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マスコミはなぜ「事勿れ主義」に陥りしか?

2013052601■男を上げた橋下氏と男を下げた渡辺氏

 参議院選を前にして、いつになく『従軍慰安婦問題』が大きな話題となっている。事の発端は維新の会の橋下氏の慰安婦発言からであるが、言っている内容の方はともかくとして、この問題が取り上げられることは長い目で観れば(事の真相を究明するためにも)良いことなのだろうと思う。

 橋下氏の一連の発言に対しては賛否両論で、ネット上では支持する派が多いみたいだが、相変わらず、大マスコミ側は一部を除いて総否定の論陣を張っているかに見える。まるで、この問題に触れることがタブーであるかの如く思想的なバリゲードを張っている。紙でできた新聞というのは、戦後からそのバリゲードの役割を見事に果たしてきたということなのだろうが、ここにきて、その鉄壁のバリゲードにも亀裂が入り、脆くも崩れようとしているかのようだ。

 私は現在の維新の会を応援するつもりはないが、今回の橋下氏の行動が、もし計算された上での大博打だったのだとすれば、かなり評価が高いと思う。現在、圧倒的支持を得ている自民党にまともに対抗しても勝てる見込みはほぼゼロなので、本人が意図するしないに拘らず、無意識的に、やぶれかぶれの戦法に出てしまったのかもしれないな…と推察している。
 仮に、口が滑って、つい本音をしゃべってしまったという偶然が引き起こした事件であったとしても、長期的に観れば、橋下氏は男を上げたなと思う。逆に、みんなの党の渡辺氏は男を下げたな(と言うより、下げざるを得なかった)と思う。

■衆愚政治環境が齎した予期せぬ悪夢

 実際のところ、現在の日本の政治環境下で、渡辺氏が橋下氏の意見に同調してしまうと、選挙では100%落選することになる。たとえ渡辺氏が本音では支持したかったとしても、建前上は支持できないという哀しい現実がこの国にはある。
 正論(暴論?)を堂々と述べると選挙に落ちるという倒錯した建前政治を体現している日本では、結局、長い物(世論)に巻かれた政治家が賢いという衆愚政治に陥ってしまう。衆愚政治に陥っていることを見抜ける人々は古今東西、圧倒的に少数派(マイノリティー)なので、票を獲得したい政治家は、結局は長い物(愚かな民の意見)に同調するしかなくなってしまう。

 そう考えると、今回の橋下氏の言動は、それが正論で有る無いに拘らず、協力の姿勢を見せていた「みんなの党」にとっては、迷惑以外の何ものでも無かっただろうと思う。計らずも、みんなの党にとっては改革者としての「踏み絵」になってしまった恰好だ。
 仮にも既存の政治システムを破壊することを目的としていた政党が、長い物に巻かれることを、苦渋の選択ながら認めてしまったことになるからだ。皮肉ながら、みんなの党にとっては、まさに衆愚政治環境が齎した予期せぬ悪夢であったに違いない。

 さて、では、なぜ日本では本音や正論が語れない衆愚政治に陥ることになるのか? その根底にはマスコミの事勿れ主義が存在していることは言うまでもないが、では、なぜマスコミは事勿れ主義に陥ってしまったのか? それが、今回の本題である。

■独り歩きし始めた「事勿れ主義」の呪縛

 最近は憲法改正論議も活発化しているので、その問題とも重なるが、日本のマスコミは敗戦後、GHQによる政策(WGIP)の一環で、「日本のことを悪く書かなければ戦犯として死刑にする」というようなことを伝えられたとされる。そのため、日本のマスコミは徹底して「日本は悪い国だった」という自虐報道を繰り返した。
 マスコミはその恐怖観念に支配されたまま思考停止で現在を迎えてしまったがために、現在に至っても未だに自虐報道を繰り返している。当のGHQは、もうなんとも思っていないと思われるのだが、まさしく「事勿れ主義」が独り歩きしている状態に陥っているのが現在のマスコミの姿だとも言える。

 当時のGHQの洗脳プログラムにコロッと引っ掛かってしまった左翼達はマスコミが垂れ流した自虐思想に染まり、21世紀を迎えた現代でも未だに「日本は悪い国だ」としか言えない見えない空気に支配されている。「日本は良い国だった」と言うような政治家が現れると、メディアスクラムを組んで、その政治家を潰しにかかる。それがこの国の思想的現状だとも言える。過去の恐怖に支配された事勿れ主義が有りもしない幻影(注:従軍慰安婦のことではない)を作り出しているのである。

 ただ、ここで大事はことは、もうかつての「恐怖」は存在していないということである。自虐報道を繰り返さなくても、死刑にされる心配はないのだが、なぜかGHQに洗脳された人々と、日本国民の無知に付け込んで、かつての恐怖を現代でも利用しようとする近隣の左翼国家に上手い具合に利用されているというのが、この国の現状なのだろうと思う。
 しかし、まず個人としての国民が事勿れ主義を打破しない限り、マスコミの抱えた呪縛は解けそうにない。マスコミも政治家も、所詮は国民の合わせ鏡でしかないからである。

(注記)本記事は陰謀論ではありません。私は陰謀論の類いに興味はありません。

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コメント

「日本のマスコミは敗戦後、GHQによる政策(WGIP)の一環で、「日本のことを悪く書かなければ戦犯として死刑にする」というようなことを伝えられたとされる」って、孫崎享『戦後史の正体』あたりでも読んだの? 自由人さんほどはっきりとは書いてないけどなぁ。でも「される」だけで、根拠を示さないのでは「陰謀論」にすぎないよね。

「自虐報道」が悪であれば、現在の政権の批判は一切できなくなっちゃいますが、何か?

「自由人」の名のわりには、GHQも真っ青の言論弾圧かぶりに、読者全員大笑いでしょうね

投稿: 清高 | 2013年5月27日 (月) 19時20分

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