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玉石混淆なブログコメント(反論・批判・中傷・誤読)

2013010401 ブログを公開すると、誰しもが書いた記事の内容に対して様々な反論や批判のコメントを頂戴することになる。記事をオープンにしコメントを受け付けているわけだから、これは当然のことで、如何なる反論や批判があったとしても受け入れるしかない。
 世の中には主義・信条の異なる人が大勢いるので、自分自身の考えを正直に書くと、賛否両論のコメントが返ってくることは仕方がない。私自身も自分では正しいと思っていても間違ったことを書いている場合があるかもしれないので、そのことを指摘してくれるコメントは参考にさせてもらっている。しかし、コメントの中には、反論でも批判でも中傷でもないものがたまに有る。それが、誤読や誤解によって為される予想外のコメント(大抵は批判)である。

 当ブログには通常のコメント欄(オープン)とweb拍手を経由したコメント欄(クローズド)を設けているが、面白いことに、オープンなコメント欄には否定的な意見(中傷も含む)が多く、クローズドなコメント欄には肯定的な意見が多い(9割以上は肯定的な意見)。
 後者は拍手ボタンを押下した後のコメントだから肯定的なコメントになるのは当たり前かもしれないが、総じて、肯定的な意見の人は奥ゆかしく理論的で、否定的な意見の人は目立ちたがりで感情的な人が多いようだ。
 単に論破したい目的だけで反論を書いてくる人や、嫌がらせ目的で反論してくる人もいるが、そういった人は大抵、「馬鹿」とか「間抜け」とかいう悪態をついた言葉を使用する。自分自身のブログ記事として書くならともかく、そんな言葉を他人のブログに平気で書き残すような人物の言葉を信じろという方がどうかしていると思う。

 2年前から参加させて頂いているBLOGOSにおいても、なぜかランキングが上位になるに比例して感情的な批判コメントが増える傾向にある。最近、BLOGOS内ではコメントを受け付けないようにされているブロガーが増えているようで、「誹謗中傷的なコメントに耐えられない」といった苦情を編集部に寄せているブロガーが増えているということなのかもしれない。

 私の場合、反論や批判も全て読みたいというタイプなので、特に今後もコメントを受け付けないというようなことはお願いするつもりはないのだが、問題は先程も述べた誤読や誤解に基づいたコメントである。これには如何ともし難いものがある。単なる批判や中傷であれば、誤解を拡散することは無いだろうけれども、誤読に基づいた批判は、ある意味で厄介だ。なぜ厄介なのかというと、表面上は信用毀損行為でありながら、その悪意の有無が分からないからである。

 例えば、最近もBLOGOSコメント欄に以下のようなコメントがあった。まさか意図的に誤読コメントを書いているわけではないと思うので、誤読されたという前提で誤解を解いておこうと思う。(当人が読まれるかどうかは分からないが…)

【BLOGOS該当記事】ポピュリストの誤算とポピュリズム政治の終わり

>>思うに、消費税の増税反対を訴えるなら、なぜ、いっそのこと減税にまで踏み込まないのか不
>思議だ。

>↑消費税増税反対をこのように断言する一方で、下記の記事のように自信満々に消費税増税論を
>批判し、吊し上げ、陰謀と断じたのは何だったのでしょうか

 その後に続く文章で、確かに少し誤解を招くかな?という懸念はあったのだが、案の定、誤読されてしまったようで、私が消費税増税論者に鞍替えしたと誤解されたらしい。しかし私はあくまでも消費税増税反対論者なので、誤解のないように。

>これから推察すると、筆者は「自民党の増税は善行であり、民主党のそれは悪行である」「民主
>党の自由主義は社会主義であり、自民党の社会主義は自由主義である」と、信じていると思われ
>ます、経済学説以前に、「自民マンセー教カルト集団」の一員ですね?

 これも全くの誤解であり、私は消費税増税に賛成する記事は一切書いていないし、自民党を批判する記事は書いたことがあるが礼賛する記事は書いていない。以前(3年半前)に、「自由民主党」は「社会民社党」だと指摘した記事も書いているので、この人が言うところの「自民マンセー教カルト集団」では有り得ない。

【証拠記事】自民党の捨て身の戦略は功を奏するか?

