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2014年12月

BOOK『GHQの日本洗脳』を読んで。

■タブーではなくなった「GHQ」

 年の瀬を迎え、ようやくまとまった時間が出来たので、たまりにたまった何冊かの積読本を読み終えた。私の場合、本を読むペースよりも本を買うペースの方が早いので、放っておくと、どんどん本がたまっていくことになる。現状でも100冊以上の本が積読状態なので、この年末年始に少しは積読本を減らそうと思っているのだが、既に数冊の本を買ってしまったので、結果的には増えてしまうかもしれない。

 さて、そんな中、本日にようやく読み終えた本『GHQの日本洗脳』(山村明義著)の感想を少し書いてみたいと思う。
 「GHQ」と聞くと、「何それ?」という人もいるのかもしれない。マスメディアでは、ほとんどタブー視されてきた言葉なので、これまで「GHQ」に関する書籍というものも、ほとんどお目にかかれなかったのだが、最近では本書も含め、以下のような一般書も何冊か刊行されている。

■手塚マンガを検閲していた「GHQ」

 私もブログ記事で「GHQ」のことに少しだけ触れたことがあるが、GHQが具体的にどれだけの広範囲で活動を行っていたのかは知らなかったので、本書を読んで初めて知ったことも多い。
 戦後のマスメディア界や教育界にGHQの影響が及んでいることはよく知られたことなので敢えて取り上げないが、その他の意外なところにも悪影響を及ぼしていることがよく解った。
 「少子高齢化の原因は?」「学校給食はなぜパンになったのか?」「戦後の住宅設計はなぜ2DKになった(狭くなった)のか?」「なぜ日本の政治には意思決定力がないのか?」などなど、非常に興味深い考察(と言うより事実)が書き連ねられている。

 中でも驚いたのは、漫画家の手塚治虫がGHQから嫌がらせを受けていたという事実で、実は手塚マンガにもGHQの検閲が入っていたらしい。

 GHQによる洗脳プログラムにマンガが邪魔だったというのは驚きだが、現代の人間からすると、なるほどなとも思える。当時の日本人でそのことが解った人はおそらく皆無に近かったであろうことを考えると、敵ながらアッパレとも思えてしまう。こういう心理作戦においてアメリカは日本とは比べ物にならないほど進んでいたということなのだろう。(注:私は反米主義者ではありません)

■現代の子供は「正義」をどこで学ぶか?

 戦争を知らない現代の日本人は「正義」というものをどこで学ぶのか?と考えると、「漫画」や「映画」と答える人は案外多いのではないかと思う。親の教育や学校の教育だけで「正義」を学ぶというのは難しいかもしれない。
 両親は共働きで休日以外はほとんど接する時間がないという子供も多いだろうし、宗教や道徳に無縁の親が「正義とは何か?」というようなことを具体的に教えることは難しい。
 学校はと言えば、いじめを見て見ぬふりをする(これもGHQと無関係ではないのだが)ような教師に「正義とは何か?」を教えるというのは酷というものだろう。
 となると意外にも、漫画や映画やゲームから「正義」を学びとる子供は多いのではないかと思う。

 かつてGHQに検閲されていた日本の「漫画」や「映画」は、現代では表現の自由が許されている。検閲が入るのは過激な暴力描写や性描写がある場合だけであり、その検閲もGHQが行っているわけではない。
 もし、現代でもGHQが存在しているなら、「正義」を描いたハリウッド映画が日本で上映されることはないだろうし、『永遠の0』のような映画が上映されることもなかっただろう。中国のように『アバター』を上映禁止にしたというような国では自国による検閲が実際に行われているわけだが、今や日本ではアメリカで上映禁止になるような過激な映画でも上映されることがある。

 こういった事実からも分かる通り、既にGHQの検閲は存在しておらず、GHQという組織自体もとうに存在していない。本書にも書かれている通り、存在しているのはGHQの「呪縛」という名の亡霊のみなのだが、この亡霊が現代に至っても多くの禍いを齎している。その亡霊のまたの名を「戦後レジーム」と言う。

 本書は少し専門用語が多く、入念に読むのは疲れる書物というきらいはあるものの、著者の実直な姿勢が感じられる良書だった。知的好奇心が旺盛な人だけでなく、今だからこそ読めるようになった「時勢の書」として、多くの人に読んでいただきたいと思う。

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「消費不況」の最中に「消費増税」を約束する危険性

■アベノミクスの寿命は最悪「2年半」という可能性

 解散総選挙を間近に控えてか「アベノミクス」という言葉が再度、脚光を浴びているようだ。現時点で「消費税を上げる」と言っている政党は皆無なので、選挙の焦点は「アベノミクスの成否」に向けられている。これは至極当然の成り行きだが、「成否」ということで言えば、アベノミクスは消費税を8%に増税したことで既に大きなペナルティを負っている。政治的には「失政」という名の棺桶に片足を突っ込んでいる状態であることは認識しておく必要がある。
 しかしそれは、アベノミクスが失敗したのではなく、増税政策がアベノミクス効果を大きく毀損してしまったという意味での失敗である。まずこの部分を正しく認識しないと、その後に続く理論も全て無効となる。無論、消費増税を行わなければアベノミクスは成功するというような単純な話でもない。

