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『1クラス35人制』でイジメは減少するか?

2012091601 文部科学省は、現在、小学1・2年だけに実施している『1クラス35人の少人数学級』を今後5年かけて中学3年生にまで拡大する方針を明らかにした。
 早い話、義務教育課程における1クラスの定員数は全て35人にするということだが、その理由として「授業の分かりやすさや学力向上、いじめの早期発見につながる」としている。今回の発表では時節柄か「いじめ問題」を前面に出しているようだ。

 『1クラス35人制』については、以前にも記事を書いたことがあるので、そちらも参照して頂ければと思うが、今回は、「1クラス35人制にすれば、いじめは減少するのか?」という点に絞って考察してみたいと思う。

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「1クラス35人制」というレトリック

 まず、1クラスの人数が減少すればイジメは減少するか?と言えば、確かに確率論的には減少する。クラス数が増加すれば“イジメっ子”と“イジメられっ子”が遭遇する(=同じクラスになる)確率も減少することになるので、そういう意味で言っているのだとすれば、その通りである。“イジメっ子”と“イジメられっ子”には相性の問題もあるが、1クラスの人数が減少すれば、イジメっ子が徒党を組む人数も減少することになるので、1クラスの人数は少ないに越したことはない。これは刑務所における同一牢屋内の囚人数を考えた場合と同じ理屈である。
 しかし、おそらく当の文科省は確率論で述べているわけではないだろう。あくまでも「1人の教師の目の届く範囲が縮まる」という極めて都合のよい性善説的な意味合いで「いじめが減少する」と述べているだけであることは想像に難くない。

 しかしながら、大津の中学校で問題となった教育関係者達のイジメ自殺隠蔽問題でも明らかなように、いくら教師の目が届いたところで、イジメが有ったことを認めない教師ばかりで、せいぜい「あまりやり過ぎるなよ」と言う程度の腰抜け教師しかいないわけだから、「いじめが減少する」などと言われても誰も素直には納得できないだろう。

 そもそも、現在の日本の教育体制では、教師がイジメを発見しイジメを無くす努力をすることが正当に評価されるという、まともな教育制度が成り立っていないわけだから、確率論は無意味である。
 もっとも、教師の方にも言い分はあるだろう。生徒を叱る(平手で殴る、拳骨する等)と、その叱った理由もまともに聞かずに文句(クレーム)を言ってくるような保護者がいることも問題だろうし、そういったゴネ得社会を放置し続けてきた日本社会にも責任の一端はある。義務を果たさずに権利だけを主張することを当然とした左翼的な歪んだ事勿れ社会の悪弊を追及するという義務を果たしてこなかったマスメディアにも問題がある。

 以前の記事でも書いたことだが、現在の小学3年から中学3年までを追加で35人体制にするためには、教師の数を2万人近く増員しなければならないらしい。推計では、新人教師1人当たりの人件費は667万円かかる計算なので、年間1300億円以上の税金が必要になることを意味する。これでイジメが大幅に減少するなら安い(?)と言えるかもしれないが、全く効果が無いようなら、ただの焼け太りである。

 「生徒の数を減らせばイジメは減少する」というような話を素直に認めていると、消費税の増税スパイラルと同じで、その人数はどんどん少なくなっていく危険性がある。35人から30人、25人、20人…と、少子化で生徒の数が減少しているのに、教師の数だけは一向に減らないということになってしまいかねない。「いじめを無くす」という、およそ実現不可能な大義名分の為に、際限の無い増税を受け入れることになってしまうということである。

 私が思うに、教師を増員して年間1300億円も血税を支払うぐらいなら、その100分の1(13億円)を、イジメを発見しイジメを無くす努力をした教師に対する報償金制度にでも活用した方が良いのではないかと思う。あるいは、非常に出来の悪い教師の給料を減給して、そのお金を報奨金として工面してもよい。そういった当たり前の評価制度を導入すれば、教師を増員する必要もなく、イジメは大幅に減少するに違いない。

…と書くと、ここぞとばかりに「お金」の問題に摺り替えて、反論してくる人がいるかもしれないので予めお断りしておこう。ここで述べていることは、金銭の問題ではなく、リスクの問題である。現在の日本の教育体制の中にあっては、教師がイジメが有ることを告発することが、企業における『内部告発』と同じ構図になっているということだ。つまり、イジメ(不正)が有ることを告発すれば、学校(会社)に居れなくなるという倒錯した教育環境が構築されているということである。

 企業の内部告発であれば、内部告発した人を評価するという社会が有るので、まだ救いがあるが、学校の場合はそうはいかない。残念ながら社会自体がそういった勇気ある教師を評価するようにはなっていない部分がある。イジメを見て見ぬ振りをする教師を擁護するつもりはないが、村社会に生きる公務員教師にとってイジメ告発は「ハイリスク・ノーリターン」どころか、「ハイリスク・マイナスリターン」になってしまっている。それをせめて「ハイリスク・ローリターン」にすれば、イジメを告発する教師が出てくる(=イジメが減る)のではないか?という当たり前のことを述べているだけなので、曲がった解釈はご遠慮願う。

