来、IPO件数が増加することは日本経済にとってプラスのはずで、東証自体もそのことを認めているがゆえにIPOの目標件数を設定しているわけだ。

 これまで、“正義の遂行”と“市場の浄化”を掲げ、東京地検特捜部が動く度に、皮肉にも“市場は萎縮してきた”という経緯がある。そのことはIPO件数に如実に現れている。現在のように、検察の捜査に疑問が呈され、検察の立場が弱くなっている時には、IPO件数も増える傾向にある。なぜなら、市場に開放感が生まれるからである。
 『リクルートの上場』と『検察の信用失墜』は、表裏一体の関係にある。検察が二度と同じ過ちを繰り返さないことを願う。
 
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