 アベノミクスが消費増税によって頓挫してしまったのであるならば、その消費増税という障壁を無くすことが最善策であることは誰が考えても分かる。それがアベノミクス効果を正確に計る上で最も明解な解答であることは疑いの余地が無いが、安倍総理の出した答えは「消費税を5%に戻す」でも「消費税は8%に据え置く」でもなく、「消費税8%期間を延長する」だった。
 これだけならまだ救いはあったのだが、財政再建派の反対を抑えるためか、「2017年4月には消費税を10%にします」と断言してしまった。もし、この台詞がブラフではなく、本気で言ったものだとすれば、ヘタをするとアベノミクスの寿命は最短で残り2年半になる可能性ができてしまったということである。
 当人が意識されているのかどうかは解らないが、非常に危険な賭け(?)に出たなと思う。消費増税分以上の成長戦略が打てれば、延命は可能かもしれないが、正直なところ2年半程度で挽回するのはかなり難しいのではないかと思える。

■非現実的な「消費税50%社会」

 消費税を10%にすれば財政再建が可能となるのであれば、それも結構だが、残念ながら10%程度では焼け石に水であり、ほとんど何の効果も期待できない。経済成長無しで財政再建を本気で目指すというのであれば、消費税50%以上は覚悟しなければならないが、財政再建派の人々は、そんな重税社会が本当に成り立つとでも思っているのだろうか?

 現実的な解は、経済成長しつつ、財政再建を果たすことであり、財政再建あっての経済成長ではなく、経済成長あっての財政再建である。この優劣を間違ってはいけない。

 バブル崩壊後、20年間以上も続いている国民のデフレ思考(不況マインド)は、どれほど優れた経済政策であろうとも、1年や2年単位でコロッと変わるような代物ではない。少なくとも、5年、10年単位の長期スパンで徐々に変えていくことが望ましい。世間では「デフレが…」「インフレが…」などと騒がれているが、問題はデフレやインフレという現象にあるのではなく、その根本にある国民の不況マインドに有るわけで、そのマインドが変化しない限り、何も変わらない。

 バブルの頃、国民が湯水の如くお金を使いまくり景気がうなぎ登りに良くなったのは、大部分の国民が「未来は明るい」ということを信じて疑わなかったからだ。当時でも年金が破綻するだろうことは既に判明していたが、誰もそんなことは気にも止めず、お金を使いまくることで景気は良くなった。
 バブルの頃と現在では何が違うのか? 何も違わない。お金をバンバン使えば、景気が良くなることに今も昔もない。必要なのは「未来は明るい」と思わせる政策なのだ。

■政治家の仕事は「好循環を生み出すこと」

 日本の不況の原因は、消費(と投資)が不足した消費不況であるわけだから、消費(投資)活動を妨げるような税制を根本的に改めなければならない。
 今年からは、消費にかかる消費税が8%に上がり、投資にかかるキャピタルゲイン税も20%に上がった(元に戻った)。これでは、完全にアベノミクスと逆行している。消費税を5%のまま据え置き、キャピタルゲイン税も10%に据え置いていれば、日経平均株価も今頃は2万円を超え、国民の消費・投資マインドは現在以上に大きく変化していただろう。ほんの少しの好循環を創り出すことができれば、その余波によって景気はスパイラル的に良くなっていく。その好循環を生み出すことこそが、政治家に求められる最も重要な資質の1つであると言えるが、安倍総理は「好循環」と「悪循環」を同時に生み出してしまい、2年半後には、好循環をストップしてしまいかねない消費税10%を口約束してしまった。「今は消費税を10%に上げない」と言ったまでは良かったが、同時に「2年半後に消費税を10%に上げる」とも言ってしまった。

 1年半延期したことは評価できるが、アベノミクスの成果に関係なく消費税を10%に上げるというのでは経済政策としては掟破りであり、この矛盾が国民の消費マインドに与える悪影響は大きいと言わざるを得ない。

 安倍総理が言うべきは、「アベノミクスの結果が出るまでは消費増税は行いません」だった。大方の予想(私も予想していた)通り消費税を8%に上げてアベノミクスに悪影響が及んだわけだから、その失敗を素直に認めるべきだった。理想は5%に戻すことだが、さすがに増税に踏み切った現与党が「5%に戻します」と言うと、責任を問われ信用を失う危険性が有るので仕方が無いとしても、10%の消費増税時期を明言するべきではなかった。

■理想的な政治とは「政治家 vs 政治家」ではなく「政治家 vs 不況」

 この際、もう与党や野党というような対立軸を無くしてもいいのではないかとすら思える。全政党が消費税の増税に反対しているのであれば、与党と野党で言い争うのではなく、少なくとも経済政策だけは与野党間(反日政党は除く)で手を結んで日本の景気を良くすることを一丸となって考えた方がよいのではないか?とさえ思える。

 「それは一党独裁を意味するのでは?」と言う人がいるかもしれないが、そんな夢の無いガチガチの現実論はどうでもいい。経済政策だけなら全党独裁で構わない。なぜなら、不況になることを願う民間人はいないからだ。

 「政治家 vs 政治家」というような古臭い無駄な争いではなく、「政治家 vs 不況」というような実の有る争いを観てみたい。そんな夢のある政治なら、国民の多くは「未来は明るい」と思えるはずだが、現在のような、世界でも類例のない分厚い『公職選挙法』で事細かに行動を縛られ、マスコミの言葉狩りという罠の前で萎縮し、言いたいことも言えない時代劇のような揚げ足取り政治を観せられては、「未来は暗い」と思われても仕方がない。

 政治家が本来戦うべき相手は、異論を唱える「政党」や「政治家」ではなく、「不況」という目に見えない怪物であるということが完全に忘れ去られている。

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