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弱者に優しい「インフレ・ターゲット」

2013031001 言わずと知れたことだが、「インフレ」とは「モノの価値が上がること」を意味する。言い換えれば、「お金の価値が下がること」でもある。
 金融緩和(量的緩和)を行うことによって、インフレになって1番困るのは一体どういった人々なのかというと、「現時点で一生食うに困らないお金(現金)を有している資産家」ということになるだろうか。
 「デフレ」とは「お金の価値が上がり、モノの価値が下がり続けること」なので、現在、預貯金で遊んで暮らしている裕福な人々には非常に都合の良い経済現象ではある。殊更にインフレを嫌う人々には、なぜかそういった人々が多いような気がするのは偶然ではないような気がする。特に、仕事能力を持たない成金の資産家には《インフレになっては困る》という不安心理が有るのかもしれない。
(一応お断りしておくと、これは金持ち批判ではない)

 かつての経済成長時代は、お金以上にモノの価値が上がっていく時代だったので、人々は我れ先にと、土地やマイホーム、マイカーなどを購入した。それは、お金を早く使用しないと、お金の価値が下がっていく時代でもあったからである。
 単純にそう考えると、現在のデフレ(と言うより不況)を脱却するためには、モノの価値が少しずつでも上がっていく社会にしなければならないということである。

 ただ、金融緩和によって本当にインフレになったとしても、人々の所得がそれに比例して上がらなければ、本当の豊かさは享受できないのではないか?という疑問もある。
 これに対する1つの解答(?)を、最近読んだ本『日本人はなぜ貧乏になったか?』(村上尚己著)で発見した。
 「物価の下落率ほどストレートには賃金は減らない」という「名目賃金の下方硬直性」がベースとなる話なのだが、これを逆の論理にすると「物価の上昇率ほどストレートには賃金は増えない」となる。
 「それがどうした?」と思った人がいるかもしれないが、要は、人々はインフレ率より低くても、給料が毎年上がるだけで安心するということである。その不可思議な人間心理が失業率を下げる鍵になるという話だ。

 仮に実質的なインフレ率が3%であったとしても、企業は3%も賃上げする必要はない(1%の賃上げでも人々は安心する)という身も蓋もない話(貨幣錯覚の話)なのだが、それによって、失業率は減少する。なぜなら、企業が実質的に賃下げを行うことができるようになるからである。早い話、ワークシェアリング的な労働システムを半自動的に齎す効果が生まれるということでもある。(経済成長が伴えば、単なるワークシェアリングとは言えないが)
 種明かし(=表面上は「賃上げ」でも実質的には「賃下げ」)を聞くと、条件反射的に受け付けない人もいるかもしれないが、私はこれには賛成したい気持ちになった。

 現代日本の雇用問題の最大の難問の1つに「仕事量が大幅に減少しても給料をそれほど下げることができない」という問題がある。そのために、多くの失業者が生まれ、失業しなかった人も過労を余儀なくされるという歪な労働環境がどんどん酷くなるという悪循環に陥っている。
 デフレというのは、モノの価値以上にお金の価値が上がる現象なので、給料が固定でも実質は上がっていることになるのだが、多くの人々はそんなことはほとんど意識していない。物価と給料の比較など考えることもなく、ただ1円でも給料が上がれば喜び、1円でも給料が下がれば悲しむ。実質的な上昇率よりも、表面的な金額にしか目が行かない。
 従業員の士気を低下させることに繋がるため、経営者もヘタに給料を下げることができない。「実質的に給料は上がっています」と説得したとしても、多くの人々にはそれが受け入れられない。この難儀な人間心理を逆に利用すれば、給料を下げることができる。それを実現可能にするのが、適度なインフレというわけだ。

 誰が決めたのか知らないが「労働者は1日8時間働かなければならない」という固定観念が定着し、8時間分の仕事が無い状態であっても、8時間(以上)会社に拘束されることになる。それは偏に“8時間分の給料を支払わなければならない”という時代錯誤で無茶なシステムを維持することが目的になってしまっているからだ。
 4時間働いた人には4時間分の給料を、12時間働いた人には12時間分の給料を支払う、あるいは能力や仕事量に応じて給料を支払う、または会社の業績に応じて給料を支払うという当たり前の給料制度であれば、多くの失業者が職にありつけるにも拘らず、それができない。
 この融通の利かない硬直した労働制度を改めない限り、金融緩和を行っても無駄との意見もあるが、実は金融緩和によって、適度のインフレが実現すれば、労働制度の改革も水面下で同時に行えるというわけだ。

 インフレ・ターゲットを設けて、インフレにすることができれば、企業は気付かない内に労働者の給料を下げることができる…と書くと後向きな意見に聞こえるので言い方を変えよう。企業はマイルドなインフレ下では新たな雇用を生むことができる。ある意味で、これは構造改革とも言い換えることができる。本書には「不況期の構造改革は無意味」とも書かれていたが、労働市場の改革が必要であることは言うまでもない。

 実は「インフレは弱者に優しい」という、通説を破る話でもあるのだが、本書『日本人はなぜ貧乏になったか?』は、頭の体操にもなる興味深い内容の本だった。少し前にレビューした浜田宏一氏の『アメリカは日本経済の復活を知っている』に書かれていたアベノミクスの内容を更に具体化したような本だった。納得できる点も多く、浜田宏一氏の本と同様、平易な文章で書かれてあるので、興味のある方には併せて一読をオススメしたい。

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