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「株価」という厄介な生き物

2013060901■悲観論と楽観論の間を行き来するカメレオンのような人々

 アベノミクスの期待効果も手伝い1本調子で騰がってきた日本の株価も早々に調整局面を迎えたようで、情け容赦のない急落場面に直面し、冷静さを失った投資家(投機家?)も多かったのではないかと思う。
 日経平均株価は一時、16000円に迫り、偶然にもニューヨークダウ平均を超える兆しを見せた時に急落し始めた。まるで、それがイケナイことであるかのように…と、ついそんな疑惑を感じてしまうほどに、絶妙のタイミングで調整入りした日本の株価だった。

 こういうことを書くと、また陰謀論者だと曲解する人が出てくるかもしれないので、予めお断りしておくと、私は陰謀論者でもないし、また反米論者でもないので誤解のないように。

 実際のところは、単なる急激な株価上昇に対する急激なスピード調整に過ぎなかったと思われるが、株価が急激に暴落したことで、テレビニュースのコメンテーターなどは、踵を返したかのように、突然、悲観論に傾き始めたかに見える。経済関係のテレビ番組などを観ていても、その日によって意見をコロコロと変え、全く一貫性のない付和雷同型のコメンテーターが多いようだ。
 昨日は楽観論だったのに、今日になると悲観論に変わっているという、その日の株価次第でカメレオンのように変化する風見鶏評論が懲りずに繰り返されている。

 「本日の株価予想」ということで毎朝、エコノミストから発表される予想株価も、前日の株価にプラスマイナス100円程度増減しただけという、誰もが考えるような当たり障りのない無難な意見しか聞こえてこない。毎度のことながら、あんな株価予報なら小学生にでもできるのではないかと思う。

■株価の先行きは神様に聞いても分からない

 昔から「株価の先行きは神様でも分からない」と言われる。経済を動かしているのは神様ではなく人間なので、自由意思が与えられた人間の思考をコントロールできない限り「経済」や「株価」の先行きは神様でも分からない。それはその通りだ。
 ついでに言うと、人間の思考及び行動をコントロールして経済を動かそうとするのが「計画経済」というものだが、これも人間が自由意思を持った存在で有る限り、いずれコントロール不能に陥り失敗することになる。かつてのソ連が良い例だ。
 共産主義者が計画経済を好むのは、基本的に人間をロボットと考える(≒人間を神と考える)思想がバックグラウンドに有るからである。計画経済下では、まるで計ったかのように「神に代わる独裁者」が誕生するのは、そのためである。

 仕手集団や大口ファンドが一時的に株価を動かすことができたとしても、ずっと先の株価までは分からない。
 最近の株価の激しい値動きを見ても分かる通り、短期的な株価というものは企業の業績だけで動くものではないため、理性的な人間知が通用しない場合も多々ある。追いかければ逃げられ、捕まえたと思えば消えてしまうという、まるで砂漠の蜃気楼のような厄介な代物でもある。

 株式を売買したことのある人なら実感として解っていただけると思うが、株式を売買していると、まるで誰かが自分の買った値段を知っていて、売らさないようにイタズラされているのでないか?とさえ思える時がある。ちょうど上手い具合に逃げられるので、そういう錯覚を覚えたことのある人は結構いるのではないかと思う。
 無論、これも陰謀論とは関係がない。人間心理(株価を売買したいと思うタイミング)というものは基本的に同じようなものなので、その重なり部分が、そういった錯覚を齎す役目を果たしているだけのことだろうと思う。ゆえに、集団心理に迎合しない人ほど株式投資では成功する可能性が高くなるわけだ。

■「バブル崩壊」を叫ぶのはまだ早い

 先週は黒田氏の「異次元の金融緩和」発言が行われた頃の株価まで急降下し、一時的なバブル崩壊を意識した人も多かったのではないかと思う。一時、円は95円台(米国市場では94円台)まで下落(高騰)したが、米国雇用統計の微妙な結果(=米国の量的緩和継続)が幸いしてか、一時99円台まで戻し、97円台に落ち着いた。
 為替は当面、95円から105円の間のボックス相場になるだろうことは以前からも様々なところで言われていたことなので、結果的には、予想通りの展開(想定の範囲内の調整)だったとも言える。株価や為替に「絶対」という言葉は無いが、この程度の調整で「バブル崩壊」をイメージするのはあまりにも早計だろうと思う。

 最近、「安倍総理の第三の矢発言が失望されて株価が急落した」という意見をよく耳にするが、安倍総理が一言発した次の瞬間から、いとも簡単に株価が暴落するわけがない。逆に発言が失望されなかったら、株価は16000円を超えていたとでも言うのだろうか?
 結局こんなことを言っている人々も、「株価」という生き物に囚われ、「株価」という生き物に踊らされているだけなのかもしれない。そもそも論として、株価というものはアベノミクスだけで動くわけではないという根本を忘れてしまっているのではないかと思う。

 奇しくも、そんな付和雷同な人々を嘲笑うかのように、急激な調整が終わったことを暗示する形で、ジョージ・ソロス氏の日本株購入再開が発表された。世界中の投資家は、ひとまず円高と株安のターニングポイントを迎えた(調整が終わった)と判断したことだろう。今週の株価が大幅反転上昇する可能性が高いことは、神様でなくとも分かる。

 最後に一言、「株式投資は余剰資金と自己責任で」(本記事は買い煽りではありません)

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