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『魔女狩り』政治の行方(思考停止論の危険性)

2013062301■言葉狩り(魔女狩り)に飛びついた政治家達

 7月の参議院選挙が近付いてきたこともあり、そろそろ始まる頃かもしれないな…と思っていた矢先、案の定とも言うべきか、計ったかのようなタイミングで与党への“言葉狩りバッシング”が始まった。「言葉狩り」と言うより「魔女狩り」と言った方が近いのかもしれないが、毎度のことながら、子供じみた政治ごっこには辟易としてしまう。

 今回、魔女狩りの対象となった高市氏の発言「原発事故による直接的な被爆死亡者はいない」は、橋下氏の従軍慰安婦発言と同じように、ポロッと本音が出てしまった格好だろうと思う。
 実際のところ、「原発事故による直接的な被爆死亡者はいない」というのは事実なので、普通に考えると、特に問題視する発言とも思えないのだが、ある種の人々は、与党の人間と電力会社の人間を同一視する傾向があるため、無責任な発言と受け取られてしまったということなのだろう。
 野党の政治家からすれば、与党を批判する絶好の機会を与えられたわけで、「千載一遇のチャンスだ!」と言わんばかりに、言葉狩り(魔女狩り)に飛びついた格好だ。

 正直なところ、大部分の良識ある大人からすれば、「また馬鹿な茶番が始まったな…」というところなのではないかと思う。騒いでいるのはマスコミと一部の人間だけで、多くの有権者は冷静な目で観ているのではないかと想像する。
 当の政治家からすれば、政治生命を賭けた戦いでもあるので、恥も外聞もないということなのかもしれないが、こんな下らない建前批判しかできないような体たらくな政治家にだけは投票したくないものだとつくづく思わされる。

 このような茶番で得票数を伸ばすことができると本気で思っているのだとすれば、読みが甘いと言わざるを得ない。世間の空気を読んだつもりになって、我こそは正論者だと言わんばかりに得意気に批判を行っているのかもしれないが、おそらくは前回の衆議院選挙の時と同じように、その仮面の下の偽善をあっさりと有権者に見抜かれてしまい、得票数を減らすという皮肉な結果を呼び込むことになるような気がする。

■全ての罪を原発事故に結び付ける思考停止論

 高市氏の発言は、原発事故によって避難を余儀無くされている人々への配慮を欠いた軽率な発言だったということになっている。この点は納得できるにしても、ではなぜ、避難を余儀無くされているのか?ということに対しての言及があまりにも乏しく短絡的だ。彼らの批判の根拠となっているものは以下のようなものだ。

 「原発事故さえ起こらなければ、避難する必要はなかった

 これは確かにその通りではある。しかし残念ながら、この意見は、避難が解除される可能性を無視した「思考停止論」である。(「避難する」が「避難し続ける」に置き換わっているという意味)
 この言葉が抗い難い正論であると仮定するならば、全ての不幸を原発事故のせいにすることができてしまう。これは一見、正論を装ってはいるが、極めて危険な思想である。
 こんな乱暴な論理が通用するなら、以下のようなことも言えてしまうことになる。

 「神が人間を創造しなければ、人間が罪を犯すこともなかった

 「犯罪者が罪を犯すのは、その犯罪者を産んだ母親のせいだ

 少々、オーバーな例かもしれないが、全ての悪の責任を原初にまで遡って決めつけるという意味では同じようなものである。こういった全ての悪を原初に結び付けるという無責任な論理は、一部の人間には適用できても、全員に適用できるわけではない。
 人間が罪を犯すのは必ずしも神の責任とは言えないし、犯罪者が罪を犯すのも、必ずしも母親(父親)のせいとは言えない。それを十把一絡げで単一化してしまうことは、思考を停止した乱暴な言説と言うしかない。
 ここでは「罪」ということで述べたが、「病気」や「ストレス」などの原因も必ずしも原初に有るわけではない。

 こういったことを指摘すると、おそらくは「原発事故によって避難を余儀無くされている人々への配慮を欠いた軽率な発言だ」ということになってしまうのだろう。私個人は避難を余儀無くされた人間ではないので、何を書いてもそう受け取られてしまうことになる。ゆえに、もし自分自身が避難する立場にあったとすれば、どうするのかを書いてみたいと思う。

■思考停止が招く魔女狩りの悲劇

 もし、私が原発事故現場の近隣に住んでいたとして、政府から避難するように伝えられたとすれば、おそらく仮設住宅には住まずに、もっと離れた所に一時的に借家でも借りて住んでいたと思う。
 「住居費はどうするのか?」という疑問を抱いた人もいるかもしれないが、仮に地震や津波で自宅を失っていたとしても、現金を全て自宅に置いていない限り、少なからず銀行口座に貯金がある。その貯金を使用して取り敢えずは賃貸マンションにでも住むことを考えていたと思う。
 そして、地震や原発に関連する書籍などを貪るように読み、本当の正しい情報を自分なりに拾集して自分なりに現状を分析していたと思う。その場合、バイアスのかかったテレビや新聞の情報はアテにしないことは言うまでもない。

 そして、避難する必要が無い(多分、そう判断していたと思う)と判断すれば、「自宅に戻ってもよいか?」と政府に確認することになっていたと思う。

 ただ、政府は今更、「避難する必要はありません」とはアナウンスできないだろうし、近隣の人々も全て避難しているような状態なので、実際は住むことができないという現実を突き付けられることになっていただろう。個人的に安全だと判断したとしても、国(マスコミも)が安全ではないということにしているので、結局、元の家に戻ることも住むこともできないということになる。

 そうなると、私としてはかなりのストレスだ。ではそのストレスの原因は何だろうか? 原発事故が起こったからか? それとも、国が避難を強制しているからか?
 
 少し仮定の話を述べてみたが、実際に避難した人の中にも、もしかすると、このシミュレーションと同じような足跡を辿った人もいたかもしれない。
 住むことができるのに住むことができなくなっているのだとすれば、その原因はどこにあるのかをもう1度、冷静になって考えてみる必要がある。

 「全ては原発事故が起こったせいだ!」と言いたい気持ちも解るが、本当にそれだけが原因で全ての悪(ストレス、病気、自殺)が発生しているわけではないのではないだろうか?
 「原発事故が発生しなければ住めていた」と言うのは、全くその通りであり否定のしようがないが、原発事故後の対応次第では、現在とは違う結果になっていた可能性も否定できない。

 全ての原因を単一化するというロジックは、先に述べた魔女狩りのロジックと同じでもある。本当の原因を深く考えることなく、風評や噂話を頼りに悪と決めつける行為は、かつて中世で流行った魔女狩りと同じく、思考停止が招く悲劇であり、その行為自体に悪を拡大再生産していく危険性が有るということも併せて考える必要がある。

 条件反射的に魔女狩りに加担するような愚かな政治家に国の将来を託すことが、どれだけ危険なことであるかは言うまでもないだろう。

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