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教育問題」カテゴリの記事

コメント

いじめについて、アメリカでは教師の担当ではなく、カウンセラーや風紀官がいて専門にいじめ問題に対処する。

いじめはいじめられている子にしか解決できない。親も教師も四六時中いじめられっ子に構うことは不可能。

どんな組織も2割のリーダー6割の普通の人2割のお荷物がいて、2割のリーダー/お荷物がいなくなれば6割から自然とリーダー/お荷物が発生するという262の法則のように、いじめっ子もいじめられる子も一定割合いる(2割かどうかは不明)。当事者がいなくなれば別の子がその役割を埋める。人間の本能に根ざしているから、悲しいがいじめはなくならない。

昨今の中国・韓国の日本への攻撃的な姿勢のように、やられてもただ黙って我慢していると攻撃がエスカレートする。

以上からいじめの解決はいじめられっ子にしかできない。攻撃されたら反撃する。たとえ反撃がさらなる猛攻撃を誘発したとしてもその時限りで終わる。反撃されるとわかると多少なりやられるリスクを避けていじめっ子はその後別の攻撃対象を探す。一回の猛攻撃でいじめは終わる。しかし反撃しないと攻撃がエスカレートして、結果として耐えられなくなる。最悪自殺する。

アメリカに戻るが、アメリカの父親はいじめられた子供には本人に仕返しに行かせる。父親や教師は同行しない。本人がビビって仕返しに行かないと親は仕返しに行くより恐ろしい目に合わせ、本人は泣く泣く仕返しに行く。父親はそれが唯一子供を守る方法だと知っているから。

以上、本題から多少逸れたかもしれないが、金や教師の数でいじめを解決することはできない。弱い同種族を排除して生き残るという動物の本能がいじめに関係している以上、いじめは絶対になくならない。しかしいじめを最小限に抑えてうまく付き合っていく方法はある。共食い共倒れを避ける種族保存の本能も備わっているから。

言いにくいことだが、我が子ではなく隣のもっと弱い子がいじめられるよう仕向ける。これが実は現実だ。いじめる側も反撃されることでむやみな攻撃をコントロールする必要を学ぶ。結果としていじめは減る。

小さな怪我を覚悟する小さな勇気がないばかりに命を落とすことになる。現在の日中韓の問題に照らし合わせてみて、どこか参考にならないだろうか。

投稿: hash | 2012年9月16日 (日) 03時54分

≫攻撃されたら反撃する。
 はぁ?あなた本格的な虐めにあったことないでしょう。
反撃?不良のケンカと間違えていませんか。自殺してしまうようなケースの虐めは2:6:2何て数字ではありません。1:99、周りは全て加害者ですよ。狡猾で残酷な虐めは誰が首謀者かさえハッキリせず、真面目な話教師でさえ面白がっている事もある。教師も含め片っ端からぶん殴りますか?
≫たとえ反撃がさらなる猛攻撃を誘発したとしてもその時限りで終わる。
≫反撃されるとわかると多少なりやられるリスクを避けていじめっ子はその後別の攻撃対象を探す。
  終わりませんね。大抵更にエスカレートしたり陰湿になったりする。その程度で解決するのは平仮名の「いじめ」程度のカワイイいたずらです。
 反撃が必ずしも悪いとは言わないが、仮に酷いケースにおいて反撃するのなら相手がハッキリしている時は勿論、そうでない時には周りの人間に「こいつは関わるとヤバい」と「本気で思われる事」が肝心で「それなり」というより「かなり」の覚悟が必要です。

 私の知る実例で虐められっ子が相手を教室からはじき出して反撃した例があります。
 その反撃は効き目抜群で誰もその子を虐める気にはならなかった。
 しかしながら、被害者だったはずのその子供はその後半年ほど施設に入る事となり、出所の頃には転校手続きが済んでいて結局2度とその学校には戻らなかった。その後の人生にもかなり影響はあったでしょう。
 実は彼、周囲の大人だか先輩に「目には目を」論を吹き込まれ勇気を出し反撃に出たそうです。
しかし運悪く虐めていた相手をはじき出したその教室は4階だった・・・。

 虐めに悩む内ほとんどの子は何故虐められているか理解できないでしょうし、いじめにはその重度及び様々なケースがある。
 あるいはその子らにもそこまでの覚悟、又はこの子のような思いをさせるのですか?

投稿: yahyahyah | 2012年9月26日 (水) 18時29分

現在通っている学校も35人ですが、いじめは普通にあります。
これは自分の意見です。いじめというと暴力や物を盗む·壊すといったことが多いですが、これは社会の中では犯罪になるはずですよね?これを"いじめ"などといった言葉で柔らかくしてしまっているから生徒たちの意識も変わらないんだと思います。きっぱりと"これは犯罪です"と言う必要があるのではないでしょうか。

投稿: | 2012年10月31日 (水) 19時12分

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