>筆者は東電の税金での救済、国営原発、電力独占統制経済支持に続いて、この記事で亡国の「ア
>ベノミクス」=「血税による公共事業バラマキ統制経済社会主義」を崇拝しているので、

 これも全くの曲解(言い掛かり?)で、東電の税金での救済など賛成していないし、国営原発や電力独占統制経済にも賛成していない。一体どこからこんな論が出てきたのか不思議だ。もしかして、脱原発批判=東電擁護論者とでも思われているのかもしれないが、もしそうだとすれば、とんだ誤解だ。
 私は現在のヒステリックな反原発や現実味のない脱原発に反対しているだけで、“社会主義的な体制を善しとし、その体制にドップリと漬かってきたにも拘らず、都合よく原発を否定するリベラル(=自分勝手な社会主義)な風潮”を批判しているだけである。無論、その批判は東電や原発行政を擁護するためではなく、もっと大きな危険性を孕んでいるという理由からである。

 「アベノミクス」については、(反増税策としての)金融緩和と(真っ当な)公共事業であれば支持するという立場であり、自民党自体を支持しているわけではない。と言うよりも、まともな政策を実行してくれる政党であれば、どこの党でも構わない。アベノミクスという経済政策で本当に景気が良くなり税収が増加すれば、消費税増税の撤回をこそ願っている。

 こんな弁解を述べても全く無意味かもしれないが、誤解が更なる誤解を生んでしまうことを少しでも避けるために敢えて書かせていただいた。当ブログ読者におかれましては誤解のないようお願いしておきます。


【追記】2013.1.5
 本記事の当事者ご本人(yahoo user 09f5e氏)から再コメントがありましたので、少しだけ返答を追記します。

>じゃあ「真っ当な公共事業」とは何なのか?
>そもそも国家主導の財政バラマキで経済を成長させる、という統制経済の思想は社会主義的ではないのか?

 「公共事業」というものは別名で「公共投資」とも言います。つまり「投資」です。インフラへの投資というものは、基本的に民間ではできません。ヤフーのような例外は有りますが、それはあくまでも例外です。「真っ当な」というのは、富を生む(必ずしも無駄にならない)公共投資のことです。
 例えば、ヤフーが行ったようなインターネットインフラ整備を国が先行して行えば公共事業ということになりますが、それは無駄にならない公共投資でもあります。無駄なバラマキは社会主義に通じますが、意味のある必要な投資は社会主義とは言えません。

>また、件の記事で消費税増税反対論をポピュリズムと断じているが、ポピュリズム的反増税論と筆者の反増税論で違いは明白に存在するのか。

 元記事をよく読んでもらえれば分かると思いますが、私が「ポピュリズム」と言っているのは、“減税まで言及しない消費税増税反対論者”のことです。

>また、なぜ消費税を増税してはいけないのか、代替の財源はどうするのか、

 増税というものはあくまでも最終手段です。経済が衰退することを前提に代替の財源のために安易に増税を行う姿勢こそが、統制経済(社会主義)です。

>公共事業で血税を使って、使った血税以上に税収が増えるなんていう「大きな政府」が民間より賢く経済成長するなどという社会主義に賛同しているのもおかしい。

 先に述べた通り、「公共投資」です。公共投資まで全く必要ないということであれば、国民は税金を支払っている意味が半減しますので、それこそ消費税増税も無用ということになります。生活におけるインフラは全て個人個人で揃えなければならないということであれば、それは「小さな政府」を超えた極端な自由主義(アナーキー主義)です。

>とにかく筆者は、「自民党の社会主義」には融和的で「民主党の社会主義」には批判的に見える。非常に偏向している。

 特に偏見を持っているわけではありませんが、実績によって優劣を付けているだけです。これまでの民主党政治を冷静に観てきた人なら、大抵は「民主党<自民党」になると思いますが。

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コメント

財政再建というのは、国家が社会に対して使ったお金の回収です。
赤字というマイナスを生じさせたお金が社会に支出され、消費という動きの過程で課税されるのが消費税なわけです。
ところが、消費に課税すると、消費が抑制されるので、景気は良くなりません。
景気がいいっていうのは、消費が活発化し、浪費にまで至ってしまう状況だからです。
なので、お金の動きを止めて現金資産を増やしてしまう企業や個人から徴税するのが、道理から言っても自然なんです。
消費税増税で財政再建なんて無理なことをやろうとしている時点で、自民党も民主党も、道理からすればおかしい。
ただし、自民党の公的支出は、別問題です。

あれは、バラエティ系クイズ番組終盤の逆転問題です。

クイズ番組の逆転問題は、逆転可能な得点設定によって競争を促しているわけですから、資本主義的だと気付きます。
もちろん、「いままで何だったんだ」という得点トップ解答者のツッコミもありますが、競争は促されるわけで、功罪両面あります。
「政府の介入は社会主義」という理屈を見てると、逆転問題に対する「いままで何だったんだ」というトップ解答者みたいで、逆に最後まで競争しなくてもいいのかよと言いたくなりますね。

投稿: クロコダイルPOP | 2013年1月13日 (日) 13時35分

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