« 金融緩和の正体【機会の平等政策】 | トップページ | 「神の見えざる手」と「悪魔の見えざる罠」 »

デフレ思考脱却(安値競争地獄からの脱皮)のススメ

2013021701 昔、小中学校の近所には「文房具店」というものが必ず存在していたが、現在では文房具店そのものが、ほとんど姿を消してしまった。スーパーや百貨店の1コーナーとしての高級文具店は残ってはいるが、安売り文具店というと、今では100円ショップに完全にお株(仕事)を奪われてしまい、「文房具=100円ショップ」は既に定着してしまった感がある。

 この身近な社会の変化こそが、デフレ現象の最たるもので、その理由は、中国等の国々からの安価な労働力を利用した安価な商品が流入してきたことによる。ユニクロやニトリといった企業も、海外(主にアジア)の安価な労働力を利用して、そこで作られた商品を日本に輸入(海外には輸出)することで利鞘を稼いでいるビジネスモデルであることはよく知られている。

 そういった安価な商品が日本に入ってきたことによって、日本の商品にも値下げ圧力が加わり、1円でも安く売ることが企業の至上命題となり、まるで利益を取ることが罪であるかのような空気が日本中に満たされた。この空気こそが、デフレ思考の根源であり、日本的デフレ不況の正体でもある。

 デフレ不況の最大の問題点は、資本主義の存在基盤たる「利潤」というものを否定する空気にある。その空気が国民の思考に影響を及ぼすことによって行き着く先は、利益が限りなく0に近付いていく社会でもある。利潤という概念が存在しなくなっていくという意味では、最終的には共産主義的な社会に限りなく近付いていくことになる。
 これこそがデフレ思考の最大の問題点だと言える(注意:デフレの問題点ではなくデフレ思考の問題点)。資本主義下での利潤0というのは、共産主義よりも性質(タチ)が悪い。(死ぬほど働いても利益0では、奴隷以下になってしまうという意味)

 資本主義社会は適度の利潤があってこそ成り立つ社会であり、利潤が0になった場合、資本主義システムは崩壊する。
 日本の民間企業で働いている人々が、利潤を追求することなく、利益を悪しきものだと考え、限りなく利益を0にすることを目標に実践すれば、その会社も崩壊の危機に晒されることになる。

 少々オーバーな話を述べてみたが、実際、現在の日本企業では“利益を悪”とする思考が蔓延しているかに見える。「中国で作ればこんなに安くできるのに、日本で作ればなぜこんなに高いのか?」というような言葉に囚われ、他のアジア諸国に比べて高額な人件費(給料)を得ている日本の労働者は悪だとする自虐思考が蔓延している。

 その結果、薄利で過労死寸前まで働くというような労働形態が、まるで、これまで暴利を貪ってきた人間の罪滅ぼしであるかのように思い込まされ、ブラック企業というものが蔓延る社会を当然であるかのような空気まで醸成されつつある。経済成長時代を経験していない若年者にとっては、老人の尻拭いをしているようで甚だ迷惑な話だと思う。

 利潤を最大化するために企業で働く人々は合理化に努める。なぜならば、合理化の精神を失った企業は容赦なく市場から淘汰されることになるからだ。この考えは、一国の経済単位で考えれば確かにその通りであり、グローバル化以前の日本でも正しい考えだった。しかし、現代のように労働単価(人件費)が全く異なる国々が同じ土俵の上で価格競争を行うということであれば少し話が違ってくる。極限まで合理化に努めたとしても、全く太刀打ちできない相手とケンカをすれば、利益が0どころか、マイナスになっても敵わないという事態に陥ってしまうことになる。
 
 そこで出てくる結論でよく聞かれるものが、「日本は製造業を卒業して高付加価値サービス業にシフトするべき」というような意見だ。
 しかし、先進国の中にも第一次産業から第三次産業まで揃っているのが普通であり、一国の全ての労働者が第三次産業の従事者などというのは有り得ない社会である。その比率を変えることは可能でも、全国民がこぞってサービス業を行うというような真似事はできないので、どこまでいっても絵空事でしかないと言える。

 「金融緩和によってデフレ脱却する」と言っても、円安になるだけでは不十分で、日本に蔓延しているデフレ思考をまず見直さないことには真のデフレ脱却は不可能だろうと思う。ハイパーインフレなどと心配するのは、デフレを脱却した後の話であるのだから、夢のまた夢だ。(夢と言うより悪夢)

 企業が「1円でも利益を取るのは悪だ」というようなデフレ思考を捨て、消費者が「1円でも安く買わなければ損だ」というデフレ思考を改めない限り、デフレから脱却するのは難しい。

 こう言うと「そんなのは商売を知らない人間の戯言だ!」と言う人が必ず出てくるが、逆にそういった人は経済というものを全く理解していないのである。

 ところで、あなたは、100円ショップが200円ショップになったとすれば、どう思うだろうか?

 「許せない!」と思うような人は、紛れもなくデフレ教の信者になっている。デフレ思考からの脱却とは、“物の価値は下がるのが当たり前”とする「デフレ教」の洗脳を解くことに他ならない。
 デフレ思考脱却に必要なものは、消費者が生産者に対して「1円でも多く儲けてもらおう」という逆転の発想(思考)である。「1円でも多く奪ってやる」というような心の貧しい思考を捨てることに努める必要がある。そういうさもしい考えも行き過ぎると、巡り巡って自分自身に跳ね返ってくることになるという単純な経済原理を知らねばならない。

 多くの国民が、無益な安値競争地獄からの脱皮を目標にすれば、少しは景気も良くなり、デフレ不況も少しは改善に向かうはずだが、こんな簡単なことが最も難しい。退治するべきはデフレではなく、人間の愚かな心なのかもしれない。

にほんブログ村 経済ブログへ

|

« 金融緩和の正体【機会の平等政策】 | トップページ | 「神の見えざる手」と「悪魔の見えざる罠」 »

「経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

1円でも安く買おうとするのは残念ながら世界中の共通意識。買う側が意識改革するのではなく、売る側が売らないという選択をすることでバランスが取れる。今のところ世界で機械化が進み供給量が激増したのでどうしても供給過剰になり買う側が強くなってしまう。戦後の物不足のころは逆に売り手市場で買う側が譲歩せざるを得なかった。売り手と買い手の意識以前に世界を取り巻く力関係が働いている

投稿: | 2013年2月18日 (月) 14時29分

いや、許すも許さないもないでしょうw

いくらで商品を売ろうと、そんなことは売り手の自由なんだから。
もちろん、それを買うのも買わないのも買い手の自由。
ただそれだけの話。

投稿: muu | 2013年2月19日 (火) 03時35分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/199859/56788235

この記事へのトラックバック一覧です: デフレ思考脱却(安値競争地獄からの脱皮)のススメ:

« 金融緩和の正体【機会の平等政策】 | トップページ | 「神の見えざる手」と「悪魔の見えざる罠」 »